その5
「先週は一週間丸々休んでたらしいで、体調不良って届けやったけど、ほんまの理由はペットロスらしいわ、愛犬が交通事故で死んだんやて」
情報通の本間咲子は、華埜子のリクエストに応えて、さっそく聞きこんできた。
一年の時は片鱗すら見せなかった美絢が、突然、妙な能力に目覚めたのには訳があるはずだ。当然、元々秘めていたのだろうが、覚醒の仕方が悪い。自覚のないまま人を傷つけるなんて……。
華埜子はまた鬼に噛まれていた宮田千幸のことを思い出していた。
彼女は助けられなかったが、今度は……。
「今日から登校してるけど、ゲッソリしてて声もかけられへんって……、確かにペットは家族やけどなぁ、ちょっと大袈裟過ぎひんかなって、クラスの子も引いてたわ」
愛犬の死が引き金か。
「けど、なんで戸部のことが気になんの?」
「昨日、見かけたんやけど、様子が変やったし」
「ノッコが気にすることないわ、ただ、時間が必要なんやで」
「そうやな」
咲子が去った後、入れ替わりに真琴が近づいた。
「ペットロスがきっかけやったんか」
「あの距離からちゃんと聞こえたんや、さすが……」
猫は聴力も優れている。
「交通事故って、もしかしたら加害者に復讐したんかな」
「昨日襲われた二人が、犯人やったんかなぁ」
「今朝、ニュースで見たけど、二人とも亡くなったって」
「そしたら、復讐は終わり?」
「なら、エエけど」
真琴は昨日のことを思い出していた。制服警官を見た時、美絢の目はあきらかに変わった。
「霞が止めへんかったら、続きがあったん違うかな」
「まだターゲットはいるってこと?」
華埜子は不安そうに眉を寄せた。
「わからんけど……、で、蓮はちゃんと見張ってるんやろな」
「抜かりないと思うで、羅刹姫に狙われてるって言うたら、目の色変えてたもん」
華埜子は珠蓮が羅刹姫を追っていることを思い出し、美絢が羅刹姫に狙われていると告げた。
「けど、いつも逃げられてるしなぁ」
真琴は不信感をあらわにしたが、華埜子は呑気に、
「逃げられてもエエんや、戸部さんに近付けへんかったら」
「ま、鬼がうろついていたら躊躇するやろうけど……、学校にも来てるんやろか」
「たぶん、どっかに潜んでるやろ」
「蓮の奴、見つかって変質者と間違えられへんかったらエエけど」
* * *
その頃、珠蓮は学校にいなかった。
もちろん、昨夜からずっと美絢を見張っており、朝、登校した彼女を追って学校へ来た。姿を見られないよう最新の注意を払いながら、校内に潜んでいた。
が、そこで羅刹姫を見つけた。やはり、美絢を狙っている。
羅刹姫の方もほぼ同時に鬼の妖気を察知して、珠蓮が牙を剥く前に、その場を離れた。
当然、珠蓮は彼女を追った。逃げ足が速いのは承知、見失わないよう全力で追跡した。学校を出て住宅街に入る。細い路地に逃げ込む人影を見て後に続いた。
「えっ?」
路地に入った途端、足元の地面が消えた。
落とし穴にはまったように落下する珠蓮、手を伸ばすが宙を探るばかりでなにも掴めない、それに長い……。どこまで落ちるんだ? と思っているとようやく底に到達したようで、背中がネットのようなモノに引っ掛かった感覚で、落下は終わった。
落下の長さから強い衝撃を覚悟していた珠蓮は、少し拍子抜けしたが、
「なんだ?」
痛みはないのに起き上がれない。
そこは深い霧に包まれていた。
そして、張り巡らされた大きな蜘蛛の巣に珠蓮は引っ掛かっていた。
糸の粘着が珠蓮の身体を拘束していたのだ。
つづく




