その8
全焼した柊邸は更地になっていた。
あれから一年以上経ち、すっかり雑草に覆われている。
この辺りが玄関だったかな、吹き抜けのエントランスホールにあった巨大なシャンデリアを懐かしむように理煌は見上げた。
この辺りには祖父が収集した高価な陶磁器や絵画が飾られてたっけ……、それもみんな灰になってしまったんだ。
理煌の手元にはスーツケース、その横に立つ琥珀は別の方向を見ていた。
「40年前、離れが火事になった時、琥珀は他の仲間と一緒に死ぬはずやったんや」
理煌も琥珀の視線を追って、昔、祖父琥哲が仕事場兼インコ部屋としてよく過ごしていた離れがあった方を見た。理煌が産まれた時はもうなかったので、どんな建物だったのかは知らないが……。
「琥珀の仲間はあそこに眠ってるのね、心配しなくていいわ、この土地を手放す気はないし、折を見てあなたの仲間のお墓を作りましょ」
琥珀は寂しそうな目を理煌に向けた。
「虎哲が自分の命を賭してまで助けてくれた琥珀の命、生き延びたのにはなんか意味があるのかなって考えた、あなたが両親を亡くして独りぼっちになった時、ああ、これやったんやって思たんやけど」
「琥珀がいつも傍にいてくれたから、理煌はずいぶん助けられたわ」
「けど、それだけじゃなかったって、最近気付いたんや」
「えっ?」
「やっぱりココやった」
話の途中に、突然、声をかけられ、理煌はギクッとした。
振り向くと、華埜子と新が立っていた。
「そんな荷物持って、どこへお出かけ?」
まだ呪い発動中で美少女姿の新は、姿に合わないドスの効いた声で言った。
「えっとぉ……」
理煌は答えに困り、視線を泳がせながら地面に落とした。
「ノッコちゃんの勘は当たったな」
眉を吊り上げた半目で仁王立ちする新を前に、理煌は情けない顔を上げられない。
「……やっぱり、怖いのよ」
震えを止めるように拳を握った。
「怖くて震えが止まらない、ただ死ぬのが怖いってだけじゃなくて、もし、自分が能力を出し切れなくて、みんなの足を引っ張るんじゃないかって……、それで他のみんなを危険に晒したらどうしようって……」
「ゴメン、あたしのせいやな」
華埜子が申し訳なさそうに言った。
「あたしが命を賭けなアカンなんて言うたし、ビビらしてしもたんなや……、けど、那由他も1200年前と同じになるとは限らへんって言うてたし、理煌ちゃんも一人で戦うん違うし、大丈夫、みんないるし」
「そうや、今の理煌はもう独りぼっち違うやん」
琥珀が理煌の肩に手をかけた。
「自分のせいでみんなを危険に晒したないって言うたやろ、自分のことしか考えへんかった理煌が、他人の心配をしてる」
「そんなことは……」
「理煌にも心配する友達が出来たってことやん、琥珀は嬉しいで」
琥珀はいつになく穏やかな眼差しを理煌に向けた。
「大切な友達を護る力を必要とするんやったら」
その瞳には決意がこもった。
琥珀は両手を広げて火の鳥の姿になった。
炎の翼から火の粉が舞い、華埜子と新は反射的に退いた。しかし、理煌は火の粉を被っても不思議と平気だった。
「琥珀の力を、セリーナの涙の魔石の力を、全部理煌にあげる」
「バカなっ! そんなことしたら、琥珀は」
「琥珀が生き延びたのはこの為やったんや」
虎哲に予知能力があったとは思えないが、自分はきっとこの時のために命をもらったんだと琥珀は確信した。
「虎哲もきっとそう望んでると思う、大丈夫、琥珀はこれからも理煌の中で生きるんやし」
琥珀は炎の翼を広げて、理煌を包み込んだ。
「琥珀!」
理煌は拒絶するように両手を伸ばすが、指先に触れた感覚はなかった。炎の翼は理煌の体に吸い込まれていく。
「なんで今なの! こんな時に、突然!」
「ちょっと前から感じてたんや、琥珀の役目は終わったって」
物心ついた時には既に傍にいてくれた、ずっと一緒だったのに、なぜこんなに突然、いちばん傍にいてほしい時に消えてしまうなんて、あんまりだ! ちょっと前からって、理煌にとっては青天の霹靂だ! と困惑した。
「やめて、琥珀!」
理煌の目から涙が溢れ出たのは、もう、琥珀の姿を見られない、声を聞けないと覚ったからだった。
涙で霞んだ理煌の目の前に、真っ赤な宝石が現れた。
それはストンと落ちて、足元に転がった。
セリーナの涙だ、琥珀の命を繋いでいた魔石だとわかった理煌は、それを拾ったが、摘まみ上げた親指と人差し指の間で、音もなく弾けるように砕けた。
「あ……」
粉々になった欠片は、微風にさらわれて消えた。
「きっと、魔石の力だけを琥珀が取り込んで浄化して、理煌ちゃんに移したんや」
華埜子が言った。
「琥珀は……」
華埜子は理煌の胸に手を当てた。
「言うてたやん、理煌の中で生きるって」
「そんなの、嫌!」
理煌は固く目を閉じた。
その時、
地面が激しく揺れた。
「なに?!」
よろめいた華埜子は理煌にもたれかかった。
その瞬間、二人の姿は忽然と消えた。
つづく