その4
「これって!」
真琴にも見え、驚きの声を上げた。
見覚えのある糸、真琴はどこから伸びているのか目で辿ったが、人込みの中に消えていた。
「下がって下さい! 危ないから、もっと下がって!」
中年男性の制服警官が野次馬の整理に当たっていた。
警官の叫び声に反応した美絢は、そちらを見てハッと目を見開いた。
「あれは……」
虚ろだった目に光が戻り、怪しく煌めいた。
それは獲物を見つけた肉食獣のように鋭く、たちまち全身に鳥肌が立った。そしてセミロングの髪が静電気を帯びたようにフワリと膨らんだ。
「なに!」
その尋常ならぬ豹変に、真琴と華埜子は反射的に身を引いた。
次の瞬間、
晴天の空に雷光が一筋走った。
バリバリ!
一瞬遅れて雷鳴が轟いたかと思うと、光の筋が美絢のうなじから出ていた糸を断ち切って地面に落ちた。
「キャア!」
「わあっ!」
周囲にいた人々は、文字通りの青天の霹靂に驚いて逃げ惑う。
パニックに陥った野次馬は逆走し、制服警官の姿は人込みに呑まれて消えた。
雷の影響は受けなかったが、美絢の身体には糸を通じて電気が走ったようで、フラリとよろめいた。
その肩を、霞が片手で押さえた。
「霞ぃ! 殺す気か」
ありえない落雷が霞の仕業だとわかった真琴は食ってかかったが、グッタリしている美絢の身体を押し付けられた。
「助けてやったのに、なんだ、その言い草は」
霞は涼しい顔で美しい黒髪をかきあげた。
「どう言う意味?」
華埜子は心配そうに美絢を見た。半目に開いてはいるが意識は飛んでいる様子。
「戸部さん、大丈夫なん?」
「ああ、糸は切ってやったからな」
「あれが羅刹姫の糸やったら、無闇に切ったらアカンかったん違うの」
「今回は問題ない、魂はまだ取られてないからな、取ろうとしていたのだ」
「なんでわかんにゃ」
「この娘……」
霞は美絢を観察するようにマジマジと見た。
「わたしが食う」
「なんでや!」
「アカンやろ!」
真琴と華埜子は、舌なめずりをする霞から美絢を離した。
「なぜだ? 羅刹姫に食われるよりマシだろ?」
「なんで戸部さんなんやな」
「この娘、このまま放置したら犠牲者が増えるぞ」
霞はちょうど発進した救急車に視線を流した。
「あれが戸部さんの仕業だと?」
「妙な能力を持っているようだ」
ちょうど引き上げてきた野次馬達の会話が聞こえる。
「なんか、カラスとネズミに襲われたらしいで」
「うそぉ~、そんなことないやろ」
「けど、見てた人がいるし」
すれ違いざまに漏れ聞いた真琴と華埜子は、耳を疑いながら霞に視線を向けた。
「この娘が操ったのだ」
「まさか、戸部さんとは去年同じクラスやったけど、そんな力なかったで、変わったとこがあったら気付いたはずや」
「確かに、ノッコは勘が働くしな」
「では最近、目覚めたのだろう、今、この娘の心は、憎しみでがんじがらめになっておるからな」
〝目覚めた″という言葉に、華埜子と真琴は凍り付いた。
「まさか鬼に……」
幼い頃、鬼に噛まれていて、14歳で鬼の血が目覚めた少女、宮田千幸の事件を思い出したからだ。
「そうではない、鬼なぞ食うもんか」
霞の言葉に二人はホッと胸をなでおろしたが、
「ほな、なんで……」
「元々秘めていたんだろう、それがなにかのきっかけで覚醒した」
「なにがあったんやろ」
「とにかく、わたしは山の守り主、動物たちを守らねばならぬし、妙な能力者に操られては困る」
「それは口実やろ、そんな特殊な力を持つ人間は、さぞ美味しいやろうしな」
真琴が意地悪く言った。
「とにかく、食べるなんてアカンで」
華埜子がそう言った時、美絢が意識を取り戻した。
「食べる?」
「戸部さん、気ぃ付いた? 大丈夫か?」
「堤さん……」
美絢は華埜子に支えられている自分に気付き、驚きの目を向けた。
「あたし……」
「貧血起こしたん違うかな」
華埜子は咄嗟に取り繕った。
「そう……」
美絢は頭を左右に傾けながら、
「もう、どうもないみたいや」
力ない笑みを向けた。
とは言うものの、どう見ても具合悪そうなので華埜子は、
「送って行こか?」
「そんな大袈裟な、大丈夫、一人で帰れるし、ありがとう」
美絢は華埜子の申し出を断り、小さく手を振りながら去って行った。
後姿を見送りながら、真琴は首を傾げた。
「人を襲ったようには見えへんけどな」
「記憶がないのだろう、厄介なことだ」
「ほな、また無意識に能力を使ってしまうってこと?」
真琴と華埜子は青ざめながら顔を見合わせた。
「どちみち羅刹姫に目ぇ付けられたんやったら、放っとけへんな」
「だから、その前にわたしが」
「いいこと思いついたわ」
華埜子が霞の言葉を遮った。
「見張りにうってつけの人がいる」
つづく




