その7
天寧が見せていた幻の教会は消え、そこは更地になっていた。
駐禁のステッカーが貼られた瑞羽の車に天寧は乗り込んだ。そして瑞羽の体から出て、幽体に戻り、幻の教会入口に立っていた時と同じ、純白のウエディングドレス姿で出てきた。
瑞羽はシートで気を失っていた。
更地に入っていく天寧の姿は陽炎のように儚かった。
「このウエディングチャペルで式をあげようって、浩平と話してたのよ、こんな仕事をしててもね、夢はあったのよ、ジューン・ブライドになる」
遠い目で、教会があるかのように見上げた。
「一人で見学に来た時、吸血鬼の巣になっているとわかってね、ほんとついてない、全滅させたけど逃げ遅れちゃって」
天寧は吹っ切れたように笑顔を向けた。
「浩平のところへ行くわ」
流風は浩平の形見の独鈷をポケットから出した。
それを見てハッとした天寧の瞳が潤んだ。
「迎えに来てくれたのね」
流風はコクリと頷き、独鈷を天寧の額に当てた。
天寧の幽体は光の玉になり、ゆらゆらと空に昇った。
流風は見えなくなるまで見上げていた。
いつの間にか意識を取り戻した瑞羽も、見送っていた。
「逝ったんやな、天寧さん」
瑞羽は涙を堪えながら手を合わせた。
「吸血鬼の巣か……正式な狩りじゃなかったし、本家も把握できなかったんやな」
でも、もし消息を絶ったのが本家の当主、颯志の孫である自分だったら、捜索隊が編成されたのだろうと瑞羽は思った。
「周平の行方も、誰も捜さへんのやろうな」
「憑依されてた時の記憶はあるの?」
「うん、全部見えてた、身体の自由はなかったけどな……けど、あったとしてもどうすることも出来ひんかったと思う、助けられへんかったと思う」
瑞羽は悔しそうに歯噛みした。
その時、フロントガラスに貼られた駐禁ステッカーに気付いた。
「マジかぁぁ!」
ちょうどそこへ霞が現れた。
「後始末はしてきたぞ」
「周平の遺体は?」
瑞羽が冷ややかな目を向けた。
「ああ、うま」
流風が慌てて霞の口を押えた。瑞羽もわかっているだろうが、美味かったなんて、瑞羽には聞かせられない。
霞は流風の手を振り払って、
「わたしにこんなことをするのは、お前くらいだ、毒液でその手を溶かしてやるぞ」
笑った。
「確かに人間と一緒にいると感覚が鈍るかもな、緩すぎて隙が出来てしまうというか……、けど、お前といるのは面白い」
その時、地面が激しく揺れた。
「地震!」
普通の地震ではない、なにか不穏な、背筋に冷たいモノが走るような感覚に、流風が身を縮めた次の瞬間、
流風は忽然と消えた。
つづく




