一周年企画 しんさまリク「水着」
夏だ。
夏と言えば。
「・・・やっぱ、海だよねぇぇ・・・」
この間、技術さんと打ち合わせて、伸縮性のある滑らかな布地を開発したんだ。
ぬれても透けないその布を使って、お針子さんと縫い物だってした。
どんな物なのかって聞かれたから、イラスト描いてわかりやすくしてね。
スクール水着。ワンピース。セパレーツ。そして・・・び、びき、にも。
面白がって縫ってくれたお針子さんの水着は大変スバラシイ出来栄えだった。女性は肌出しちゃいけないこっちの世界では、水着すらなかったみたいだし。
でも、まさかほんとにビキニまで作っちゃうなんて思ってなかった。
だって着ていくところなんか無いじゃない。そう言ったら、にんまりと笑ったお針子さんたち。
着ていく所の当てがあるの? って聞いたら、何のことは無い神殿の禊で使うんだってー。薄い衣着て禊をするらしいけど、透けて女同士でも結構目のやり場に困るんだってさ。
そう聞いたら、俄然やる気が出ちゃって。可愛らしい布や胸元にかわいい花の飾りなんか付けたら良いよねーなんてデザインにも凝りだしてさ。
創意工夫が先にたって、恥らい忘れてたなー・・・。
ぴらん、と目の前に下げたブツ・・・すげえよ、危険物だ。これ作ったのほんとに私か・・・?
「・・・こんな布地の少ないやつ、あっちでだって着たこと無いのに・・・」
チヒロさまのは、これですよ! と言われるままに押し付けられた物体は、鮮やかなオレンジ色のヒマワリを思わせる、超ビキニだった。
予定では大人しめのワンピースを手に入れているはずだったのに・・・なぜに、ビキニ。
「・・・これじゃ、海どころか、神殿の禊にすら使えない・・・」
「・・・イイ心がけだ」
黄昏てたら、オウランに見つかってしまった・・・。
「まあ、海なら俺が連れて行ってやる」
王家直轄の別館が、海に近い場所にあるからな。そう言ったオウランの言葉に驚いた。
じわじわと顔が緩んでくる。
うれしくて見開いた目の先で、オウランが優しく微笑んでくれた。
「・・・王妃仕事も大変だったろう。ここらで少し、避暑をかねて休みにいこう」
海だ! 海! うわあ、何年ぶりだろう!
はしゃいでいたから、にやと笑ったオウランに気づかなかった。
*****
輝く太陽! 煌く海面! 潮風が髪を撫で、素足に砂が優しい。
きらめく水は冷たくて、打ち寄せる波も気持ちが良かった。
・・・ちょっと恥ずかしいけど、あのビキニ姿だ。なんとオウランが持ち込んでいた。絶対怒ると思ってたのにね。日差しをさえぎるテラスに陣取ったオウランに手を振ったら、危うく、胸がはみ出しそうになって慌ててしまった・・・。
水をはじいて、うれしそうに笑う姿は見ていて口元が緩んでくるほど愛らしい。
予想通り「ビキニ」とやらも似合っている。
いつもなら布地が少ないと怒りたくなるものなんだが、あれは別物だな。
胸元や、尻に食い込む布地を気にして時折、指で治す仕草にぐっとくる。
恥らって頬を染めている姿は、今すぐ押し倒したいくらいだ。
時間を取って連れ出したのは正解、だと思っていた。
「ふふ、可愛らしい・・・」
ぞくりとする良い声が、背中をなで上げた。
「本当に、精霊のようだね」
感慨深く、つぶやく声が届いた。
「俺、もう行くぞー?」
遊ぶのを待ちきれない子供のような声と、海めがけて走り出す影。
「何か冷たい飲み物でも差し入れてやりましょうか?」
小首をかしげる様は、傾国の美女。
「・・・なぜ、ここにいる」
苦虫噛んでも、ここまで苦くはないだろう。
「・・・地獄耳め」
どこから情報をつかんだんだ。
そう憤るオウランを尻目に、見た目だけはニコヤカな・・・各国王の姿。
しかもだ。なぜかみな、カラフルな水着を着けている。
泳ぐ気満々だ。
「開発されたばかりの布じゃないか・・・」
誰を買収して情報を得たのか。誰を囲い込んでその布ゲットしたのか。
知らなきゃいけないことは山ほどありそうだ。
ちなみにそういう自分だって着ている。チヒロ特製の手縫いの水着だ。
チヒロと一緒に波打ち際で遊ぶつもりなのだからな!
「巫女姫独り占めは、いけないよ?」
そう言って笑う各国王の満面の笑顔。ものすごーく胡散臭い笑顔だった。
「チヒロ、上に何か羽織れ」
そう声をかけて、まばゆい素肌の露出を減らす。
それでも常より開放的だ。くそう、その足! 何でもいいから海から上がらせたくなった。
・・・が、チヒロの笑顔が怯ませる。この笑顔を消したくないと切に願った。
「ふふ。そう拗ねるものではないよ、オウラン」
・・・と、水も滴るいい男ぶりのセイラン。
「そう。チヒロの一番は君なのは間違いない。悔しいけどね」
・・・と、さわやかに黒いアレクシス。
「・・・お前が居てくれたから、チヒロは帰らずここに居てくれるんだ。お前のおかげだって知っているぞ」
・・・と、全身ずぶぬれのシャラ。
「でもね、愛しいと思う気持ちは止められないのです」
・・・と、水に濡れても涼しげなリシャール。
愛しい。誰よりも愛しい。
それは過去より続く呪縛の鎖。
けれどもそれだけではないと言い切れる、チヒロとの絆。
その目に映るためならば、なんでもして見せよう。なんだって出来る。
射抜く眼差し。
言外にお前さえ居なければ、と、如実に物語っている。
「・・・けれどそれをしたら、彼女の笑顔は曇るでしょう・・・?」
「それ」を、思い切れない私は、非情になれない自分をののしるべきなのか。
「それ」を、思い切るほどに、私を捕らえて離さない彼女を、褒めるべきなのか。
・・・ただ、彼女が欲しいだけなのだ。
彼女の心が欲しいだけなのだ。
身体だけじゃ、足りない。一時の快楽ではなく、恒久続く暖かさと、ぬくもりが欲しいのだ。
彼女の傍でまどろみたい。
「取るべき手を知っているのに、出来ない」
とても簡単なことなのですよ、オウラン。・・・と、小首をかしげて、まるで明日の天気を予想するように、リシャールが笑う。
「そうすれば良いと知っているけど、出来ないほどに囚われているのさ、われらは」
あっけないほど簡単なことなのに、簡単すぎるから出来ないのさ、とセイラン。
「それをすれば、チヒロの心が壊れてしまうからねぇ・・・」
我らには無理なのだ。と、目を伏せて笑うアレクシス。哂う・・・誰を?
「チヒロが壊れれば、それはもはやチヒロではないだろう?」
真正面から真っ直ぐに見詰めて、シャラ。
「・・・健やかであればいい」
「それ」を行うことを誰にも知られず、遂行することは出来る。でも、無理なのだ、とセイランが。・・・笑った。
彼女の心を求めたばかりに、身動きできずにここに居る。
チヒロが笑って、ここに・・・この世界に居てくれるなら。
他の男の腕の中でもいいとすら思える。
「「「「彼女がわたしの・・・永遠の人」」」」
彼女の心を曇らせることすら、もう、出来ない。
彼らの眼差しは真剣で、だからこそ何の言葉も掛けることが出来なかった。
俺なら同情など真っ平だと、たたきつける。だから、神妙な顔で聞いていたオウランだった・・・が。
にや、と人の悪い笑みを浮かべてセイランがオウランを見た。
「・・・ふふ、でも祈るのは個人の自由だからね? 年が明けるたび、収穫祭のたびに祈るよ。神殿の祭祀、太陽と月の巫女に・・・私を選んでおくれ、と」
そう、歌うように言った。
「おや。私の今年の願いと同じじゃないですか」
ダブってしまいましたねー?困りました。とリシャール。
「ふふ、私は、早くチヒロの目が覚めますように、って願いましたよ?」
オウラン殿に早く愛想を尽かしますように、ってね。
「なんだ、俺と同じだな、アレクシス殿」
早く目覚ませば良いのにな! ここに俺という良い男が居るんだからさ!
チヒロはネンネですからね、良い男の概念が幼いのですよ。
もっと深く愛し合えば、私のいいところも気付いてくれるはずなのにね。
・・・とか何とか黒いところを隠しもせずに談笑する、各国王の只中で、オウランがやるせなくも呟いた。
「・・・いい加減、諦めろ」
「「「「無理」」」」
即答されて、ふ、と笑いがこみ上げてきた。
彼らは、今後、侵攻する事も、画策することもないと言明したのだ。
土の国の王妃兼巫女姫に対する最大限の配慮を示したのだ。
犯すことも略奪することもなく、健やかでいてくれとの最大限の譲歩。
「この世界で、笑っていてくれればそれで良い」
彼らはチヒロを眼下に映した。
海で精霊たちと戯れている、少女を。
愛しいもの。
見つめるその目は温かい。
視線に気づき、黒髪の少女が波打ち際で手を振った。
呼び声に応えて、こちらへ走り出そうとした少女の、身を覆う小さな布がほどけて落ちた。
一瞬の間のあと、チヒロの悲鳴と、オウランの怒号が重なって、それから数名の笑い声が重なっていった。
「・・・やはり水着も、封印だ!」
オウランの叫びが波間に消えていった。
**********
「・・・え、と。お口に合うかどうかわかりませんが・・・」
そう言って、水着に(結局押し切られた)エプロンつけた、ある意味ものすごく恥ずかしい格好で、チヒロがお皿を差し出した。
テラスでくつろぐ一行は、大皿にのった料理を見た。
肉や野菜の見慣れたものと、見慣れない茶色いひも状のものがうねうねしている。
テーブルでスタンバイしているオウランは食べる気満々で、フォークを握り締めている。
「・・・見たことのないものですね。これはいったい?」
「なら、食うな。減る」
「オウラン!」
オウランをたしなめて、チヒロが説明を始めた。
「焼きそばです。小麦の粉を練って伸ばして細く切った物を、蒸します。それを野菜やお肉と一緒に炒めて、ソースで味を調えるんです」
「ソース?」
「・・・うーん、これも界渡りのときに持ち込んだ調味料なんですよ。原材料見ると、野菜と果実を煮詰めて香辛料を入れて整えたものみたいですが・・・」
「ショウユとは別なものなんですね、本当にチヒロの国は珍しい物がたくさんありますね」
「珍しく、しかも美味。しかしこの紐状の物もまた・・・」
・・・麺はやはり奇異なものと取られたみたいだ、とチヒロは思った。
初めて作ったときの土の国の人の反応を思い出した。みんな食べ物とは思えない!と慄いていたっけ。
餃子の皮が作れた時、いずれは麺料理を作るつもりだった。
試行錯誤の結果、うどんはなんなくクリアした。水加減さえ間違えなければ概ね大丈夫だった。
大きな壁にぶち当たったのは、蕎麦とパスタだった。
蕎麦の香りを持つこの世界の粉は、まとまり辛く、伸ばし難かった。
長く伸ばそうにも、途中で千切れたり、うまくいったと思って茹でれば粉々になって、さすがに、これは無理なのかも、と思い始めた頃。
時間と温度が関係することに気がついた。
捏ね水をお湯に変え、粉を捏ねると言うより、混ぜるように纏めて、すぐに伸ばすと、あれほど苦労した伸しが簡単に出来たのだ。
恐る恐る茹でた麺は、とてもおいしい、確かな蕎麦だった。
それからはパスタも、うどんも、蕎麦も作れるようになった。
土の国の調理場では密かなブームを呼んでいる。料理長じきじき、蕎麦うどんの為だけにとった出汁が寸胴で準備されてるくらいだ。
鰹節にほれ込んで、その内作り出しそうな勢いの調理師さんも居る。初めて食べた素饂飩の旨さにほれ込んだらしい。
そして、満を持して作り出したのが、今日の「焼きそば」だった。
記憶を頼りに、麺を茹でずに蒸したら、見慣れた茶色の焼きそばの麺になった。感動した。
恐る恐る野菜と一緒に炒めて食べたら・・・泣いてしまった。
ぽろぽろと泣きながら麺を食べる王妃。そりゃ変だ。
オウランがびっくりして立ち上がり、顔を覗き込んだくらいだ。
でも、それくらい懐かしい味がしたんだよ。
あんまりオウランが慌てるから、なんだかくすぐったくなって。
「紅しょうががないのが、悔しい」と言ったら、怪訝な顔をされたけどね。
「焼きそば、ね。うん。旨い」
オウランをまねて、フォークに麺を巻きつけ食べる王様たち。
きらきらした方たちが、小皿を手に麺を食す姿ってのは、何て言うか・・・いや、なんも言うまい。どんな美形だって、ご飯は食べる。
波の音を聞きながら、食べる焼きそばは格別だ。
むかし、お父さんとお母さんに連れて行ってもらった海。
たくさん遊んで、海の家で食べるご飯は、いつも。
「肉なし焼きそばだったっけ・・・」
刺激的なこちらの野菜たちを使った焼きそばは、記憶の物とは味が少し違うけど。
今日の焼きそばの味も、記憶に重なっていくのだろう。
ちゅるん、と麺を口に収めて、チヒロはにっこりと微笑んだ。
「お口に合いましたか? 美味しいと感じてくれたら、嬉しいな。また作るからね」
・・・これで、食後にカキ氷があれば完璧!
海。って事で。肉なし焼きそば。アレに何度打ちのめされたか!
でも、海の家ってシチュだけで結構旨いフィルターがかかる。