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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
最終章 那由他

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その1

 大きな揺れはすぐに収まった。

「なにが起きたの?」

 しかし、とおる未空みくの姿は消えたままだった。

 結音ゆのは残された真琴まことに困惑の目を向けた。

「あいつらは?」


「逃げたんだろ」

 研斗けんとが蔑むように言った。


ちゃうわ、始まったんや」

 真琴は本堂に視線を向けた。

 暗闇の中、怪しく光る本堂を見て、邪悪なモノの封印に異変が起きたことを察した。

「あたしも行かな」


 邪悪なモノとの戦いに加勢するつもりの真琴は、遅れを取ってはいけないと焦ったが、目の前に群がる狼族をなんとかしなければならない。澄のように手加減できるかはわからないが、やるしかない。


「邪悪なモノってのが封印を破ったのかな? 俺たちもこんなところでモタモタしてられないな」

 研斗も怪しく光る本堂を横目で見た。そして、澄に倒された人狼たちに鋭い視線を送った。すると、人狼たちがフラフラと立ち上がった。

 ダメージは残っているはずなのに、牙を剥き出しながら迫ってくる。

「殺さずに倒すなんて無理だぞ、知ってるはずだ、人狼は命令のまま、死ぬまで戦うんだ」


 真琴と結音はたちまち人狼と狼族に取り囲まれた。

「どうする?」

 結音は真琴に目配せした。

「こっちが聞きたいわ、殺さずに倒すって、どうしたらエエんや」

 変化して全滅させるのは容易い、しかし、元は人間の人狼は犠牲者だし、結音の言う通り、狼族も研斗に騙されているだけかも知れないと思うと、無益な殺生は避けたい。


「この期に及んで躊躇うとは、バカな奴ら」

 研斗が吐き捨てるように言った瞬間、

 シュッ!


 空気を滑る鋭い音と共に、研斗の首から上が吹っ飛んだ。

 勢いよく噴き出した鮮血と共に、切断された頭部が地面に転がった。


「え……?!」

 なにが起きたかわからず、真琴と結音が愕然としている間にも、周囲の人狼と狼族の首が次々と宙に舞った。

 そして血吹雪を撒き散らしながら地面に落下していく。


「な、なによ、コレ!」

 ボールのように転がった頭部を見て、結音は狼狽した。


「狼なんか敵やない」

 鞭のように伸びた爪を元に戻しながら現れたのは、カラスの濡れ羽色の長髪を一つに束ねた男性、二十歳前後に見えるが、真琴の父親、白哉びゃくやだった。眉目秀麗という言葉は彼の為にあるのではと思わせる美しい顔立ち、白い歯が零れる口元には爽やかな笑みが浮かんでいた。


「なにしてくれんねん!」

 自信満々の笑顔を向ける白哉の頭を、真琴がパシッと叩いた。

「え……」

 白哉は意味不明とばかりに頭に手を当て困り顔。

「えーっとぉ、愛娘のピンチを華麗に救ったんやけど……」

「娘?」

 白哉と初対面の結音は目を丸くした。


「真琴の父の白哉です、可愛い狼のお嬢さん」

 結音に気安く握手する白哉の手を、真琴はすかざずピシャっと払った。

「握らんでエエ」

「相変わらず冷たいなぁ、久々の再会やのに」

「悪かったな結音、皆殺しにしてしもて」

 白哉を無視して、真琴は父親の蛮行を結音に詫びた。


「やってしまったものはしょうがないわよ」

 結音は無残に転がった研斗の頭部を見下ろした。


 茫然とした間抜け面だった。自分が死んだことさえ気付かないほど一瞬の出来事だったのだろう。あんなに大口を叩いていたのに呆気ないものだ。

 どれだけ多くの仲間を集めて意気込んでも、圧倒的な力の前には問答無用で蹂躙じゅうりんされる。力の差とはそう言うものなのかと結音は歯噛みした。


「真琴ちゃんらしないやん、こんな雑魚どもに手こずるなんて」

「手こずってないわ! どうしたら殺さんと動きを止められるか思案してたんや」

「なんで?」

「結音はな、裏切り者とは言え、騙されてついて来た者もいるやろうし、なるべくなら生かして、連れて帰ろうと思てたんや」

 それを聞いて白哉は大きな溜息を漏らした。

「それは甘いんちゃうか~、事情はどうあれ、一度裏切った者は、次もまた裏切るで」


「白哉様のおっしゃる通りだ」

 いつの間にかそこにいた乃武のぶが神妙な面持ちで言った。


「乃武さん」

 結音はすがるように乃武を見上げた。落ち着いた優しそうな雰囲気の男だが、長く狼族本家の守りについている重鎮である。


「弱い者は流される、根無し草は繋ぎ止められない」

 乃武は冷ややかに転がっている狼達の首を見下ろした。

「わかってるなぁ、さすが次期リーダー」

 白哉は馴れ馴れしく乃武の背中をバンバン叩いた。


「お久しぶりです、白哉様」

「200年ぶりくらいかなぁ」

「白哉は誰とでも知り合いか?」

「パパと呼んでよ、真琴ちゃん」

 真琴は無視して続けた。


「それにしても冷たすぎひんか?」

「まだまだお子ちゃまやなぁ」

 幼い子供をあやすように頭を撫でる白哉の手を、真琴は鬱陶しそうに振り払った。

「大人になればわかりますよ、結音も真琴さんも」

 結音は不服そうだが反論の言葉が見つからずに黙っていた。


「それより、急いだ方がエエんちゃうか?」

 白哉は真琴の横にピッタリ並びながら本堂を見た。

「行こか」

「白哉も?」

「当然や、娘と姉を護らなアカンしな」

 白哉は白い歯をのぞかせた。


「あたしも行くわ、赤狼せきろうの指輪があるんでしょ」

 結音の言葉に、真琴は露骨に嫌そうな顔を向けた。

「なによ」

 勝気な目で睨み返した結音に、乃武が口を挟んだ。

「足手纏いになるだけだ」

 乃武の言う通りだと自覚していた結音は、悔しそうに拳を握った。


 そんな結音に乃武は手を差し出した。

 掌に輝く小さな指輪を見て、結音は目を疑った。

「これは!」

「お前なら使いこなせるだろうと、青狼せいろう様が」

 驚きと戸惑いの目で見上げる結音。

「あたしが?」

「凌生がはめた時、至近距離にいながら妖力を奪われず正気を保てたのはお前だけだった」

「そうだけど……」


 差し出された指輪を、結音は受け取るのを躊躇っていた。

「やはり、怖いか? 凌生りょうせいのように自滅するかも知れないと」

 結音はゴクリと生唾を飲み込んだ。

「しかし指輪の力がなければ、お前は森へ行っても役立たずだ。行くのをやめるか? 研斗も死んだし、赤狼の指輪を狙うモノもいないだろうしな」


「そうや、アンタはここで待っとき、あたしが取り戻してきたるわ」

 真琴は意地悪く言った。

「化け猫なんかに任せられないわ!」


 言うや否や、乃武の掌から指輪をひったくり、その勢いのまま、結音は自分の指にはめた。

「あ……」

 挑発したものの、結音の思い切った行動に真琴は慌てた。指輪の妖力に負けて自滅する凌生の最期を見ていた真琴は動揺した。


 結音自身もなにかが起きると予想して固く目を閉じながら身構えたが……。

「え……?」

 なにも起きなかった。

 右手の中指に収まっている指輪をかざして見たが、別に変化はない。

「コレ、本物なの?」


 確認しようと乃武に視線を向けたが、そこに姿はなかった。

「乃武さん!」

 乃武は気を失って地面に横たわっていた。


「本物みたいやな」

「すごいなぁ君、青狼の指輪に選ばれし者か」

 そうなのか? 実感のない結音は、呆然と乃武を見下ろした。


「ほな、行こか」

 白哉は本堂に向かって歩き出した。

 真琴と結音もそれに続いた。


 一方、炎に包まれた門の方からは、消防車のサイレンが喧しく響いていた。


   つづく


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