その7
「今日は何事もなかったな」
授業が終わって帰り支度をしながら、華埜子はホッとして言ったが、真琴が浮かない表情をしているのに気付く。
「どうかした?」
「うん……、蓮の臭いが消えたんや」
「臭い?」
真琴は綺麗な顔に不似合いに鼻を大きく広げた。
「鬼の悪臭」
「悪臭って……」
「午前中は臭ってたして、どっかに潜んでるんやろうなって思てたけど、午後からは」
「蓮がどっか行ったってこと? 羅刹姫が現れたんやろか」
「わからんけど」
真琴はふと、窓から外を見下ろした。
ちょうど美絢が校門に向かう姿を見つける。
「アレって、戸部違う?」
華埜子も見下ろす。
「早っ」
華埜子は素早く鞄を手にして、
「急ごっ」
「なんでや」
「蓮がいーひんのやろ、あたしらが守ったげな」
使命感に燃えて教室を飛び出す華埜子を見て、真琴は大きな溜息をついた。
「戸部さんの家って、こっちの方やったかなぁ」
美絢の姿を見失った華埜子は、追って来た真琴にすがるような目を向けた。
「戸部の臭いなんか、覚えてへんで」
「なんでぇ」
華埜子は頬を膨らませた。
「早よ見つけな、羅刹姫の他にも狙ってる妖怪がいるかも知れんやん、霞さんかて、あきらめてへんかも知れんし」
「霞やったら、山に帰ったで」
突然、二人の間に那由他が割り込んだ。
「近っ!」
いつものようにのけ反る真琴と、気にせず愛想を向ける華埜子。
「拗ねてたで、せっかく助けたったのにって」
「だって霞さん、戸部さんを食べるって言うし」
「妙な霊力を持ってる子か」
「元クラスメートやもん」
「友達でもないねんけどな」
真琴が付け加えた。
「で、その子をいつまで見張るつもりなん?」
那由他は呆れ顔で言った。
「え?」
「ずーっと見張ってる訳にはいかへんやろ」
「それは……」
華埜子は急に歩く速度を落とした。
「霊力の強い人間が妖怪に食われる、それは事故みたいなもんやで、避けようがないし、そうなってもノッコのせい違うしな、抗えるとしたら自分自身や」
那由他はいつになくマジな顔で言った。
「けど戸部さんは自分の力に気付いてへんねんで」
「気付いてへんかっても自己防衛できたやん、ノッコは」
「あたし?」
「確かに……あたしみたいな半妖と関わって、危ない目にも遭うたけど、いつも切り抜けてきたやん」
真琴が口を挟んだ。
「あたしには真琴や那由ちゃんがいてくれたし、そやし、今度はあたしが戸部さんの力になってあげたいねん」
しゃーないなぁと言わんばかりに真琴と那由他は顔を見合わせた。
その時、前方を歩いている戸部の後姿に気付く華埜子。
「戸部さん!」
声をかけながら、追いつこうとするが、美絢の横に立っていた女性の方が先に気付いて振り向いた。
美しいが悪辣な顔、人の姿はしていても人ではないと華埜子は直感した。
美絢が危ない!
全速で駆け寄ろうとしたが、邪気が華埜子の足を止めた。
女の脇腹から百足の足が何本も飛び出すと同時に、胴体がググッと伸びて3倍の長さになって美絢の頭上に覆いかぶさった。
つづく