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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
第10章 朧

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その1

 その少女は横断歩道の真ん中に立っていた。


 渡ろうともせず、ただ突っ立っている。

 なにをしているのだろう? と歩道から見ていた綾小路あやこうじ流風るかは違和感を覚えた。


 青信号が点滅し始めた。

 早く渡らなきゃ! と思っている間に赤に変わった。

 信号待ちしていた車が動き出す。

 そしてクラクションを鳴らすこともなく横断歩道に侵入していく。真ん中につっ立ている少女などいないかのように……。


 車が何事もなく通過したのを見て、流風はやっと気付いた。

 そうか……、あれは、この世のモノではないんだ……と。


 歩道の電柱下には花が供えられていた。お供物の多さから最近の事故だとうかがえた。だからあんなにハッキリ形を保っていたのだろうか? 自分が死んだことにまだ気付いていないのか? それともこの世に強い未練があるのだろうか?


 いずれにせよ、このまま地縛霊としてとどまっていたら悪霊になってしまう。早く成仏させてあげなければいけないと流風は思ったが、こんな真っ昼間で人目が多い場所での浄霊じょうれいは無理だ、夜になったら出直して……、と思っていたら、


 キキキィィ!!

 一台の車がかけた急ブレーキで追突事故が勃発した。

 玉突き衝突になり、交差点は大混乱に陥った。最初に急ブレーキをかけたドライバーは霊感が強く少女の幽霊が見えたようだ。


 幽霊少女の目には自分が起こした交通事故など映っていない。虚ろな表情で混乱の渦中にただ突っ立っていた。


 早く処理した方がいいと判断した流風はカバンから定期入れを出した。

 定期入れはカムフラージュ、中には重賢じゅうけん和尚から貰った護符が入っている。虹色の組紐ストラップも魔除け、そして先に付いている小さな二つの鈴は特別な音を奏でる。

 流風は念を込めながら鈴を振った。


 チリン♪

 横断歩道の幽霊は肩をビクッとさせた。


 鈴の音に誘われて来る少女を、ビルの陰になっていて人気のない駐輪場に連れ込んだ。

 流風はポケットから、師匠である浩平の形見の独鈷どっこを出し、心の中で囁いた。

(あなたはもう死んだのよ)


(えっ?)

 意外にも幽霊は流風の心の声に反応した。

(どう言うこと? あたしはついさっきまで図書館にいて、本を借りて……)

 と、自分の手を見たが、なにも持っていないことに気付き、

(本は? カバンは……?)

 少女の目が宙を彷徨った。

(そうか……、あたし急に眩暈がして……)

 固く目を閉じた。


(車にはねられたんやな……)

 強い未練でこの世に残っていたのではなかった、あまりに突然だったので、死んだことに気付いていなかったのだ。

 それなら難しくはない。

 流風は無言で、真鍮の独鈷を少女の額に当てた。

 すると少女の体は実体がぼやけて、光の塊となった。

 そして昇天して行った。


 流風は見上げながら手を合わせた。


 綾小路家は平安時代から続く旧家で、表向きは実業家だが、裏では今もなお妖怪退治を請け負っている。

 流風が綾小路家の門前に捨てられていたのは偶然だっただろう。しかし彼女は不幸にも十分すぎる素質があった。物心ついた頃には妖怪、幽霊の類がハッキリ見える強い霊感を持っていた。

 故にとても期待され、厳しい修行を課せられた。その期待に応えるべく、妖怪退治はもちろん、悪霊の浄霊もこなしてきたのだ。


 無事に浄霊が終わってホッと息をついた流風だったが、それも束の間、背筋に悪寒が走った。

「なに?」

 殺気を含んだ気配に身構えながら振り向くと、そこには環花わかが立っていた。


「こんなところで浄霊とは、相変わらず無茶をなさるのね」

 綾小路環花は東京にある分家の当主、真佐まさの孫にあたる。一年前までは同じ屋敷で生活していた。同い年で同じ中学に通っていたが、流風は彼女が苦手だった。

 流風をライバル視している環花は、なにかと張り合ってくる面倒臭い奴だった。できるなら関わり合いたくないので、京都の本家に呼ばれて離れられたのでホッとしていたのだが、こんな所で再会するとは……。


「いつ京都へ? って、学校は?」

「学校なんか行ってる場合じゃございせんわ、大物を追っているのですから」

「大物?」

大百足おおむかでが出ましたの、追い詰めたんですけど、あと一歩ってところで取り逃がして、そいつが京都へ来てますのよ」

 慇懃な話し言葉に、自慢げにツンと顎を上げながら話す環花のしぐさはとても感じ悪い。誰か注意してあげればいいのにと流風はいつも思っていた。


「あれだけの妖気を放つ大百足が来ているのにお気付きにならないなんて、あなたの勘も鈍ったようですわね、噂によれば、ずいぶんお気楽な生活をされているとか」

 確かにこちらに来てから、甘やかされていると言う自覚は流風にもあったが、コイツに言われたくはない。


「京都って本当に呪われた都ですわね、小妖怪や幽霊がうようよいるんですもの、目障りですわ、わたしくらい霊力が強いと余計なモノが見えてしまうから鬱陶うっとおしくって」

 本当に霊力が強い者は自分でコントロールが出来る。見る必要がない、聞く必要がないモノはシャットアウト出来るのよ! と流風は心の中で反論したが、面倒なので口には出さなかった。


「わたしは大百足を探しますけど、邪魔はしないでくださいね」

 そんなに急いでいるなら、声など掛けずに通り過ぎればいいのに、と流風は心の中で突っ込んだ。

「では、わたしは急ぎますので」


 一方的にしゃべった環花はわざとらしいターンをして、去って行った。


 交差点にはパトカーや救急車が来ており、さらに混乱していた。


   つづく


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