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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
第10章 朧

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その8

 寝殿造りの大きな公家屋敷の中庭。

 池を泳ぐ鯉を見ている少女がいた。うちぎ姿でまだ結い上げていない垂れ髪が肩にかかる、あどけない顔の11、2歳、だが美しい少女だった。


 子供らしくない憂いに満ちた表情で水面を見ていたが、草むらで音がしたのに気付き、ハッと目を向けた。

 艶やかに黒光りした毛並みの猫がそこにいた。


 少女は淋しそうに黒猫を見つめ、

(お前も黎子くろこを食べにきたの?)

 黒猫は赤紫の瞳で黎子を見上げた。

われが物の怪とわかるのか?)

 黎子は静かに目を伏せた。


(みな黎子の霊力を欲して寄ってくる、でも、逆に取り込まれてしまうのよ)

(取り込まれる? そなたの意志ではないのか?)

(違う、勝手に吸収されてしまうのよ、そんな体質なの、だから近づかない方がいいわ)

(心配するな、我ほどの大妖怪は、そう簡単に取り込まれない、だが……)


 体質なんてありえない、誰かがこの娘に術を施したに違いない。この屋敷は陰陽師の一族だから、誰かが娘の強い霊力を利用しているのだろうと紫凰しおは思った。だとしたら、憐れな娘だ……と。


(ねえ、黎子の傍にいても平気なら、友達になってくれない?)

(はあ?)

(妹の明子あきこは他の屋敷へも連れて行ってもらえるし友達もいるのに、黎子はいつも独りぼっち、屋敷から出るのはいつも夜、悪い妖怪を退治しに行く時だけなの)

 黎子は悲しそうに首をうなだれた。

 まだ年端もいかない小娘の体に妖怪の力を取り込んだのは、妖怪退治に役立てる為か、酷いことをさせるものだと紫凰は同情した。


(これでいいか?)

 紫凰の声に顔を上げると、そこには黎子と同い年くらいの可愛い少女が立っていた。

(友達なら普通の人間に見える方が良いだろ?)

 黎子は満面の笑みを紫凰に向けた。



   *   *   *



「綾小路家は元々陰陽師の家系だったんだよ、今はその名残もないけどね」

 紫凰は流風に語り始めた。


「黎子は生まれながらとても強い霊力を持っていたんだよ。それに気付いた大人たちは、妖怪を体内に取り込む術を施し、その力で妖怪と戦わせたんだよ。朝廷に綾小路家の力を示す為に利用した、権力や名声を手に入れる道具にしたんだよ」


「でも、多くの妖怪を取り込み過ぎた黎子の精神は崩壊し、物の怪と化して暴走をはじめたんだよ」


「見てたように言うのね」

「見てたんだよ、1200年くらい前」

 紫凰は手にした古い文献に視線を落とした。


「物の怪と化した黎子の瘴気しょうきは都に数多あまたわざわいいをもたらした。それを生み出したのが、綾小路家だと知れれば大変なことになる、だから口を閉ざして知らん顔を決め込んで、僧侶たちに退治を押し付けたんだよ」

 紫凰は悲しそうに目を伏せた。


「許せなかったよ、綾小路家なんか潰してしまおうと思ったよ、けどね、黎子は妹の明子を大切に思っていたし、彼女の為に思い止まったんだよ。ただ、黎子をあんな風にした張本人たちは許さなかったけどね」

 許さなかったって……殺したんだな、と流風は思った。


「明子もまた姉に劣らず強い霊力の持ち主だった、大人たちは性懲りもなく次に明子を利用しようとしたんだよ、その前にあたしが加担した者たちを始末したから明子は助かったけど、既に妖怪を取り込む術、操る術を施されていたんだ。それで、黎子になにが起きたか全部わかってしまったんだよ、だから明子はここに書き残したんだよ」

 紫凰は文献の表紙に手を当てた。


「妖怪を取り込む術、操る術、って言うのが禁術なのね、でも、なんでそんな危険なことを書き残したのかしら」

「黎子の魂は封じられてるだけで死んでないんだよ。いつか封印が破られた時、人の力だけでは対抗できないと思ったからだろうね」


「あれから1200以上の時が流れている、いくら霊力の強い坊主が封印してると言っても、確実に弱まってるんだよ、破られる時が近づいているのかもね、雫がお前に渡したってことは、鏡が予見したのかもだよ」


 封印とか、1200年前とか、那由他の話によく似てるけど……。

「似てるもなにも、その話をしてるんだよ」

 紫凰はまた流風の心を読んで言った。

「どういう意味?」


「あなたたちが言ってる、邪悪なモノって、黎子のことだよ」


   つづく


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