番外編 よ ハロウィン騒動
コツコツコツ。
きりきりギギギ。
カンカンカン。
・・・この時期になると、五王国中のあちこちでこんな音がし始める。
硬いものをひたすら削る音。
硬い中身をくり抜く音だ。
巨大なオレンジ色の見た目メロンのメロウの実は、本来くり抜いたり、細工できるほど柔らかいものではない。
ものすごく硬い野菜なのだ。かぼちゃの比ではない。
ナイフを入れようものなら折れて当然の代物だ。料理するときは鉈でかち割る強度を誇る。
したがってメロウ食べたきゃ良い旦那を探せ、という冗句もあるくらいだ。
それがこの時期、各家庭でなくてはならぬものとなる。
発端は、彼女。
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土の国の王城では、王妃陛下が技術室にこもりきり、なにやら作り続けていた。
技術省に配属された、ジュノスが補佐だ。
・・・ちなみに彼が王城に出入りする時は大騒ぎだった。
・・・主に、コウランとスイランが。
「母上、風の国のジュノスを、王城に招き入れるなど・・・!」
「えぇー。だって麦芽糖の研究してるのジュノス君だけなんだもん」
「サトウに関しては、俺たちだっていろいろ頑張って探してるだろう!」
「だって、サトウキビ見つかんないんだもん」
「だもんじゃありません! こいつは隙あらば、リンをつれて帰ろうと画策してる奴なんですよ!涼しい顔にだまされちゃいけません!」
びしっ!っとコウランがジュノスをさした。
指されたジュノスは余裕の顔だ。ふふ、と鮮やかに笑って見せている。
「くっ!この・・・余裕の顔しやがって・・・!」
スイランがぎりぎりと歯軋りしながら呻いた。
コウランはすばやく居住まいを直すと、低く息を吐いた。目を閉じ、丹田に力を入れる。精神を落ち着かせてから、目を開いた。
「・・・風の国のジュノス殿。貴殿の研究はどうやら母上にとっては有意義なようだ。では、我等に口出しできる案件ではない。だが、忘れるな。貴殿の行動範囲は、王城の中でもこの区域だけだ。奥の院へは出入りは出来ぬ。・・・いかがか?」
「もとより、ここから先へ分け入る気などありませんよ。わたしにとって、この国に来た事は、この研究を巫女姫に検分して頂く為。幸い、巫女姫もこの研究に興味を持ってくださったようですし」
「あのね、コウ、ジュノス君の研究って、穀物を分解して糖分を作り出すものなの。これってあっちの世界に似たものがあったのよ。麦芽糖っていうの」
「麦芽糖?」
「ムギ種子で『麦芽』を作って、蒸した米やサツマイモに混ぜて保温して、糖化させるんだけど・・・こっちの世界の穀物や野菜じゃでんぷん質が足りないみたいでねー・・・。今そのでんぷん質を何で補うか画策中。克服できれば、飴がつくれるのよ!」
「・・・それは・・・」
「・・・な・・・」
コウランとスイランの目が泳いだのをチヒロは見逃さなかった。
コウランとスイランが連れ立って界を渡り、あちらの祖父母と交流する中で、地元の夏祭りに連れて行ってもらったことがあったそうだ。
チヒロも懐かしく感じるその神社のお祭りは、各種屋台が立ち並ぶ、盛大なものだ。
そこでたっぷりと異国(異界)情緒を楽しんだコウランとスイランが、魅了されたものがある。
屋台のおじさんが手際よく作る鼈甲飴の飴細工だ。
琥珀色の物体が、引き伸ばされ、はさみで切られ、形を成して行くのを、時を忘れて見入っていたらしい。父母は、そんな真ん丸い目の二人を、微笑ましく見て、懐かしそうに二人に言ったという。
「お母さんそっくりだ」と。
子供の頃のチヒロもまた、鼈甲飴の細工を時を忘れてみていたそうだ。
そして今。
もう少しで落ちそうな二人を前に、チヒロはふっふっふっと笑いながら、にんまりした目で息子を見た。
「飴が出来たら、りんごあめだって、水あめだって、キャラメルだって作れちゃうのよ?」
コウランとスイランの背後に落雷が起きた。衝撃の何かが通り過ぎるのを見て、チヒロは小首を傾げて止めを囁いた。
「・・・裏庭の、りんごの木が元気良いよね。みどりちゃんが、もうすぐ実が赤くなるって言ってた」
「りんごが・・・」
「りんごが、とうとう・・・」
コウランとスイランが感激でふるふるしている。
「今年のハロウィンは、アップルパイが作れちゃうかもねー」
巫女姫兼母の言葉にがっくりと肩を落とした二人だった。
「母上! 許可はしますがね! ぜっっったいっ! リンの側には寄せないでくださいよ!」
「母上ぇっ! 悔しい、悔しいけど、アップルパイには変えられないいいっ! くっそう、俺も手伝うから、早く麦芽糖を完成させようぜ!」
そんな二人を前に、ああ、有能な助手ゲットだわ~と喜んでいるチヒロ。
それから、二人の息子に向き直ると、にっこり笑いながらこう言った。
「ふふ、おばあちゃんのアップルパイには敵わないけど、美味しいの作るからね」
チヒロの母のアップルパイは美味しい。生地はさくさく、りんごはとろり。時にはサツマイモのピュレや、スポンジケーキが挟み込まれた一品だ。
一緒に手伝って作ったのなんか数えるほどだが、あの味に近づきたいと思うチヒロだった。
「出来上がったら、お庭でみんなでお茶にしましょうね。そのためにも。麦芽糖還元方法を探らなきゃ!」
食い意地だけで結成された? 麦芽糖研究班は頑張った。
日々研鑽を重ね、とうとう、糖化に成功したのだ。
煮詰めた琥珀のとろりとした蜜が、瓶に詰められていくのを感慨深く見守るチヒロの姿があった。
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「いや、執念だよねー」
チヒロはでっかいボールで卵をあわ立てて、そこにとろりと琥珀の蜜を入れた。
粉をふるって、切り混ぜる。仕上げに溶かしバターを混ぜて型に流し込んだ。
薄くスライスしたりんごを並べ、上からこれまた麦芽糖とバターを混ぜたキャラメルソースを満遍なくかける。それを熱した竈に入れて、後は焼けるのを待つだけだ。
艶々した、小さいりんごを、煮詰めた麦芽糖の海の中に入れては、掬い上げるのを繰り返しているのは、リン・・・スズランだった。
飴を絡めたりんごは早く固まるように、鉄板にのせていく。
「にいさま達が覗いてますよ、母上」
手を止めずにリンが言った。
「良い匂いがし始めたからね。気になるんでしょ? うふふー。でもダメなのよー。これは明日のお菓子なんだから!」
「・・・母上、これが、きゃらめる?」
「そうよー。あとで味見させてあげるね」
リンはチヒロの手元を興味深々で覗いていた。
滑らかな鉄板の上に、煮詰めた麦芽糖とバター、生クリームを混ぜたものを落としていく。冷めたら、カットして、セロハン紙に包んでいく。
りんご飴、きゃらめる、りんごのケーキも小さくカットしてそれぞれ袋に詰めていく。
その袋が山となっていた。
「準備万端!」
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・・・収穫祭は、古来より国の行事としてあった。
土の国のそれは、厳かな中に喧騒が含まれた、にぎやかなものだったが、王妃陛下が推奨したハロウィンは、瞬く間に広まった。
仮装して、お菓子を配るこの催し。単純に楽しいから広く受け入れられたのもある、が、収穫祭と同じ意味合いで民に認められたのだ。
メロウの実が奇妙なオブジェとして飾られるが、そのメロウの実の収穫期がちょうど重なるのだ。
そして、女子の心をがっちり掴んで離さない、仮装とお菓子の組み合わせ。
女と子供のお祭りは、やはり、誰が見ても微笑ましいものなのだ。
土の国の王城で、チヒロは美女軍団を前に微笑んだ。
お城に勤める彼女たちは日ごろは各分野で仕事をこなすエキスパートだ。
調理人、お針子、清掃係、侍女とさまざま。
彼女たちは今日のために一致団結し、凝りに凝った仮装を披露していた。
魔女、お姫様、妖精、海賊、狼女に吸血鬼。なぜかナース服や、紅白の巫女装束の姫もいる。
「仮装した人はこっちに並んでね、籠を受け取ってくださーい」
チヒロの隣には白雪姫のドレスを着たリンがいる。
チヒロはと言うと、ミニスカポリスだ。・・・きっと誰もわかるまい。
その姿をうっとり見上げるお針子さん。きっと来年はミニスカポリスが増えるのだろう・・・。
女子供がそわそわする中で、男たちもそわそわしてる。
意中の彼女の艶姿を見れるのだ。浮き足立つのも判る。
しかももしかしたら、魔法の言葉を告げて、願いがかなうかもしれないのだ・・・。
いつしか、トリックオアトリートの呪文は、恋を仕掛けていいですか、の合言葉になりつつあった。
誰のせいって?
国王と王妃のせい。
だってほら。
「チヒロ、トリック・オア・トリート!」
「むきゃあああっ! なんで、毎年毎年、籠の中身がなくなった頃に出てくるのよおっ!!!」
隠れて見てたでしょおおおっ! と叫ぶ王妃陛下に、無論。と答えて微笑む国王陛下。
それを見て土の国は安泰だと思う、王城の者たちだった。
「・・・さて、今年も軍配は国王陛下に上がったようだ。だが、皇女は?」
スズラン、今だ、城内探検中。