その6
白い霧の中に広がる蜘蛛の巣の端に羅刹姫が立っていた。
相変わらず派手な化粧、豊満なバストを強調する胸元の開いたワンピース、もちろんミニで綺麗な足も惜しみなく見せている。その足が細い縦糸の上をはねるように動き、珠蓮に接近した。
珠蓮の倍以上生きており、悪知恵に長けている羅刹姫には、何度も罠にかかり、煮え湯を飲まされている。
しかし、こんな糸、変化すれば容易く切れる!
珠蓮の眼が赤く煌めき、上半身は黒い剛毛が伸び、衣服を破って肥大化した。
が、糸は切れなかった。
それよりも次第に体が怠くなり、力が抜けていく。
「なにぃ……」
この糸は以前、華埜子と流風が捕まった悲しみの糸か……。珠蓮は羅刹姫が人間の魂を捕らえる為に使っていた妖術を思い出した。
「500年分の悲しみに苛まれるといいわ」
羅刹姫は意地悪な笑みを口の端に浮かべた。
「鬼の魂なんか好みじゃないけど、妖力が強いのは間違いないから、不味くても食べてあげるわ」
羅刹姫が掌から放射した糸が珠蓮の首に巻き付いた。
「うっ!」
「感謝しなさい、死ねない身体って辛いでしょ、その苦しみから解放してあげるんだから」
鬼の珠蓮を拘束できるほど強い力。
「いつの間に、こんな力を! どれだけ魂を食ったんだ……」
鋭い爪で断ち切ろうとするが届かない。
羅刹姫は不敵な笑みを浮かべながら、糸を持つ手に力を込めた。
不覚……。
珠蓮は喉に食い込む糸に苦しみながら、己の油断を後悔した。
その時、ビシュッ! と空を切る音がした。
糸が切断され、珠蓮は解き放たれた。
「さすがの鬼も、首をはねられたらくっつけるのに苦労するでしょ」
紫凰は、咳き込みながら人間の体に戻った珠蓮の横に立った。
「久しぶりだね」
颯爽と登場した紫凰を見て、羅刹姫は顔を歪めながら舌打ちした。
「どうやって入ってきた!」
「お前の妖力なんか、たかが知れてるんだよ」
余裕の笑みを浮かべる紫凰。
「珠蓮はお気に入りなんだから、お前なんかに渡さないんだよ」
紫凰が珠蓮の肩に触れると、捕らえていた粘々の横糸が珠蓮の身体から離れた。
自由の身になった珠蓮だが、不服そうな目で紫凰を見上げた。
「あ、ありがと……」
同じく不服そうな羅刹姫は顔を背けながら言った。
「いいわよ、アンタと争って余計な力を使う気はないから、さっさと連れて帰りな」
「お利口さんだね、鬼には勝てても、あたしには敵わないとわかってるんだ」
得意げに言った紫凰に、羅刹姫は不敵な笑みを浮かべた。
それを見た紫凰は、悪寒を覚えて鳥肌がたった。
「勝手に話を進めるなよ、こんな奴、俺一人で」
珠蓮は紫凰を押しのけて前に出ようとした。
「負けそうだったくせに」
「これは俺の問題だ、コイツには聞きたいことがあるんだ」
「知らないよ、もうあんなゲス鬼とは縁を切ったからね」
珠蓮の目的を察した羅刹姫は、すかさず冷酷に言い放った。
「え……」
「アンタをそんな体にした奴の居場所を知りたいんでしょうが、もう50年も会ってないわよ」
言葉を失った珠蓮に、紫凰は呆れた視線を流した。
「バカだね」
「それにノッコに頼まれたんだ、羅刹姫からあの子を護ってって」
「すり替え早っ」
「なんで人間の為に? あんな小娘、お前には無関係だろ」
「珠蓮は半分人間だからね、友達の頼みは断れないんだよ、そこが彼のいいとこなんだよ」
服が破れて上半身ほぼ裸の珠蓮の腕に、紫凰は親しげに絡みつきながら続けた。
「それにね、実はあたしもお前を捜してたんだよ」
「アンタがあたしを?」
「教えてあげようと思ったんだよ、封印を解いてもあの子は救われないって」
「なにを……」
「ずいぶん魂を食い散らかして力を蓄えてるのは、黎子の封印を解いて、あの子の魂を解放するためなんだろ?」
紫凰の瞳が縦に長く伸び、赤紫に煌めいたのを見て、羅刹姫は背筋に冷たいモノを感じて青ざめた。
「アンタ……、なにを知ってるんだ」
つづく




