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番外編 た ハロウィン騒動 2

 スズランは、籠を抱えて城内を探検中だった。

 あちこちで「姫様、とりっくおあとりーと」と呪文を投げかけられる。

 お菓子を差し出す少女はとても楽しそうだ。

 お返しにスズランも「トリック・オア・トリート」と呪文を述べる。その言葉に城内の誰もがにこやかに微笑んで、お菓子を差し出してくれた。

 籠の中には、お菓子が沢山だ。

 白雪姫なスズランはほくほくしながら歩く。

 ・・・その少女の後ろを守るのは、木の守護精霊。ふさふさの尻尾を振りながら悠然と歩く姿は壮観だ。


 「みどりちゃん、もうそろそろお部屋に帰ろうか」

 

 父さまとにいさまとの約束の時間が近かった。

 そう呟いた少女を背中に乗せると、みどりちゃんは走り出した。

 城内を駆ける狼の背に、黒髪の少女。

 それを見る、いくつもの目線。


 (あれが、そうか)

 (あれが、土の国が隠していた、姫)


 声は不穏な色を含む。


 (どうすれば、あの娘、手に入る?)

 (足を折るか? 目を潰すか? 声を潰しておかねば、助けを呼ばれてしまうな)

 (土の国は大きくなりすぎた)

 (先の巫女姫の存在がいかに国に影響したか判る物)

 (見よ、あの精霊の懐き具合)

 (見よ)

 (見よ)

 (・・・この栄華を、わが国にも!)


 声は、たくらむ事を諦めない。


 *************


 警備についているのは騎士団だ。

 巫女姫の騎士を自負する彼らは二手に別れそれぞれの姫を守っていた。

 「スズラン様、ルートナイン通ります」

 騎士の一人が声を上げた。先回りして安全を確保しているのだ。

 ・・・ちなみに出会う人はすべて厳選された、仕込、所謂さくらだったりする。

 可愛い白雪姫に出会えるこの企画、人間を厳選するのには骨が折れた。

 そりゃあ、誰だって可愛い姫様にお菓子を上げて、微笑んでもらいたいだろう?

 もちろん、男は却下だったが(オウラン厳命)。

 「・・・総員、所定の位置につけ」

 ・・・不審な者がいるぞ。心せよ。

 「守護殿」

 地の底から響く声に、騎士たちは顔色一つ変えない。彼らがスズランを守るのに手を貸してくれていると知っているのだ。

 ・・・そこにいる。足を折ると・・・喉を潰して声を封じる、と。言っている・・・。

 黒蛇が身をうねらせ、苦々しく囁いた。

 「・・・良い度胸だ。命はいらないらしい」

 騎士たちの瞳が物騒に輝きだす。

 土の国の巫女姫を、全騎士の憧れの姫君を、不具にしてまで連れ去る気か。

 土の国の精鋭を、甘く見ている奴らには、それ相応の報いを与えねば。

 土の国の騎士たちが色めきたった。

 ・・・ではその通りにしてやろう、なあ、土の。

 風が巻き起こる。

 ・・・チヒロの様子は?

 と、竜巻に苦い声を上げたのは黒蛇。

 ・・・リンをえさに、チヒロを誘い込むと言ってるぞ、あっちはどうだ。

 黒蛇が苛立ち混じりに噛み付いた。

 ・・・確かに。チヒロの心情を逆手に取るなど。・・・チヒロは・・・ああ、貴様の眷属が側にいるようだ・・・。

 ・・・では、こちらに集中しても大丈夫だな。われの眷属は、強い。

 黒蛇がにたり、と微笑み身を捩じらせた。途端に質量が増し、巨大な大蛇の姿に変わる。


 『土の国の秘宝は守り抜く』


 静かにそう告げた黒大蛇は、鎌首を振り上げた。


 *************


 遠くで悲鳴が聞こえた。

 その響きにスズランは顔を上げて、小首をかしげた。

 「みどりちゃん、何か聞こえませんか?」

 ・・・なにも。

 みどりちゃん、知らんふり。

 たとえその耳が物音の一つ一つを拾っていても。

 土の奴の気が格段に膨れ上がっていても、風の奴が楽しそうにゴロツキどもを切り刻んでいても。

 それは彼にとっては、取るに足りない事柄だ。

 彼の使命。それは。

 リンをチヒロの元に無事、送り届ける事!

 そうすれば、いい匂いのする可愛いチヒロが、柔らかいその身を押し当てて、撫でてくれるからな! そうして撫でてくれてると、リンも混ざって撫でてくれるのだからな!

 その後、一緒にお昼寝できたら・・・幸せなのかもしれない。

 「みどりちゃん、どうしたの?やっぱり、なにかあったの?」

 ・・・なんでもない。

 問題は、いつも良い所で邪魔をする、チヒロの男だ。


 オウランの背に怖気が走った!


 「オウラン?どしたの? 顔が真っ白だよ。え、ええと・・・手を離してくれたら嬉しいなー、なんて・・・」

 姑息に逃げを図る王妃を、じろりと見つめると、チヒロの胸にうずめていた顔を上げた。

 ため息をつく。

 「・・・リンが心配だ。守護殿達が、騒いでいるようだ」

 「え、あ・・・」

 「続きは今夜だ。・・・覚悟しておけ」

 ぱさり、とマントを羽織るとオウランが寝室を出て行く。その背中に、チヒロは叫んだ。

 「ちょ・・・、オウランッ! これ、外して!」

 ガチャガチャと派手に音を鳴らして抗議するも、オウランに振り向きざまに微笑まれて絶句した。

 「似合うぞ。オキサキサマ。・・・たしか、『逮捕しちゃうぞ』、だったか? 戻るまでここで大人しく反省していろ」

 そんな格好で、城内を駆け回った、・・・罰だ。

 

 チヒロは今年の決め台詞を呪った。そして。

  

 「せっかく、小道具まで凝ったのにいいいっっ!!!」


 いや、凝るところ、間違ってるから!

 その小道具が一瞬にして愛の小道具になってるあたり、どうしようもないチヒロだった。


 寝室に通じるドアを幾重にも厳重に締めて行く。

 最後の扉を閉めるとオウランは、護衛騎士に対して厳命した。


 「不届き者が侵入したらしい。厳正に対処せよ。所属所管を述べぬ者は賊と思え。抜刀を許す、王妃を・・・巫女姫を、守れ」

 「御意!」

 

 土の国の騎士たちが、城内に散っていった。

 それを見て、オウランは目線を細めると、精霊の気配を手繰る。

 土の精霊である大蛇が暴れていた。

 「・・・あっち、か」

 リンを急いで保護しなければ、安心するのはそれからだ。

 「守護殿。チヒロを任せてもよろしいか?」

 ・・・いいだろう。

 空間を震わせて、水面に広がるような声が聞こえた。

 ゆらりと透明な竜が現れる。

 ・・・この一体を、我の支配下に置いた。何人たりども逃れられんぞ。

 「それは、願ったり」

 オウランは目を細めて笑うと、踵を返した。

 何人たりとも、逃がしはしない。

 企んだ奴らすべて、あぶりだして息の根を止める。



 ************



 回廊の一角。

 リンが通りかかるのを待っている者たちがいた。

 

 目的の娘は、ここを必ず通るはずなのだ。

 城住まいの侍従から聞き出したのだから。

 ・・・姫様に魔法の呪文を告げる役目なんて望んでいない、ただ、かわいらしい姫様の、かわいらしいお姿を、一目だけでも見たいのだ、と必死に告げたのだ。

 ルートを侍従が知っていたのも不幸が重なる。

 だが男にとっては最良だった。その幸運を思えば頬が緩む。

 娘が通ったら言葉巧みに引き寄せて、口を抑えて足を折れば良い。

 じゅうたんにぐるぐるに巻き込んで、肩に担ぎ上げれば、誰も娘を担いでいるなど気付くまい。

 そのまま城外に出て、国まで馬車を飛ばせば!

 ・・・王の報酬は思いのままだ。


 娘の足音にしては重い音が、回廊の向こうから聞こえる。


 男たちは、廊下をそっと伺った。


 ざっと顔の真ん前に出されたものは、鈍く輝く剣の群れ。

 右から、左から現れたそれに首をすくめ、けれど目を閉じるのさえ怖いと、凝視し続けた。

 剣の群れを縫って、前に出た者は。


 茶色の髪、茶色の瞳の・・・土の国の国王。


 「・・・ひ・・・」


 物騒に笑う茶色の瞳を見ながら、男は終わりを悟った。


 「殺すなよ。あちらの国に対する切り札になる。しかも無能な事この上ないな。こんな機密文書、燃やさずに取っておくなど・・・」

 オウランは機密事項の載った紙をめくった。

 それにログワとコウラン、スイランが頷いて、こういった。

 「・・・きっと、謀がうまくいった時のための切り札として持っていたのでしょう」

 「王に示せばこれ以上ない脅しになりますからね。他国の姫を拉致して、監禁しようとしたこれ以上ない証拠だ。・・・まあ、失敗したときの言い逃れのためでもあるかもしれませんが・・・」

 「自分は悪くない。なぜなら王にこれこの通り、強要されたからだ!か。・・・コソクダナー」

 「なんにしても、良うございました。王妃陛下も皇女殿下もご無事で何より」

 ログワが目を細めて笑った。

 「おお、ほら、噂をすれば何とやらですぞ!」

 ログワの指し示す先に、みどりちゃんに乗ったリンと、彼女の傍らで周囲に目を凝らすシェラの姿があった。

 「神殿騎士に選出されたとは、聞いていたが・・・ナンデイッショニイル」

 俺は、この日この時を男子禁制と厳命しておいたぞ。オウランが半眼になって恨み深く呟いた。

 「賊が出たと聞いて姫を警護に走らぬ騎士はこの土の国に必要ありませんよ、父上」

 それもそうだな。とオウランは考え直す。

 「・・・それに、姫を守ろうともしない者に大事なリンを任せるつもりもありません」

 コウランが胡乱な眼差しを父王に送った。

 「まあ、今回は合格か?」

 そう言って笑うのはスイラン。


 恨むなら、今日この日に、刺客を送った馬鹿な王を恨むしか、方法はないですねー。


 いっそ潰しちゃおうか?


 そんな物騒な事を呟く息子二人を横に、リンと連れ立って歩く赤い髪の少年を見ていた。

 そんな彼らの元に、また一人、剣を片手にかけてきた少年がいた。


 「リン!」

 駆け寄ったジュノスは、息を荒くする事もなく周囲にすばやく目をやった。

 「賊の気配はもうないぞ」

 そんな彼に、シェラは呟く。

 「俺が責任もって、部屋まで送るから、お前は研究室に篭ってたらいいだろう」

 「出来るか。心配で手につかないに決ってるでしょう! 送ると言うなら、私も参ります」


 ・・・お前たち、私の存在を完全に無視しているな・・・。


 みどりちゃんの恨みの篭った声が響いた。


 「・・・じゃあ、みんなで、お部屋に行きましょう? 沢山お菓子を頂きましたし、守ってくれた御礼に、お茶を差し上げますね」

 私だって、かあさまに負けないくらいお茶の入れ方上手になったのですよ!


 「あ、そうだ。リン、とりっくおあとりーと!」

 「はい。はっぴい、はろうぃん」

 「ではリン、とりっくおあとりーと!」

 「どうぞ。はっぴいはろうぃん」


 「「籠の中身、なくなってるのに・・・」」

 どっからだしたの、これ。貰った分じゃないよねぇ?


 「はい!とうさまが、籠の中身はいつも沢山入れて置くようにって、予備のお菓子を・・・」

 「「こんなに・・・」」

 あんの、親馬鹿め!

 

 リンに対する魔法の呪文は、魅惑の呪文にならないようだ。

 

 ・・・とりあえず、オウランの勝利。

 

 

 

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