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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
第12章 召喚

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その1

 悠輪寺ゆうりんじの本堂の周りは、幅3メートルくらいお堀が廻らされており、正面に本堂の入口へと渡る小橋がある。

 重賢じゅうけんは折り畳みチェアに座りながらお堀に釣竿を垂らしていた。


 夕日を浴びて輝くツルツル頭、細い目がいつも微笑んでいるように見える柔和な顔をした老僧が持つ釣り竿の糸の先には、キュウリがぶら下がっている。

 お堀の中、水中には影が動いていた。空中に浮かぶキュウリの周りをクルクル回っていた。


「懲りずにやってるんやな」

 後ろから突然かけられた声だったが、気配を察していた重賢は、驚くことも振り向くこともなく、

「しーーっ」

 その時、水面をなにかがピチャッと跳ねた。

 重賢は慌てて竿を上げたが、一瞬遅く、水掻きがある緑色の手が飛び出し、素早くキュウリをもぎ取って水の中に引っ込んだ。


「そんなもんで釣れるわけないやろ」

 声をかけたのは綾小路あやこうじしずくだった。

 背中が丸くなった小柄な老女は杖をついているが、しっかりとした足取りで重賢に近付いた。


「もうじきやなぁ、金色の絨毯敷きつめられるのは」

 本堂を護るように銀杏の木が立ち並んでいる。雫は、秋も深まり黄金に色付いた葉を湛えている銀杏を見上げた。

「ああ、掃除が大変ですけどねぇ」

「もう一回、見たかったな」

「なにうたはるんですか」

 重賢は腰に手を当てながら立ち上がった。


「わかってるくせに、そやし釣り上げて隠そうとしてたんやろ」

 雫は目を細めながらお堀を見下ろした。

「どうやら、間に合わへんかったみたいですな」

 重賢は寂しそうに目を伏せた。

「遠い日の約束、覚えてるんやろか?」


 お堀の淵に緑の指がかかった。

 続いて、河童がにゅーっと顔を出した。

「忘れてはおりませんよ」



   *   *   *



 雲一つない空に、太陽がギラギラと光を放っていた。

 過酷な陽光がジリジリ染みる地面は、水分をすべて奪われてひび割れ、雑草も干からびていた。


 薄汚れた緑色、体長1メートルくらいの、一見人の形をしているが背中に甲羅がある生き物が倒れていた。

 伸ばした手には水かきがある。

 うちぎ姿でまだ結い上げていない垂れ髪が肩にかかる公家の少女が、しゃがみ込んで物珍しそうに見ていた。

(河童?)


 明子あきこは、この見慣れない生物が河童という妖怪なのか? と小首を傾げた。

 緑色の表皮は乾いてカサカサしているし、息も絶え絶え。

(死にかけてるの?)


 日照りが続き、住処にしていた沼が干上がりそうだったので、河童は川の方へ引っ越ししようとしたものの、不覚にも途中で皿が乾いて、行き倒れになってしまったのだった。

 水さえあれば、こんな小娘くらい振り切って逃げられるのに……。河童は容赦なく照り付ける太陽光を呪った。


(ちょっと待ってて)

 明子はそう言うと、その場を離れた。


 大人を呼びに行ったと思った河童は恐怖した。人間は残酷な生き物だ、死にかけている自分をさらに傷めつけるかも知れない、殺して見世物にするつもりなのかも知れない。

 逃げなければ!

 河童はなんとか動こうとしたが、意識がもうろうとして顔から地面に突っ伏した。


 万事休すと絶望した、その時、

 ピチャッ!

 欲念が聞かせたのか、水の音がした。


 ピチャッ!

 空耳ではなかった、頭がスッキリして全身に生気が甦った。

 カサカサだった表皮に潤いが戻り、河童は顔を上げた。

 そこには竹筒を手にした明子の笑顔があった。



   *   *   *



「あの時のお優しい顔は忘れません」

 河童は堀から這い出て、雫の前に立った。

 全身緑で1メートルくらいの人型、甲羅を背負い、頭に皿を乗せた見た通りの河童は、照れたように目尻を下げた。

「お陰様で命拾いし、いっちょ前に子孫を増やすことも出来ました。もう思い残すことはありません」


「やっと出て来たんか、儂のキュウリ、何本食うた?」

「いつもありがとうございます」

 苦笑いする重賢を見て、河童は目を細めながら頭を掻いた。


 しかし、すぐ真顔に戻って、雫の前に片膝をついてこうべを垂れた。

「明子様はこの日が来ることを予知しておられた、そして生まれ変わった自分の力になってほしいと、わたしは必ずご恩を返すと約束しました」


「そうか、覚えててくれたんやな」

 雫はフッと寂しそうな笑みを浮かべた。


「やっぱり……禁術を使って、銀杏の森へ入らはるんか」

「うちの宿命やさかいな、あの子らだけに背負わせるわけにはいかへん」

 首を垂れる河童を見下ろした。


「覚悟はできてるか?」


「この日を待っておりました」


   つづく


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