その10
悠輪寺の境内には、石のお地蔵様と五輪塔が並んでいる。そしてその奥には50センチくらいの高さの石が五つ並んでいた。
1200年の間に風雨に晒されて風化しただの石に見えるので、それが墓石だとは一見、気付かない。
「なんにも刻んでないんやな、消えてしもたんかな? どれが誰がわからんなぁ」
澄はしゃがみ込んで墓石をマジマジと見た。
「物心ついた時からずっと那由他に聞かされてた話、おとぎ話みたいに思てた物語が、現実味を帯びて……なんか不思議な感じやわ」
長い間、存在は知っていたものの気にも留めなかった真琴だが、ここに眠っているのが華埜子や澄たちの前世の人物だと知り、なんだか不思議な気持ちで見下ろしていた。
「那由他とは長い付き合いやねんな」
澄が言った。
「幼い頃は那由他だけが友達やった、あたしの正体を知ってる、秘密を持たへん友達は那由他だけやったし」
「今は違うやん」
「そうやな、みんなに正体バレてしもた」
「正体って大袈裟な、真琴ちゃんは真琴ちゃん、それ以外の何者でもないやろ」
「……そうやな」
真琴はフッと笑みを漏らした。
「そんな話より、こんなとこで呑気に待ってていいの?」
未空が口を挟んだ。両親を殺されて身寄りがなくなった未空は今、悠輪寺に身を寄せていた。
「逃げたんでしょ、理煌は」
「大丈夫や、ノッコちゃんと新くんが捜しに行ったし」
いつの間にかいなくなっていた理煌を連れ戻すために、華埜子と新が捜しに行った。
「突然、こんなことに巻き込まれて怖がるのも無理ないやろ、未空は親の職業柄、少々のことでは驚かへんやろうけど、理煌は普通の中学生、お嬢様やしな」
未空の両親は忍者の末裔で、闇の世界に生きる暗殺者だった。彼女も家業を継ぐべく特殊な訓練を受けてきた。
「そうだけど……」
「なんだかしんみりしてるけど、そんな低いテンションで大丈夫なの? いよいよ邪悪なモノの封印が解けるって時に」
気配もなく突然放たれた声に、三人はドキッとして振り向いた。
「結音!」
大神結音が腰に手を当て、偉そうに立っていた。
「久しぶり~って言うほど経ってないか、猫も下僕も一緒なのね」
「なんか犬臭いと思たら」
「犬じゃないわよ狼よ」
対峙する二人の間で、下僕って俺? と澄は苦笑した。
「あなた、どうやって入ったの?」
妖怪除けの結界が張られている悠輪寺に、狼族の結音が現れたことに、未空は眉をひそめた。
「重賢様に入れてもらったのよ」
「なにしに来たのよ」
聞きたいのはそんなことじゃなかった。人狼にされてしまった冴冬はどうしているのか? 記憶を失くして自分が人間だったことも覚えていない冴冬は元気にしているのか? 少しは思い出したのか?
「冴冬は元気よ」
結音は未空の心を見透かした。
「そんなこと、聞いてないし」
強がってみたが、それを聞いて少しホッとした。
「で、なんの用なん?」
真琴が割り込んだ。
「間もなく封印が解けるって聞いたから」
「狼なんか来たかて、役に立たへんで」
真琴の言葉にムッとしながらも、
「わかってるわよ、アンタみたいな妖力はないし力不足だってことはね、でもね、狼族の中には、それがわかんないバカヤローがいるのよ」
と結音は大きな溜息をついた。
「掟破りは凌生だけじゃなかった、東にもいたのよ、研斗って言う奴がリーダーで、仲間を集めてこちらに来てるらしいのよ、封印の話で県都たちを焚きつけた奴がいるようだわ、こっちにも悪巧みしてる奴がいるようね、」
「そのようやな」
「封印が解けるどさくさに紛れて、赤狼の指輪を狙ってるのよ」
「確かにバカヤローやな、どさくさに紛れてたって、狼ごときが近付ける相手違うで、邪悪なモノは」
結音は苦い顔をした。
「青狼様が言ってたわ、長い間、人に紛れて人と共に生きているうちに、悪影響を受けたのよ、自分の力量も計れずに、義務を怠り権利ばかりを主張する身の程知らずが増えてしまったって」
「で、どうしようって言うんや? そいつらを」
「できれば目を覚まさせてあげたいんだけど」
「話を聞く奴らなんか?」
「わからないけど、乃武さんも来てるし、霞様の所へ寄ってからこっちへ来るって」
門の方に目をやる結音。
「ここで食い止めるわ、銀杏の森への入口はあそこなんでしょ」
「空間を操れる妖怪ならどこからでも入れるけど、狼には無理か」
「悪かったわね」
「だからここへ来るって?」
「けど、そんな邪心があったら、門は通れへんやろ」
「人間の協力者がいれば別よ」
その時、
ドドオォォーン!!
凄まじい衝突音が空気をつんざいた。
つづく