その9
「なんですって?」
流風は愕然とした。那由他さえ知らないと言っていた邪悪なモノの正体がこんなところで明らかになるなんて……。
邪悪なモノが、元は人間だったなんて……。
「可哀そうな少女だったんだよ」
紫凰は淋しそうに目を伏せた。
「そのことを、戦った僧侶たちは知ってたの? あたしの前世の人とか」
「知らなかったと思うよ、誰にも言ってないもん」
「なぜ?」
「自分たちが退治しようとしてる相手が、裳着の儀も済んでいない少女のなれの果てだと知って、平常心で戦えると思う? 完全に滅する気で臨まなければ勝負にならないんだよ」
「黎子が退治されても良かったの? 友達だったんじゃないの?」
「さっきの環花と同じなんだよ、黎子に戻る肉体はないしね、せめて魂だけでも高僧に浄霊された方がイイと思ったんだよ。……結局、それさえ敵わなかったんだけどね、五人も命を落とした上、封印するのがやっとだったんだしね」
「霞も知らなかったの?」
「そうだよ」
紫凰は文献を流風に返した。
「摩百合のあの様子、奴も禁術で操られてるようだよ、誰だか知らないけど、朧蜂の卵を使って黎子の封印を解こうとしてる黒幕がいるんだよ」
「そんな! 邪悪なモノが封印を破ったら大変なことになるって、那由他は言ってたけど」
「そうだよ、都は瘴気で満たされ災いが広がるね」
「なぜ、そんなことをするのよ」
「そんなの知らないよ、……あの環花って子と同じじゃないかな、勘違いしてるんだよ。環花は、自分は黎子の生まれ変わりだって言ってたけど、黎子の魂は封印されているだけで死んではいない、転生するはずないんだよ。騙されたんだろうね」
環花は慎重で疑り深い奴だった、頭も悪くない、なのになぜ簡単に騙されたんだろう、なぜそうまでして霊力を手に入れたかったのか、流風にはわからなかった。
「持てる者には、持たない者の気持ちはわからないんだよ」
持たない者ですって? 環花は流風が持っていないモノ、欲しいモノを幾つも持っていたし、羨ましがるのはコチラの方だと流風は心の中でぼやいた。
「持ってるモノの価値には気付かないもんだよ」
それにしても、心を読まれて返されるのはどうも不愉快だ、と流風は紫凰を横目で睨んだ。
「まだ自分の力を使いこなせないんだね、読まれたくなければブロックすればいいだけなのに」
「どうやってよ」
紫凰はその質問には答えず、
「その黒幕は自分の力を過大評価してるんだよ、禁術で黎子を操れると思ってるんじゃない?」
「無視かい」
「ま、そいつの魂胆は解らないけど、そうなる前に卵を取り戻さなきゃね」
「食べる為でしょ」
「それもある」
「その前に、この巣を安全な場所に移さなきゃ」
「お話は終わりましたか?」
紫凰と話し込んでいた流風は、朧蜂達がずっと待っていることに気付かなかった。痺れを切らした武装兵たちは槍を翳したまま睨んでいた。
「ああ、待たせちゃったね」
紫凰は少しバツ悪そうに、朧の瞳を覗いた。
「でも、あたしは摩百合を追わなきゃならないから」
「はい、お話は聞いておりましたからね、あとはわたしたちでなんとかしますわ」
残念そうに肩を落とす朧に紫凰は、
「貴船へ行くとイイよ、あそこの龍神には貸しがあるから、あたしの頼みだって言えば孵化するまで面倒見てくれるからね」
「それはありがたい、龍神様なら心強いですわ」
「じゃ、あたしたちは行こうか」
「どこへ?」
「とりあえず、那由他に会って状況を確認するんだよ」
* * *
「貴様ぁ、わたしになにをした!」
摩百合は怒りに震えながらも、奪った朧蜂の卵を差し出した。
自分の意に反して朧蜂の巣を後にした摩百合は、人間の姿に変化して、ホテルの一室にやってきた。
「お前はもう俺に逆らえない」
そこで待っていた周平は不敵な笑みを浮かべながら卵を受け取った。
「だから! なにをしたと聞いているのだ!」
「綾小路家には禁術が二つある、一つは妖怪を体内に取り込む術、それを教えて環花はお前を取り込んだ、自分の力になると信じてな。しかし、お前の力が勝って術は破られた、予定より早く出てきてしまったのは誤算だった。そしてもう一つは、妖怪を意のままに操る術だ」
「くそっ!」
美しい顔に似合わぬ牙を剥いて、周平に襲いかかろうとする摩百合。
しかし、周平が手のひらを向けると、体が硬直した。
「これは破れないようだな」
「いつの間にそんな術をかけたんだ!」
「綾小路家の黒歴史……、それは単なる噂に過ぎなかったが、小耳にはさんだ俺は気になって調査した。そして、書庫に忍び込んで文献を発見したんだ。写メしたそれを読み解いた時は驚いたぜ、噂は真実だった、そしてそこに二つの禁術も記されてたんだ」
周平はベッドに寝転がりながら、朧蜂の卵を掲げてマジマジと見た。
「朧蜂の卵を使って、なにをするつもりなんだ」
「邪悪なモノを復活させる」
「馬鹿な! あんな化け物を復活させてどうする」
「ほう、知っているのか?」
「まさか、術で操れるとでも思っているのか?」
「こう見えても強い霊力を持っているんだぜ」
「自惚れるのもたいがいにしろ、強い霊力を持つ坊主が六人がかりでやっと封印した化け物だぞ、お前如きに操れるはずない!」
「そうなのか? そんなに凄いのか」
周平は笑いながら体を起こした。
「そんな奴が暴れ出したら、綾小路家は終わりだな」
「いやいや、綾小路家どうこうではなく、この国が終わるぞ」
第10章 朧 おしまい
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