その5
瑞羽に憑依した幽霊は周平を見つめ、
「浩平……」
愕然と呟いた。
「えっ?」
なぜ、その名前を? 流風は耳を疑った。
瑞羽に憑依した幽霊は、流風の手を振りほどき柱の影から出て、周平と摩百合の前に歩み出た。
「思い出した、あたしはあなたに会いたかったのよ、最期にちゃんとお別れを言いたかった」
周平は瑞羽が幽霊に憑依されているとは知らない。しかし、目の前にいる瑞羽の姿をした者が、瑞羽でないことはわかった。
「お前は……誰だ?」
「あたしよ、天寧よ」
その名前には流風も覚えがあった。会ったこともある。しかし流風が幽霊の顔を見たのは一瞬、すぐ瑞羽に憑依したので、その時は思い出せなかったが、
「天寧さんだったの……」
「どう言うことなんだ?」
周平も一時状況を忘れて困惑した。
「瑞羽さんは憑依されているのよ、天寧さんの幽霊に」
宮城天寧は浩平の恋人だった。
彼女も優秀なハンターだったが、六年前、忽然と姿を消した。妖怪に遭遇して殺害されたと推測されたが、遺体も出なかったので行方不明扱いになっている。
ちょうど浩平が砂利鼠に殺されたのと同じ頃だったので、浩平が死んだことは知らないだろう。
そして、今、浩平の弟である周平を、浩平と間違えている。
「あたしは流風よ、覚えてないの?」
「流風? まさかぁ、流風はまだ子供……」
天寧は流風の顔をマジマジと見て、ハッとした。
「……そうか、そんなに年月が経っていたのね」
天寧は周平に向き直った。
「じゃあ」
「俺は周平だ」
「弟? 浩平じゃない……」
「兄貴はとうに死んでるよ」
「周兄!」
流風は思わず叫んだ。知らずに待ち続けた天寧に、心の準備も与えないまま知らせるのは酷だ。しかし、遅かった。
その時、流風は全てが理解できたような気がした。
ウエディングチャペルの火災は妖怪がらみ、普通の炎ではなかったから、天寧の体は骨さえ残らず焼き尽くされたのだろう。
天寧が成仏できなかった、いや、しなかったのは、浩平が自分の魂を見つけてくれると信じていたからだろう。
死んだことを誰にも知られず、誰にも捜されなかった天寧。でも、もし浩平が生きていたなら、必ず天寧を捜しただろうと流風は思った。そして、真相を突き止めただろうと……。
6年も、来るはずのない浩平を待っていた天寧が、あまりに可哀そうで、流風は目頭が熱くなった。
そして、浩平が来ないと知った彼女は……。
瑞羽に憑依した天寧は、潤んだ瞳を流風に向けた。
「あたしのせいなの……、浩兄はあたしを助けるために犠牲になったの」
「そうさ、こんなガキを押し付けられたせいで兄貴は死んだんだ」
周平は吐き捨てるように言った。
「ゴチャゴチャとなんの話してんのよ」
痺れを切らした摩百合が口を挟んだ。
「さっさと片付けてしまおうよ」
「片付くのは、お前の方だ」
地獄から漏れたようなドスのきいた声がした。
振り返ると、霞がゆっくりと立ち上がるところだった。腹部には血糊がべったり、振り乱した長い髪の先にも血が滴っている。
髪の隙間から垣間見えた瞳が怪しく煌めいた。
「ひっ!」
惨憺たる般若の形相の霞を見て、摩百合が息を呑んだ次の瞬間、研ぎ澄まされた日本刀のような尻尾が、摩百合の脳天に炸裂した。スイカ割りさながら、砕けた頭蓋骨から脳ミソが飛び出した。
続いて二刀めは水平に振られ、胴体を上下に分離した。三刀めは肩口から斜めに下ろされ、心臓を真っ二つにした。
すべてが数秒で終わり、隣に立っていた周平は、シャワーのように血を浴びながら愕然とした。
「わたしに血を流させるなんて、許せん!」
怒り収まらぬ霞は、転がった頭部を思い切り踏み潰した。
妖気を集中させた霞の足は、摩百合の骨を粉砕し、中身をミンチにした。
「やりすぎ……」
グロテスクな光景を見て、流風は胃液が逆流しそうになった。
「思い知らせてやるのだ」
霞は続けて胴体の方も踏みつけた。
「もう痛みなんか感じないと思うけど……」
蛇妖怪の執念、怖っ! っと流風は身震いした。
つづく




