その4
幽霊に憑依された瑞羽に続いて歩きながら、流風はスマホ画面をスクロールしていた。
「あった、これだわ」
「なんだ?」
流風は霞に画面を向けた。
そこには6年前、教会が焼失した事件記事があった。
「やっぱり教会はあったのよ、正確にはウエディングチャペルだけどね、ほら、不審火で焼失したって、犠牲者の名前が出てたら、この幽霊が誰なのかわかると思ったんだけど」
「死傷者は出てないな、お前、火事で死んだのではないのか」
「そうなのかしら? なんで死んだんだろ」
流風が突然、霞の服を引っ張った。
「なんだ?」
立ち止まって凝視する流風の視線の先を見た霞は片眉を上げた。
「これは……」
そこはビジネスホテルだった。
一般の人にはなんの変哲もないホテルにみえるだろうが、その建物は普通ではなかった。流風や霞には、建物全体を包むように張り巡らされた蜘蛛の糸が見えた。
「ここだわ、この中にあの人がいるわ!」
糸に気付いているのかはわからないが、瑞羽に憑依した幽霊はホテルに向かって駆けだした。
入口のドアが開くと、エントランスホールにも糸が張り巡らされていた。照明に反射してキラキラ光る糸は、異様な妖気とは裏腹、美しい芸術作品の中に迷い込んだような錯覚に陥らせた。
フロントは静まり返っていた。
受付嬢が二人立っていたが、目は虚ろで生気がない。二人とも蜘蛛の糸に絡まれていた。
見覚えのある糸、触れてはいけない糸だとわかった流風は、
「待って!」
入ろうとする幽霊瑞羽の腕を掴んで止めた。
「ほんとに、こんな所にいるの?」
「間違いないわ」
「でも、ここは……」
流風は臨戦態勢で囲を見渡した。
「さすが流風、見えてるようだな」
奥の階段から下りてきた周平を見て、流風は驚いた。
なぜ彼がいるのか解らなかったが、見下ろす目には敵意がこもっていた。
不敵な笑みを浮かべながら、刺すような目で流風を、そして涼しい顔をして立っている霞を見た。
「綾小路家の縁者が妖怪とつるんでるなんて、驚きだよ」
なぜ周平が羅刹姫の蜘蛛の巣の中にいる? 囚われているようではない、どうなっているんだ? 流風は困惑して眉をひそめた。
次の瞬間、
周平の背後から、目にも止まらぬスピードで伸びた鋭い尾節が、霞の胸に突き刺さった。
「うっ!」
予期せぬ攻撃をかわせなかった霞は吹っ飛び、床に叩きつけられた。
「霞!」
流風は駆け寄ろうとしたが思い止まって、瑞羽の襟ぐりを鷲掴みにして、柱の陰に引きずり込んだ。
周平の後ろから、大百足の妖怪、摩百合が姿を現した。
霞を貫いた尾節を引っ込めながら、満足そうな笑みを浮かべている。
「不意打ちとは、卑怯者だな」
周平の冷ややかな言葉に、
「先手必勝と言って、まともに戦ったら勝ち目はないわよ」
倒れている霞を蔑んだ目で見下ろした。
「大物だけど、人間と関わり合って鈍ったのかしら、あたしの妖気に気付かなかったなんて」
「なぜ周兄が、大百足と一緒にいるの?」
流風は馴れ馴れしく話をする二人を慄然と見た。
「環花を殺したのは、そいつなのよ!」
「知ってるさ、環花に妖怪を体内に取り込む禁術を教えたのは俺だからな」
「なんですって!」
流風は雫の言葉を思い出してハッとした。
(用心しいや、この文献、いつかは解らんけど誰かが触った形跡があるんや、厳重に保管してあって、うちと颯志しか手に出来ひんもんやのに、アンタが忍び込む前に見た者がいるんや、綾小路の中に)
「周兄がなぜ……」
つづく




