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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
第11章 沫雪

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その4

「これって!」

 真琴にも見え、驚きの声を上げた。


 見覚えのある糸、真琴はどこから伸びているのか目で辿ったが、人込みの中に消えていた。

「下がって下さい! 危ないから、もっと下がって!」

 中年男性の制服警官が野次馬の整理に当たっていた。


 警官の叫び声に反応した美絢みひろは、そちらを見てハッと目を見開いた。

「あれは……」

 虚ろだった目に光が戻り、怪しく煌めいた。

 それは獲物を見つけた肉食獣のように鋭く、たちまち全身に鳥肌が立った。そしてセミロングの髪が静電気を帯びたようにフワリと膨らんだ。


「なに!」

 その尋常ならぬ豹変に、真琴と華埜子は反射的に身を引いた。


 次の瞬間、

 晴天の空に雷光が一筋走った。


 バリバリ!

 一瞬遅れて雷鳴が轟いたかと思うと、光の筋が美絢のうなじから出ていた糸を断ち切って地面に落ちた。


「キャア!」

「わあっ!」

 周囲にいた人々は、文字通りの青天の霹靂に驚いて逃げ惑う。

 パニックに陥った野次馬は逆走し、制服警官の姿は人込みに呑まれて消えた。


 雷の影響は受けなかったが、美絢の身体には糸を通じて電気が走ったようで、フラリとよろめいた。

 その肩を、かすみが片手で押さえた。


「霞ぃ! 殺す気か」

 ありえない落雷が霞の仕業だとわかった真琴は食ってかかったが、グッタリしている美絢の身体を押し付けられた。

「助けてやったのに、なんだ、その言い草は」

 霞は涼しい顔で美しい黒髪をかきあげた。


「どう言う意味?」

 華埜子は心配そうに美絢を見た。半目に開いてはいるが意識は飛んでいる様子。

「戸部さん、大丈夫なん?」

「ああ、糸は切ってやったからな」

「あれが羅刹姫の糸やったら、無闇に切ったらアカンかったんちゃうの」


「今回は問題ない、魂はまだ取られてないからな、取ろうとしていたのだ」

「なんでわかんにゃ」

「この娘……」

 霞は美絢を観察するようにマジマジと見た。


「わたしが食う」


「なんでや!」

「アカンやろ!」

 真琴と華埜子は、舌なめずりをする霞から美絢を離した。


「なぜだ? 羅刹姫に食われるよりマシだろ?」

「なんで戸部さんなんやな」

「この娘、このまま放置したら犠牲者が増えるぞ」

 霞はちょうど発進した救急車に視線を流した。

「あれが戸部さんの仕業だと?」

「妙な能力を持っているようだ」


 ちょうど引き上げてきた野次馬達の会話が聞こえる。

「なんか、カラスとネズミに襲われたらしいで」

「うそぉ~、そんなことないやろ」

「けど、見てた人がいるし」


 すれ違いざまに漏れ聞いた真琴と華埜子は、耳を疑いながら霞に視線を向けた。

「この娘が操ったのだ」

「まさか、戸部さんとは去年同じクラスやったけど、そんな力なかったで、変わったとこがあったら気付いたはずや」

「確かに、ノッコは勘が働くしな」


「では最近、目覚めたのだろう、今、この娘の心は、憎しみでがんじがらめになっておるからな」

〝目覚めた″という言葉に、華埜子と真琴は凍り付いた。

「まさか鬼に……」

 幼い頃、鬼に噛まれていて、14歳で鬼の血が目覚めた少女、宮田千幸の事件を思い出したからだ。


「そうではない、鬼なぞ食うもんか」

 霞の言葉に二人はホッと胸をなでおろしたが、

「ほな、なんで……」

「元々秘めていたんだろう、それがなにかのきっかけで覚醒した」

「なにがあったんやろ」


「とにかく、わたしは山の守り主、動物たちを守らねばならぬし、妙な能力者に操られては困る」

「それは口実やろ、そんな特殊な力を持つ人間は、さぞ美味しいやろうしな」

 真琴が意地悪く言った。


「とにかく、食べるなんてアカンで」

 華埜子がそう言った時、美絢が意識を取り戻した。

「食べる?」

「戸部さん、気ぃ付いた? 大丈夫か?」

「堤さん……」

 美絢は華埜子に支えられている自分に気付き、驚きの目を向けた。


「あたし……」

「貧血起こしたんちゃうかな」

 華埜子は咄嗟に取り繕った。

「そう……」

 美絢は頭を左右に傾けながら、

「もう、どうもないみたいや」

 力ない笑みを向けた。


 とは言うものの、どう見ても具合悪そうなので華埜子は、

「送って行こか?」

「そんな大袈裟な、大丈夫、一人で帰れるし、ありがとう」


 美絢は華埜子の申し出を断り、小さく手を振りながら去って行った。


 後姿を見送りながら、真琴は首を傾げた。

「人を襲ったようには見えへんけどな」

「記憶がないのだろう、厄介なことだ」

「ほな、また無意識に能力を使ってしまうってこと?」

 真琴と華埜子は青ざめながら顔を見合わせた。


「どちみち羅刹姫に目ぇ付けられたんやったら、放っとけへんな」

「だから、その前にわたしが」

「いいこと思いついたわ」

 華埜子が霞の言葉を遮った。


「見張りにうってつけの人がいる」


  つづく


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