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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
第10章 朧

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その6

「どうやってここへ?」

 普通の人間が簡単に入れる場所じゃないと紫凰は言っていた。環花に強い霊力はない、どうやって来たのだ? 流風は言い知れぬ嫌な予感にさいなまれた。


 流風の声に環花の方も気付き、眉間に皺を寄せながらこちらを見た。

「あなたこそ、あたしの邪魔しないでって、忠告しましたのに」

「大百足を追ってたんじゃないの? ここにはいないわよ」

「あれは嘘ですわ、本当の目的はこの巣、朧蜂の卵ですの」

 妖力を増強させる卵、でも人間には必要ないはずなのに、なぜ?

「もう人間じゃないからだよ」

 また、流風の心の声に紫凰が答えた。


「どう言う意味?」

「誰に教わったのか知らないけど、禁術を使ったんだね」

「禁術?」

「体内に妖怪を取り込んで自分の力とする術だよ」


「よく知ってるんですのね」

 環花は好戦的な目を紫凰に向けた。

「そうとうな大物を取り込んだようだね」

「まさか、大百足を……」


 妖怪を自分の体に取り込むなんて、そんなことが出来るのか? いや、聞いたことがある話だ。羅刹姫らせつひめは元々人間だったが強い怨念で妖怪を取り込み、自らも妖怪になったらしいし……、環花も同じなのか? さっき会った時に感じた違和感はこう言うことだったのか、と流風は愕然とした。


「そうよ、で、あなたはどうやってここへ? あなたも妖怪を取り込んだのかしら?」

 戸惑う流風の代わりに紫凰がなぜか自慢げに答えた。

「流風は特別なんだよ、強い霊力を持ってるからね」

「流風が優秀なのは認めますわ、でも、あたしとは格が違いますの」

 環花はツンと顎を上げて偉そうなポーズを取った。

「あたしは流風と違って綾小路家の正当な血統ですのよ、そして、綾小路家の長い歴史の中でも最強の霊力を持っていた黎子くろこ様の生まれ変わりなのですよ」


「黎子?」

 紫凰の表情がたちまち険しくなった。

「ご存知のようね? 若い姿でもさすが妖怪、ずいぶんなお年なのね」

「黎子と同じことをしたんだね、それがどれほど危険かも知らずに」

「危険? そうですね、あなたたち妖怪にとってはね」

 言うや否や、右手の掌を紫凰に向けて突き出した。


 妖気の塊が圧縮されて飛び出した。

 体の前で両手をクロスさせてブロックする紫凰、妖気の塊は弾け飛んだが、パワーに押されて一歩退いた。


「本当はこの程度の力じゃありませんのよ、封印されている黎子様の魂が解放されれば、生まれ変わりのわたしのモノとなる、最強の霊力を手に入れることができるのですよ、あなたになんかには及ばない霊力をね」

 環花は愕然としている流風に刺すような視線を向けた。

「封印を解くために、朧蜂の卵を頂きますわ!」


「させるか!」

 武装兵たちは一斉に槍先を環花に向けて取り囲み、威嚇したが、紫凰が割って入ってそれを制した。

「下がって! あなたたちが敵う相手じゃないよ」

「こんな小娘一人くらい!」

「化けるよ、もう始まってるんだから」


「なにを言ってるんですの?」

 環花は再び右手を出したが、紫凰は憐れみに満ちた目でそれを見た。

「気付いてないんだね、自分の体がどうなってるのか」

「え……?」

 環花の体が突然フリーズした。

「う……」


 環花は白目をむき、頬がヒクヒクと痙攣した。

 流風の目の前で、環花は顔面からうつ伏せにバタンと倒れた。

「環花!」

「離れて!」

 紫凰は流風の腕を取って引き離した。


 環花の体からどす黒い瘴気が湧き出し、たちまち包み込まれた。



   *   *   *



 瑞羽の最悪な運転から逃れた周平は、ホッとしながら車を走らせていた。

「どこ行くんや」

 交差点を左折したところで助手席の瑞羽が身を乗り出した。何度も京都に来ている周平なので、安心して任せていたのだが、

「道、ちゃうで」


 周平は慌てることなく、

「中央図書館はこっちだろ」

「なんでぇ、いったん本家へってうたやろ」

「さっき流風が環花に会ったって言うから、まだ近くにいると思うんだ、本家の挨拶はそれからでもいいじゃん」

「ほんまに来るんか?」

 瑞羽は疑いの目を向けた。


「以前は関西方面に来た時は必ず寄ってくれたけど、ここ二年くらいはまったく顔見せへんやん」

「そうだったかな」

「雫おばあちゃんも気にしてるんやで、そやし、今回は連れて来いってあたしを寄こしたんやで」

「雫様が?」

 鏡がなにかを告げたのか? 雫はなにか感づいているのか? と周平は訝った。


「ほんと忙しいんだよ、やっと一人前のハンターと認められたようで仕事が増えたし、その上、環花のお守役なんかも押し付けられるし、大変なんだよ」

「信用されるのも考えもんやな」

 いいや、便利屋だよ、と周平は心の中でぼやいた。


 瑞羽は変わらない、子供の頃のまま、素直で屈託ない笑顔を向けてくれる。きっと流風にも同じように接しているのだろう。だから変われたのかも知れない。

 自分も本家に所属していれば違っていただろうか? そんなことを今更考えても仕方ないと周平は解っていた。

 もう、決めたのだから……。


「どうしたん?」

 黙りこくった周平の顔を、瑞羽は不思議そうに覗き込んだ。

「疲れが溜まってるみたいやな、顔、怖いで」

「あ、ゴメン」

「たまにはまとまった休み取ったら?」

「そうだな、この仕事が終わったら」


「ほんま、環花も困った奴やなぁ、学校サボってまで追って来るやて……、大百足って無茶やわ、環花の実力じゃ」

「流風と張り合ってるからだろ」

「いくら張り合ってもなぁ」

 瑞羽は大きな溜息をついた。


「流風は別格やで、いくら努力しても埋められへん差はあるもんや、それはどんな世界でも同じこと、素質、才能がなかったら、どんだけ努力しても実るとは限らへん」

「確かに、そうだな」


「環花もそろそろ気ぃ付かなあかんな、自分の実力を、でないと命落とすで」

「勝手な行動取らなきゃ、環花が危険な目に遭うことなんてないけどな」

「えっ?」

「だって、分家の当主の孫なんだぜ、死なせる訳にいかないから、危険な任務には就かせないし」

「それはないやろ、そんな依怙贔屓えこひいきしたら、示しがつかへんやん」

 瑞羽は笑い飛ばした。

「あたしも本家の当主の孫やけど、けっこう無茶やらされてるで、今までよう死なへんかったなぁって思うくらい」


 能天気な瑞羽は知らないのだろう、気付きもしないのだろう、自分がどれだけ守られているのか。死ななかったのは影のフォローがあってこそなのだ。その役目を課せられてきた周平には想像できた。


 そんなことより、どうやってこの場から逃げ出そうか? と早く単独行動したい周平は内心イラついていた。呑気に話をしている場合ではない、早く行かなければならないところがある。

 瑞羽の車に乗ったことがそもそもの間違いだった。瑞羽が迎えに来たのは予定外、しかし、先に見つけられてしまったので、とっさに断り切れなかった。


 周平は突然、路肩に車を停車した。

「どうしたん?」

 瑞羽は、顔を歪めながらお腹を押さえる周平に驚きの目を向けた。

「き、急にギュルッと」

 周平はシートベルトを外して、ドアを開けた。

「トイレ!」

 と、外へ飛び出した。


「ちょっとぉ、こんなところにトイレなんか!」

 叫ぶ瑞羽に振り向きもせず、周平は駆け去った。


   つづく


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