その3
「いい加減、機嫌直してぇなぁ、謝ってるやん」
仏頂面の真琴を、華埜子は困り顔で覗き込んだ。
「別に、ノッコに腹立ててるん違うし」
紫凰の話は衝撃的だった。
邪悪なモノの正体が、年端のいかない少女黎子だったこと。そして彼女もまた犠牲者だったことと、彼女を再び利用する為に、封印を解こうとしている輩がいること……。
宿命などまだ受け入れられないのに、運命の日は迫っていると知らされ、どうしていいかわからない五人と、1200年前の悲劇を見ている那由他や霞は、悪夢が甦って動揺する。
話は終わったが、今、することもないので解散となった。紫凰たち妖怪はそのまま銀杏の森で昔話を続け、超不機嫌になった真琴には澄も近付けずに、華埜子は一人で帰ろうとした真琴の後を追った。
真琴のショックは、そして不機嫌になった訳は、華埜子が転生者の一人だとわかったことだった。
那由他から何度も聞かされてきた一連の話、物心ついた時から傍にいる那由他だから、出来ることは協力しようと思っていたし、実際してきたつもりだった。
でも、どこか遠い物語って感覚だった。
それが唯一の親友と呼べる華埜子が当事者と知り、一気に身近な問題に格上げされた。
華埜子が、死んでしまうかも知れない。
そんな考えが浮かんだだけで、全身鳥肌がたった。
「酷いわ那由他の奴、最初から気ぃ付いてたんやったら、もっと早よ言うてくれたらエエのに」
真琴は立ち止まり、荒い鼻息を吹き出した。
「この時代に五人現れへんことを願ってくれてたんや、一人二人現れても、揃わへんかったら来世へ持ち越しやろ」
華埜子は那由他を庇ったが、
「悠長やな、五人揃わへんかっても、封印が破られるかも知れんのにな」
「確かに……」
真琴の言葉に納得した。そうなのだ、封印を破ろうとしている奴には、五人揃おうが揃うまいが関係ない。
「それにしても紫凰の奴、最初から全部知ってたのに、黙ってたなんて!」
「でも……、聞いてたところで状況は変わらんけどな」
華埜子は淋しそうに目を伏せた。
「あたしたちの宿命は、邪悪なモノを完全に滅することなんやし」
「なんか、すっかり受け入れているんやな、死ぬかも知れんのに」
「しゃーないやん、でも、真琴も力になってくれるやろ」
「あたしも綾小路家の親戚やしな、それに黎子の魂も、悠輪の魂も救ってあげたいとも思うし」
むくれながら言う真琴の横顔を見て、華埜子は笑みを漏らした。
「あれ?」
その時、前方の騒ぎに気付く。
パトカーや救急車を取り巻くように野次馬が集まっている。
「事故かな?」
真琴は表情を険しくして、
「ただの事故違うみたいや、この臭い」
猫の嗅覚を持っている真琴は、人間の血の臭いの他に、カラスやネズミの血の臭いが混じっているのを不審に思った。
「あれ、戸部さん違う?」
華埜子は野次馬の後方に戸部美絢の姿を見つけた。
「誰?」
「一年の時、同じクラスやったやん」
「ああ、そう言えば……、大人しい子で喋ったことなかったような……」
真琴が記憶をたどっている間に、華埜子はそちらに向かっていた。
「なぁ、なにがあったん?」
華埜子は親しげに話しかけたが、美絢の様子がおかしいことに気付いた。
目は宙を彷徨い、なにも見ていない、心ここにあらずと言った感じだ。
「そんなに酷い事故やったん?」
もしかしたら事故をまともに目撃してしまい、ショックを受けているのかと思ったが、
「えっ?」
華埜子の声に我に返った美絢は、驚きの目を向けた。
「事故?」
その時、初めて周囲の騒ぎに気付いたようだった。
「見てたん違うの?」
「あ、あたし……」
「どうしたん? 具合悪いん?」
心配そうに美絢を覗き込んだ華埜子はハッと顔色を変えた。
「これは……」
美絢のうなじから、一本の糸が出ているのに気付き、背筋が瞬間冷凍した。
つづく