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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
番外編 鱗粉が煌めくとき
110/148

前編 俺は特別な人間なんだ

プロローグ


「今日な、公園でインコさんとお喋りしてんで、友達になってん」

 ベッドで横になっている7歳の女の子が母親に言った。

「白い羽の中に黒いハート模様があって、めちゃ可愛いいんやで」


「インコがいたん? 迷子かな」

ちゃうで、お散歩やて」

 野生のインコがこの辺りにいるはずないと知っている母親は、ペットが逃げ出したのだろう、きっと飼い主が言葉を教えていたんだろうと思いながら、我が子の頭を優しく撫でた。


琥珀こはくって名前やて、またお喋りしよなって約束してん」

「そうか、また会えるといいな」

 迷いインコは保護されただろうか? 飼い主の元に戻れればいいのだが、と母親は思った。


「さあ、もう寝よな、おやすみ」

「おやすみ」

 母親は電気を消して、子供部屋から出た。





 深夜、虫の知らせか、偶然か? 7歳の女の子が不穏な気配に気付いたわけではなかっただろうが、ベッドから起き出して、眠い目を擦りながら、まだ照明が点いているリビングに入っていった。


「ママぁ」

 そこには見知らぬ黒尽くめの男が包丁を振り下ろす姿があった。

 何度も何度も……。


 誰? なにをしているの?

 寝ぼけまなこの少女は、異常な光景を目の当たりにしても理解できず立ち尽くした。


 次の瞬間、

 包丁が少女に向けられた。


 突き出された刃は、小さな胸に深く刺さった。

 声をあげる間もなく、なにが起きたのかわからないまま、彼女は短い生涯を呆気なく閉じた。


 男が包丁を引き抜くと、少女はフローリングの床に崩れた。

 すでに倒れていた母親の体から流れ出た血液と、新たに流れた幼女の鮮血が混じり合う。

 男は母娘の遺体をビー玉のような目で見下ろした。その口元には薄ら笑いが浮かんでいる。


 男の肩越しには、父親らしき男が天井から首つり遺体となっていた。


 男は首つり遺体の手に包丁を握らせて指紋をつけた。

 次の瞬間。


「うっ!」

 男の首筋から血が噴き出した。

 油断していたのだろう、飛来した苦無くないが頸動脈を裂いていた。


 男は首元を押さえたが、大量に噴き出す血は止められない。

 男の体から力が抜け、そのまま倒れた。

 流れ出た血液は自分が殺した母娘のモノと混ざり合った。


 現れた別の黒装束の男が、息絶えた男を見下ろした。

「妻子を殺して自分は首吊り、一家心中を演出しようとしていたのか」

 低い声で囁くように言った。


 日本の警察をなめてるのか? それが通ると本気で思っていたのか? そんなこともわからない奴ではなかった、もはやまともな精神状態ではない……と後から来た男は眉間に深い皺を刻んだ。


 音もなく黒装束の男が数人現れ、無言のまま4人の遺体を袋に詰めた。

 そしてあっという間に運び去った。

 入れ替わりに現れた黒装束の男女が、血だまりを清掃しはじめた。迅速、丁寧に……。


 わずか数分でリビングに惨劇の痕跡はなくなった。

 最初に現れた男はそれを確認してから、照明を落とした。




   ――― ――― ――― ――― ―――




 今日も退屈な一日がはじまった。


 学校へ通う意味がわからない、だって俺、こと望月もちづき霧人きりとの将来はもう決まってるし、学校での勉強はなんの役にもたたない。

 なのに義務教育だから受けなければならないなんて。

 それに……。


「よお望月! 数学の宿題やってきたやろうな」

 席に着いた途端、持田がなれなれしく俺の肩に腕を回した。暑苦しいし気持ち悪いったらありゃしない。


 つづいて奴といつもつるんでる加山と田内が俺の鞄を勝手に開け、ノートを取り出した。

 なんでそんなことが平気でできるんだろう、育ちの悪さ丸出しだ。

 無能で低俗な奴らは、本当の姿を隠して大人しくしている俺にいつも絡んでくる。そして、教室内にいる他の奴らも、理不尽な目に遭っている俺を見て見ぬふり、なんの役にも立たないその他大勢のブタ野郎どもだ。


 あーあっ、苦痛極まりないこんな学校生活を、あと1年以上も続けなければならないかと思うと、気が変になりそうだ。

 でも、この試練も修行の一環、忍辱修行と思って耐えている。


 ウザい3人は、宿題をうつし終えると、俺のノートを無造作に机上へ放り投げ、さっさと自分の席に着いた。

 礼の一言も無しかよ、ま、いつものことだけど。

 教師だってわかっているはずだ、3人の回答はいつも俺と同じ、俺は成績優秀ではないから間違ってるところも同じなんだから。


 授業がはじまるまでもう絡まないでくれよ、と心の中でぼやいた。その時、俺は冷たい視線を感じて振り向いた。

 そこには窓際の席に座っている綾小路あやこうじ流風るかがいた。

 彼女は窓の外を見ていた。

 確かに視線を感じたんだけど、気のせいだったのか?


 彼女は先月転校してきた。

 少し癖のあるショートヘアー、キリッとした眉に二重の目が綺麗だが、感情が見えない貼り付けたような無表情、無口で近寄りがたいムードを醸し出している。一ヶ月経つのに、まだ友達もできないようで、いつも一人だったが、彼女自身それを良しとしているようだった。


 俺の視線に目ざとく気づいた持田が、

「なに見てんにゃ」

 いやらしい笑みを浮かべながら戻ってきた。


「そんなに気になるんか、転校生が」

「別に」

 と顔をそむけたが、それは嘘だった。確かに気になる。それは彼女が美少女だからではなく、なんか、独特の雰囲気を持っていると感じたからだ。そう……同じ臭いがする。けど……まさか。


「別に、って顔(ちゃ)うで、鼻の下伸び切ってるやん」

「どれどれ、鬱陶しい髪でよう見えへん」

顔にかかる鬱陶しい髪と黒縁メガネで本当はイケメンの顔を隠している今の俺は偽りの姿だから、冴えない男に見えるだろうけど、そうしているのには訳があるんだ。


 持田にならって田内と加山も絡んできた。鬱陶しいのはお前らのほうだろ!

「赤なってるやるやん」

 田内が無礼にも俺の前髪をかき上げる。

 触るなよ!


「無理無理、お前なんか相手にされるわけないやん」

「身度ほど知らずってのは、お前のことやな」

 小突かれるのはいつものこと、こいつら、こんなことしてなにが面白いんだろう、反応したら調子に乗ると思って無視してるのにお構いなし、ほんと面倒臭い奴らだ。


 こんな奴ら、俺が本気になったら瞬殺なんだけど、今は見逃してやろう、なにも知らないでイイ気になってろ。それに、気付いてないだろうけど、接近されるたびに当て身を食らわしている、経絡を突いてるから後から痛みがでるはずだ。


 今はこの程度で済ませてやってるけど、いつか、俺がもっと技を磨いて暗殺の技術を極めた時、誰にも気付かれることなく消し去ってやる、それまでは好きにさせとくさ。


 いつの間にか綾小路はクラス委員の日野ひの有里子ゆりこと話をしていた。しっかり者の日野がなかなかクラスに馴染めない転校生を気遣って話しかけているのだろう。

 綾小路は相変わらずの無表情で、日野の話にただ頷いていた。


 しかし、さっき感じたモノはなんだったのだろう。

「こいつ、まだ見てるで」

「懲りひん奴やなぁ」

 バカどもに絡まれながらも、気になってしょうがなかった。


 なんか嫌な予感。

 得体の知れない不安が鳥肌となって全身に広がった。



   *   *   *



 昼休み、俺はいつものように屋上に来ていた。

 ここは立入禁止で施錠してあるが、ピッキングなんて簡単、あとでまた施錠すればバレないし。

 他の生徒は来れない、一人になれる俺だけの場所だった。


 鬱陶しい奴らもいないし、昼休みくらいはのんびり過ごしたい。

 俺は無防備に大の字になって空を仰いだ。

 雲ひとつない晴天、耳元をくすぐる微風が心地いい。


 その時、俺の顔に影が落ちた。

 えっ?


 綾小路流風が俺を覗き込んでいた。


「えーっ!」

 驚いて上体を起こした俺を、綾小路は怪訝そうに見下ろした。


「なんで、どうやって入ったんや」

「ここなら一人になれると思ったんだけど、先客がいたのね」

 初めて聞く彼女の声は凛とした鈴のようだった。

 それにしても、こんなに接近されるまで気配を感じなかったなんて!

 俺は素早く飛び退いて、彼女から距離を取った。


「その構え、忍びか?」

 綾小路の言葉に俺は驚いた。

「な、なんでわかったんや」

「気配を消そうとしてたようだけど、周囲を警戒してピリピリしているのは隠せてないし、殺気もバレバレよ」


 気付かれたとは……俺もまだまだ未熟だ。

 やはり俺を見ていたのは彼女だったのか、俺の正体に気付くなんて、コイツもなかなかの曲者だ。

「お前も忍びなのか?」


 忍びの末裔。

 忍者と言っても戦国時代のような活躍の場はない。しかし現代も闇でうごめく間者スパイを必要とする者たちはいる。忍者の末裔は表に出せない汚れ仕事を請け負っているのだ。任務遂行のためには殺しもいとわない、闇の世界では必要とされる存在だった。


「あたしは違うわ、知り合いに忍者がいるから」

「知り合いって……」

「ここはあなたの場所みたいだから、他を探すわ」

 綾小路は俺の問いに答えず、立ち去ろうとした。


 その時、苦無くないが飛来した。


 二人同時に素早く散ってそれから逃れた。

 苦無はコンクリートの地面に弾かれた。


 なんなんだよ!

 なんで苦無なんか!


 なんて考えてる間もなく、矢継ぎ早に飛んでくる苦無は容赦ない。


 厳しい修行を積んではいるが、俺はまだ実戦に出たことなかった。それに今はなんの武器も携帯していない。命を狙う敵に対して、反撃するすべはないのだ。

 それにしても綾小路の動き、ただ者じゃないのは確かだ。


 命を狙われている?

 なぜ?

 ターゲットは俺か? それとも綾小路か?


 貯水タンクの陰に隠れた俺の横に、綾小路も来た。

「あたしじゃないわよ、忍びに恨まれる筋合いないもの」

「俺だって」

 否定したが、ハッと心当たりに気付いた。

「父さん……」

 三日前、任務に出たまま、まだ戻っていない。

「まさか」


 離散した忍者は、忍びの技を継承している家ごとに仕事を請け負っているので、望まぬ再会もあった。

 雇い主が敵同士なら、敵対することになり、任務を全うするために殺し合うことなる。そして勝った方は敗れた方の家族全員を迅速に始末しなければならない、仇討ちとか厄介事の芽を摘んでおくための掟だった。


 もし父親が同業者に殺されたのなら、家族は皆殺しの憂き目にあう運命だ。追手が来ると知られる前に不意を突いて素早く始末するのが常だ。

 でも信じられない。親父は優秀な忍びだ。今まで遂行できない任務などなかった。いつもちゃんと戻ってきてくれた。


「なにボーっとしてんのよ、逃げるか戦うかしなさいよ」

 この現状をどう打開すればいいかわから、固まっていた俺に、綾小路の言葉は冷たく突き刺さった。

 俺は恐怖に竦んでしまったんだ。

 情けない……。


 俺たちが未熟者だと見くびった男は、大胆にも接近戦を挑んだ。

 一人で二人を相手に出来ると思っているのか? いや、俺は役立たずだから綾小路一人か。

 彼女一人なら逃げられるはずだ、俺を助ける義理などないし。


 刃が太陽光に反射する。

 動けないでいる俺は、られる!


 次の瞬間。

 刃が弾かれた。


 短刀を落とした男は大きく一歩後退した。

 そして、男と俺の間に、綾小路が割って入っていた。

 彼女の背中は逞しく見えたが、手にはなにも持っていないようだ。どうやって、男の短刀を弾いたんだ?


 男は綾小路と対峙しながら、怯むことなく苦無を握った。

 が、綾小路が掌を向けると、男は身体ごと吹っ飛ばされた。

 カメハメハを出せるのか? そんなバカげた考えが浮かんだ。


 分が悪いと察したのだろう、次の瞬間、男の姿は消えていた。


 助かったのか……。でも!

 茶和さわさんが!


 自宅にいる茶和さんも狙われるかも知れない。先に行っていたらどうしよう。

 思うや否や、俺の体は動いていた。

 綾小路のことも午後からの授業も頭から消え去った。


 俺は家に向かった。



   *   *   *



 実の母は1年前、署名捺印した離婚届を置いて家を出た。それ以来、行方はわからない。

 茶和さんは、わずか1ヶ月後に父が連れてきた。


 目が合うとドキッとしてしまう美しい女性、艶っぽい唇に浮かぶ微笑は魔性に見えた。その時、両親の離婚はこの女のせいなのだと嫌悪感を覚えたが、彼女は料理上手で家庭的、とても優しい聖母のような人だった。


 中年オヤジには不釣合いの美女。半年後入籍したが、28歳の彼女を母と呼ぶのは照れくさくて名前で呼んでいるが、彼女は気にしていないようだ。母というよりお姉さんって感覚だから。


 俺は彼女の過去を知らないが、父さんの仕事も理解しているし、どうやら元忍びのようだった。抜け忍かも知れなかったが、望月の本家にはそれを隠して一般人ということにしている。


 彼女の実力がどの程度かわからないが、さっきみたいに不意を突かれて襲われたら……。


 俺は午後の授業をサボって、家に帰った。


 玄関の鍵がかかっていなかった。

 遅かったのか!

 すでに賊の侵入を許したのか!


「茶和さん!」

「お帰りなさい、早かったのね」

 いつもと変わらぬ笑顔で迎えてくれた彼女を見て、俺はホッと肩の力が抜けた。

「よかった、無事で」


 俺の言葉を聞いて、茶和さんは表情を険しくした。

「まさか、あたなたのところへも来たの?」

「も、って」

「ちょうどよかったわ、手伝ってくれない」

「なにを?」


 茶和さんの後に続いてリビングに入ると、そこには、

「これは!」

 男が倒れていた。

 黒装束の忍び、やはりこっちにも来ていたのか。屋上で俺を襲った奴と同じかはわからないが、

「これ、どうしようかしら」

 茶和さんは困り顔で男の遺体を見下ろした。


「茶和さんがったんか?」

「他に誰が?」

 人を殺したとは思えない屈託ない笑顔、髪ひとつ乱れていないし、室内も争った形跡は見受けられない。瞬殺だったのか?


 俺はすでに息絶えている男の顔を見て驚いた。

「この人は!」

「わたしも頭巾を取ってみて驚いたわ」


 その顔には見覚えがあった。本家で見かけたことがある、望月一族の忍び、知之だった。仲間のはずなのに、なぜ?


「この人、本気でわたしを殺そうとしたのよ」

「どういうことなんや! 俺はてっきり父さんが任務に失敗して、他の一族に殺されたとばかり」

「信じたくはないけど、他じゃなくて望月なんだわ」

「アホな! 同族でバッティングするような仕事を受けるはずない、仲間内で殺し合う羽目になるなんて!」


「大人の世界は複雑なのよ」

「そんなこと、おかしらが許すわけないで」

「今、あれこれ考えても答えは出ないでしょ、なにが起きているか探りを入れる必要があるわね、霧矢きりやさんの安否も確かめなきゃならないし」


 父さんはもう……。

 生きていたら家族に刺客が差し向けられるのを許すはずない、と俺は思った。さっと茶和さんもわかっているはずだが、おくびにも出さない気丈さに面食らった。


「探りを入れるって、どうやって?」

「わたしは一般人と思われているし、あす、本家へ行ってお頭に会ってみる、霧矢さんが戻らないって」

「大丈夫かな」

「わたしのことは心配しないで、あなたは思っているより腕はいいのよ、それより、この死体をなんとかしなきゃ」


「地下室に掃除道具があるはずや」

 死体を跡形もなく消してしまう薬品があるはずだ。

「とにかく地下室に運ぶよ」


 遺体には一見、傷ひとつないように見えた。

 どうやって殺したんだろう?


   つづく


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