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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
第11章 沫雪
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その1

 三日前、初雪が降った。

 それはすぐに消えてしまう沫雪あわゆきだったが、本格的な冬の到来を宣言するにふさわしい冷え込みだった。

 そして今日も、それに劣らぬ底冷えに見舞われていた。


「あ、雪や」

 ちょうど信号待ちで停車した時に気付いた類子は、ヘルメットのシールド越しに空を見上げた。

さぶいはずや」

 大型バイクを運転している彼氏、昭信の背中にピッタリくっ付いていた類子は、少し体を離して掌で沫雪を受け取った。


 掌に落ちた雪はすぐに融けたが、冷たさだけは残った。

 次の瞬間、黒い塊が落ちてきた。

 !?


 鋭く尖った嘴が、類子の掌に突き刺さった。

 それは急降下したカラスだった。


「キャアァァァ!」

 周囲の空気を振動させる悲鳴、類子の身体はシートからずり落ちて道路に転がった。

 倒れた類子に続々と飛来するカラスの群れが、狂ったように彼女の体をついばんだ。

 悲鳴を上げながら両手を振り回して抵抗するもむなしく、喉元への一撃が声を奪った。噴き出した血飛沫が洋服を染めていく。


「なんや!」

 なにが起きたか把握できない昭信にもカラスは向かって来た。

 類子を見捨てて逃げようと、アクセルをふかそうとしたが、目の前の横断歩道には大型犬が牙を剥いていた。

 散歩させていた飼主は、愛犬の異変に驚きながらも、必死でリードを引っ張っている。


「くそ!」

 ハンドルを切り、進路を探すが、牙を剥いていたのは一匹だけではなかった。近くで散歩していた犬たちが、飼主を引き吊りながら集結してバイクを囲んでいた。


「なんなんや!」

 昭信はバイクを捨てて走り出そうとしたが、足に激痛が走り、よろめいて膝をついた。

 見ると、そこには大きなドブネズミがいた。昭信の足首に噛みついている。どこから湧き出たのか、昭信の下半身はたちまち数匹のネズミに食らいつかれていた。


「ひえっ!」

 情けない悲鳴を上げながら振り払おうともがくが、数は増し、胸元から首元まで這い上がってくる。


 この異様な光景は類子と昭信だけに起きていた。

 他の通行人は、慄然と見ているだけで助けることも忘れていた。と言っても、近寄ることなど出来なかったが……。


 カラスにたかられている類子はグッタリして動かなくなった。

 ネズミに全身覆いつくされた昭信も、やがて動きが止まった。


 アスファルトには二人の身体から流れた鮮血が広がっていった。



   *   *   *



 悠輪寺ゆうりんじの境内。

 重賢じゅうけんは折り畳みチェアに座りながら、本堂周りのお堀で釣竿を手にしていた。


 釣り糸の先には、キュウリがぶら下がっている。

 お堀の中、水中には影が動いていた。空中に浮かぶきゅうりの周りをクルクル回っている。


「懲りずにやってるんだな?」

 後ろから突然かけられた声だったが、珠蓮じゅれんの気配を察していた重賢は、驚くことも振り向くこともなく、

「しーーっ」

 その時、水面をなにかがピチャッと跳ねた。

 重賢は慌てて竿を上げたが、一瞬遅く、水掻きがある緑色の手が飛び出し、素早くキュウリをもぎ取って水の中に引っ込んだ。


「本気で、そんなモノで釣れると思ってるのか?」

 珠蓮は呆れ顔。


「これはお愛想や、儂の気持ちを察して出て来てくれへんかなぁ思て」

「河童に通じるとは思えないけどな、それにお堀は銀杏の森に繋がってるんだろ、いつ出て来るかもわかんないのに」

 重賢は波紋だけが広がる水面を淋しそうに見つめた。


「どうやら、間に合わへんみたいや」

 深い溜息をついた。


「ところでお前さん、こんなとこでなにしてんにゃ? 森に入らへんのか? 勢揃いしてるみたいやで」

「だからだよ、人が多いところは苦手だって知ってるだろ」

「けど、紫凰しおがお待ちかねちゃうか? えらい気に入られてるやろ」


「言わないでくれ……」

 珠蓮はげっそりと肩を落とした。


   つづく


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