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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
第2章 霞

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その1

 霞草の花畑にいるようだった。

 しかし花に見えていたのは白い大蛇の鱗だった。


 中に立っているのは法衣姿で錫杖しゃくじょうを手にした若い僧だった。浮かべた微笑は春のやわらかな陽射しのように穏やかだった。


(お前の鱗は美しいな、霞草を並べたようだ)

 まとわりつく大蛇の鱗を指でなぞりながら若い僧は言った。

 心の奥に響く心地よい低音。

(これからはかすみと呼ぼう、お前の名だ)

 

 霞は純白の着物を着た美しい娘に姿を変えた。

 頬には紅がさし、上目遣いに若い僧を見つめた。



   *   *   *



「酷いと思いませんか、別荘を建てちゃダメだなんて」

 七瀬ななせすみれ悠輪寺ゆうりんじ庫裡くりのリビングで、住職の重賢じゅうけんに訴えていた。


 京都市内の住宅街、まるでそこだけ時が止まっているような佇まいの古寺、文化財もないこの寺を訪れる者は滅多にないのだが、菫は問題が起きる度に駆け込んで重賢を頼る、と言うより愚痴を言う。


 菫は御年58歳だが、女優と言う職業柄、どれだけ美容にお金をかけているのか、シミ、シワ一つない艶々の肌で、孫がいるとは思えない若見えと美貌を誇っていた。


 重賢はツルツルに輝く頭、細い目がいつも微笑んでいるように見える柔和な顔をしたもうすぐ75歳になる老僧である。

 確かに、どんな相談にも的確なアドバイスをしてくれるし、話をすると心穏やかになる不思議な雰囲気を持った住職ではあるが、解決出来ないこともある。


「それはしゃーないなぁ、遺跡が出たんやもん」

 本日は別荘問題。菫が別荘を建てるために購入した山奥の土地から遺跡が発掘され、建設が頓挫した件についてだった。


「景色はもちろん空気も水も綺麗だし、掬真きくまさんもとても気に入って、週末は都会の喧騒を離れて二人きりで過ごしましょうって、山ごと購入しましたのに」

 掬真は菫の夫で売れっ子のミステリー作家。16歳の年の差を乗り越え電撃結婚した相手で、今もラブラブである。


「あんな所に重要な宝物が埋まっているとは思えませんわ、なのに付近一帯を立入禁止にするなんて、横暴だと思いませんか?」

 菫は悔しそうにハンカチを噛みしめた。

「重要な遺跡らしいで、今世紀最大の発見とかニュースになってたし、調査には最低半年、規模によっては何年も何十年もかかるかも知れんって話や」


「何十年……」

 菫は額に手を当てよろめいた。

「そんなに生きていられないかも知れませんわ、掬真さん」

「確かに……」

 重賢は苦笑いした。




「帰らはった?」

 菫がいなくなったのを見計らって那由他なゆたが現れた。銀色に輝くショートの巻き毛、クリッとした二重瞼に碧色の瞳、ふっくらした口元が可愛い、愛嬌たっぷりの笑みを浮かべた16、7の少女に見えるが……。


「なに隠れてるねん」

 呆れる重賢に、那由他はわざとらしく前歯を見せて笑った。

 マイペースで人の顔色お構いなしにグイグイ話を進める無邪気な菫が、那由他は少々苦手である。


 そして真琴まことも同様、自宅でもさんざん愚痴られてうんざりしていた。

「お祖母ちゃん、ずーっとあの調子でうるさいねん、よっぽど悔しいんやろうけど、いくら大女優でも通らへん我儘もあるやろ」

 菫の孫である真琴は、美形の血を引き、色白で端正な顔立ち、ストレートのロングヘヤーが良く似合う美少女。


「真琴も来てたんか、ずるいなぁ二人とも、儂一人に相手させて」

「重賢は得意やろ、いつも楽しそうに話してるやん」

 那由他が茶化した。

「あんな面白い人はなかなかいーひんで、そやし掬真も飽きんと一緒に居られるんやろ」

 重賢と掬真は古くからの友人だ。

「ま、次の何かに興味が移ったら、綺麗サッパリ忘れるやろ」

 菫の性格もよく理解していた。


「けど、体調悪い時に来られたら、ちょっとなぁ」

 重賢は腰をさすった。

「ギックリ腰って笑うなぁ、昔は強靭な体の持ち主やったのにな」

うてくれるな那由他、儂かて年には勝てへん」

 重賢はバツ悪そうに細い目をいっそう細めた。


「そんなことより、あたし、嫌な予感がするねん」

 それこそ真琴が寺に来た訳だった。

 菫がいるとは思わず、顔を合わすと面倒なので隠れていたのだ。


「出たぁ~、真琴の嫌な予感! 真琴の予知はよう当たるしな」

 それは予知と言うよりも、真琴の体に半分流れる妖怪の血が、わずかに乱れる不穏な気を察知しているのだ。


「遺跡調査が始まった頃やし、あそこに関係あると思うんやけど」

「あそこには何があったんや?」

 重賢は那由他に尋ねた。

 那由他は1200年余も生きている妖怪だ。自分では銀杏の妖精と言っているが……。


「そんなん覚えてへん」

 あっさり言い放った。

「なんか気になるし、確かめたいんやけど、この間のこともあるし山奥はこりごりや、暑いし、虫はいるし、足元悪いし」


「こう言う時はやっぱり」

 那由他と真琴は顔を見合わせた。


珠蓮じゅれんもたいへんやなぁ」

 と言いながら、重賢も面白がっていた。


   つづく


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