その3
(なんで、こうなるんや……)
真琴は眉間に皺を寄せながら、ミニバンの中央列に座っていた。
後ろでは、菫と華埜子が楽しそうにお喋りしている。堤華埜子、通称ノッコは、小学生の頃から真琴の親友と呼べる存在。丸顔で愛嬌のある笑顔が可愛い、真琴とは見た目正反対のタイプ。
高級な本革のシートで、真琴は何度も足を組み替えていた。
三人はお抱え運転手、沢本新の運転で、菫の別荘建設予定地だった場所へ向かっていた。沢本はまだ27歳の好青年だが、引退した祖父の後を継いで菫の運転手となり、いつも我儘に付き合わされている。
すでに発掘調査が開始されている現場は立入禁止になっており、部外者は近づけない。それでもあきらめ切れない菫は、行ける所まで行って、様子を窺おうとしていた。
珠蓮に偵察を頼むはずが、その前に菫に捕まり、有無も言わさず同行させられる羽目になってしまった。
そしてドライブと言って華埜子を誘ったのも菫だった。
林道を登るにつれ、真琴の脳裏に先日の出来事が甦った。
吸血鬼に監禁されたのもこんな山奥、あの時は酷い目に遭ったと、怒りがフツフツ湧くと共に、嫌な予感がよぎった。
あの時も菫に呼びつけられたのが発端だった。
気のせいであってほしいと真琴は願った。きっとカーブの多い山道で車酔い気味だから気分が悪いだけだ、そうそう不運に見舞われてたまるか! と。
しかし、そうはいかなかった。
「奥様、渋滞しているようですが」
新が車を停止させた。
細い林道を数台の車が塞いでいる。
「なんなの? こんな所で」
「様子を見て参ります」
沢本は車から出た。
「何があったのかしら?」
菫は呑気にそう言ったが、真琴は嫌な予感に鳥肌が立っていた。
上空をヘリコプターが旋回しているのに気付いた華埜子が、窓から身を乗り出して見上げた。
程なく新が帰ってきて、
「発掘現場で死亡事故があったそうです」
「死亡事故!」
「警察やマスコミの車両がいっぱいで、車では先へ進めそうにありません」
「なんてこと!」
菫がたちまち不機嫌になったのは言うまでもない。
そして……。
「わたくし、帰ります」
鬼の形相で真琴に視線を突き刺すと、
「あなたは事件を調べて、詳細を報告しなさい」
「えっ?」
「わたくしの土地なんですよ」
まだあきらめていないのだ。
「さ、早く降りて」
理不尽な命令に、真琴は憮然としながら下車した。
仕方なく華埜子も真琴に続いた。
「後程お迎えに参りますから」
新は気を遣って真琴に耳打ちしてから、真琴と華埜子を残して発進した。
「あーあ、行ってしもた」
* * *
「なんであたし等だけで見に行かなアカンねん」
山道をトボトボ歩きながら真琴がぼやいた。
「あたしらが行ったって、現場には入れへんやろうし、何かわかるとは思えへんけどな、それにあの野次馬」
事故現場らしき所が見えてきた。
既にすごい人だかり、きっとこの辺りの住人が全員集合しているのだろう。
「真琴も大変やなぁ、いつも振り回されて」
華埜子は同情のまなざし。
「慣れてるけど、たまに爆発する」
「菫ちゃんと渡り合うなんて、さすが真琴」
「ま、勝ったことはないけどな」
「やっぱり」
上空のヘリコプターは警察か報道関係だろう。この騒ぎは尋常じゃない。
「なんか、大変なことになってるなぁ」
「ただの事故やなさそうや」
真琴は嫌な予感が的中してしまったのかとうんざりした。
「何があったんですか?」
華埜子が地元民らしいおばさんに声をかけた。
「なんか遺跡の発掘現場で、六人も亡くなったらしいわ」
「六人!」
「なんでまた」
「原因はまだわからんらしいわ、今日、調査に来てた七人中、助かったのは一人だけで、さっき救急車で運ばれていかはったわ」
華埜子が真琴に目くばせした。
言いたいことはわかっている、悪い物の怪が出たんじゃないかって……。
華埜子はもちろん真琴の正体を知っている。
「ほんまに真琴の出番ちゃうか?」
「関わりたないし」
「もう、関わってるやん」
そう言ったのは那由他だった。
例によって突然真横に出現した。
「近いし……」
上体をのけ反らせる真琴に、那由他はわざと顔を近づけ、
「また、アンタの予感、当たってしもたな」
「と、言うと」
真琴は眉間に皺を寄せた。
「死体を見たらわかる」
「見てきたん?」
人だかりの向こうにチラッとブルーシートが見えている。
「うん、アンタも見る?」
「どうやって?」
「こうやって」
急に喧騒が消えた。
人々の動きが止まり、静の世界になった。
動いているのは真琴と那由他と華埜子だけ。
「やっぱ、ノッコには通じひんか、なんでやろ?」
「あら、あたしまで止めようとしてたん?」
「死体、見に行くんやで」
「……ここで待ってる」
蝋人形のように微動だにしない人々の隙間を縫って、真琴と那由他は現場を目指した。
黄色いテープをくぐり、ブルーシートで覆われた一画へ辿り着いた。
現場検証の途中らしく、鑑識らしき人達が這いつくばるようにして遺留品を探している。その後方で刑事たちが、険しい顔で待機していた。
そして、問題の遺体があった。
まだ発見された時のままの状態で、動かされていなかった。
「これは……」
真琴は思わず口元を押さえた。
「ノッコ、来なくて正解やろ」
干からびたミイラだった。
真琴は一瞬、発掘された古代人の屍かと思ったが、服装が現代人だった。
表皮は何日も天日干しされた干物状態、体から水分が全部抜けたような、異様な遺体が6体、横たわっていた。
「よっぽどお腹空いてたんやろな」
「何の話や」
「そやし、ここに眠ってた奴や」
発掘現場に目をやる。
そこも作業途中で、迷路のように溝が掘り進められていた。
「起こしてしもたんやな」
「どんな奴?」
「見てへんし知らんけど……どこへ行ったんやら」
「気配はないな」
その時、別の気配を感じて、真琴と那由他は顔を見合わせた。
つづく




