その9
ウエッジウッドのお洒落な花柄のお皿にモンブラン、ティーカップには紅茶が注がれている。
テーブルに置かれたケーキの箱には、色々な種類のケーキが詰まっていた。
「これ全部食べてエエの?」
那由他はフォークを握りしめながら目を輝かせた。
七瀬家の広いリビング、那由他がモンブランを頬張った向かいでは、掬真が呆れ顔で紅茶を飲んでいた。そして、菫は、
「これもイイんじゃない?」
面倒くさそうに突っ立っている珠蓮の胸にセーターを当てていた。
「なんでこんな所に連れて来たんだよ、菫の一大事だなんて」
珠蓮は恨めしそうな目を那由他に流した。
菫はむくれている珠蓮など気にせず、次のセーターを合わせる。
「あら大事なことよ、蓮の為に買って来たんだから」
周囲にはシャツ、ブルゾン、ジーンズ等数点と、それを包んでいた包装紙と袋が散乱していた。
「どれでも一緒だろ」
逃げようとする珠蓮の腕を、菫はガッチリ掴んで離さない。
「蓮は男前なんだから、ファッションに気を遣えば、もっとカッコよくなれるわよ、いつも同じ服ばっかり着てみすぼらしいんだもん」
菫に真剣な眼差しを向けられると抗えない。
「カッコよくなってどうすんにゃ」
掬真が不服そうにボソッと呟いた。
聞き逃さない那由他は意地悪そうな笑みを向けた。
「ヤキモチ~」
「なんでやねん!」
年甲斐もなく向きになる掬真。
「服なんか合わせてる場合じゃないんだ、邪悪なモノの封印が解けるのも時間の問題、今日、この瞬間かも知れないのに」
「この戦い、アンタには関係ないやろ、自分から巻き込まれんでもエエやん」
那由他の発言に珠蓮はムッとした。
「さんざん聞かせといて、なにをいまさら」
「確かに話はしたけど、協力してなんて言うたことないで」
「水臭いな、長い付き合いなのに」
「長い付き合いか……、500年やもんな」
那由他はフォークをくわえたまま遠い目をした。
そんな那由他を見て、菫はふと寂しそうな視線を向けた。
「わたくしたちはせいぜい40年くらいだけど、かけがえのない友に違いないわ」
「ありがとう」
その時、ゴゴゴォッ!
地鳴りと共に、室内が大きく揺れた。
「きゃっ」
菫がよろめいて膝をついたのを見た掬真は、素早く傍に行って支えた。
テーブルの紅茶が波を立てて零れ、花瓶が倒れて床で砕けた。
「地震?」
揺れはすぐにおさまったが、珠蓮は眉をひそめた。
「どうやろ……」
フォークを置く那由他。
「そろそろ行かな」
「いよいよなのか? 封印が解けるのか?」
いつになく神妙な面持ちの那由他を見て、珠蓮も身構えた。
菫は突然、那由他に駆け寄って抱きついた。
那由他は菫の肩越しに珠蓮を見た。
「あんたが本懐を遂げるとこを見届けられへんのが心残りやけど」
「なにを……」
その意味がくみ取れずに珠蓮は困惑した。
掬真はその隙に、珠蓮の額に封印の札を貼った。
とたん、フリーズする珠蓮。
「なにしやがる!」
身体は動かせないが、声は出せる。
かつては優秀なハンターだった掬真、引退してずいぶん経つが、腕は訛っていない。そして、強い霊力を持つ菫が念を込めた札は、珠蓮の身体から自由を奪うのに十分な力を発揮した。
目だけを動かして那由他を見るが、彼女は黙って目を伏せた。
「鬼ごときの出る幕違うんや、那由他はお前を犬死させたないんや」
掬真が代わり言った。
「バカにするな! 俺だって戦える」
「こんな札も剥がせんとか? 真琴やったら一瞬で吹き飛ばすで」
「アイツは巻き込まれてもいいのかよ、大事な孫を危険に晒しても」
「真琴は強い、それに白哉も紫凰もついてるし」
那由他は菫の耳元で囁いた。
「珠蓮を頼むわな」
菫はコクリと頷き、ギュッと抱きしめた。
那由他はその腕の中で消えた。
つづく