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一周年、みなさまに感謝をこめて 2

 土の国の王城で、力強い味方を手に入れたチヒロは今日も元気に・・・。いや、ちょっと凹んでいた。

 「・・・チヒロ様。これ毒です」

 「えええー。だってまんまアニスの香りなのにぃ・・・んじゃ、これ!クミンみたいな香りがするの」

 「・・・これも、毒ですね・・・(何故こうもどんぴしゃで毒ばかり・・・)」

 アルフィリアはチヒロが採取してきた草や葉、木の実を仕分けしていた。

 食用植物。有用植物。そして劇物注意の猛毒植物。

 仕分けされた植物は、どう見ても猛毒植物が一番で、こんもりと山になっていた。

 「あ、じゃこれは!?この木の実、クローブみたいな香りがするの!」

 「・・・毒です。しかも、苦しませずに恍惚のまま昇天できます。別名、悪女の誘い」

 ・・・なにゆえ、こんなレア物を・・・と唸るアルフィリア。

 「ううう・・・じゃ、じゃあ、これ!!!カルダモンみたいな香りがするのよ!」

 「そ・・・それは・・・!!!」

 滅多に驚かないアルフィリアが水色の瞳をかっと開いて凝視した。アーモンドを大きくしたような黄金色の木の実。

 「・・・滋養強壮、死人すら生き返らせると言わしめた、命薬の元・・・!別名、命の母!!!ち・・・チヒロ様、これをどこで!!!」

 「え。みどりちゃんがね、私が取ってた草を見て、その・・・ため息付いたあとに・・・」

 ・・・咥えてきてくれたの。

 アルフィリアの目が点になった。


 ・・・山の中、日課の散策でさまざまな木の実、草の葉を集めては、くんくん匂いを嗅いで嬉しそうに袋の中に突っ込んでいたチヒロ。彼女が山の中にはいるたび、付いてきた精霊たちも馴れたもので、チヒロの好きにさせていたが・・・。袋に詰め込む草や木の実を見て、いつも妙な顔をしてはいたんだ。

 してはいたが・・・。

 今日もそんなチヒロを見つめて、はああ、とため息をついて首を振ったみどりちゃん。

 さっと消えた後、咥えてきたのがこの木の実。匂いを嗅いだら、カルダモンのような爽やかな香りの代物だ。嬉々として袋に入れたチヒロを見て、他の精霊たちもそわそわし始めたっけ・・・。

 「毒だって分かっていたら教えてくれればいいじゃあん・・・」

 ・・・そうは言っても確かめないと気がすまないだろう、と、みどりちゃんの声が聞こえた。

 ・・・まあ、匂いを嗅いで嬉しそうだったからな。害はないと判断した、とだいちゃんの声。

 ・・・口に入れようとしたら、止めただろう?と、キュウちゃん。

 ・・・我ら、チヒロが楽しそうに笑ってくれれば、それで良いのだ。と、ふうちゃん。

 ・・・チヒロが無事ならそれで良い、と、りゅうちゃんの声。

 ・・・ううう。でもそれもなんかヤダ。と唸ってしゅんとしたチヒロを前に、アルフィリアは別な意味で震えていた。

 ・・・精霊に貢いでもらったのか・・・! 恐るべし、精霊巫女姫!

 「ぜひ、守護殿とは一度お話したいです!」

 ってか、チヒロさまが探すより、守護殿に連れて行ってもらったほうがいいかもしれない・・・。いや、こうしてチヒロさまが頑張ってくれているから、差し出してくれたのだ。

 何といっても命の母。この木の実がここまで大きくなるためには、精霊の加護は不可欠だと言うから。

 「あ、あとね。もう一つあるの。これはだいちゃんが持ってきてくれた奴で・・・」

 ごそごそと差し出された木の実を見て、アルフィリアが息を呑んだのは言うまでもない。

 がっくりと膝を突き、呟いた。

 「・・・十年・・・十年探してたものが、一日に二個・・・」

 ・・・ちなみにその後も、精霊が持ってきてくれた木の実や枝を見ては、アルフィリアが悶絶する事になる。


 ・・・本日の巫女姫の成果、毒草八割。有用植物一割。役立たず一割。

 ・・・希少性、特筆性共に優れた極レア植物・・・五個。


 「これ私の世界のカルダモンってスパイスの香りにそっくり。これ使って作れないかなぁ・・・カレースパイス」


 蚊取り線香はアルフィリアのおかげで、順調に生産ラインまで確立する事が出来た。

 練り香の材料にアルフィリア一押しの忌避作用のある葉っぱを練りこんで、蚊取り線香もどきを作り上げ、病院で使用し始めた。

 使用開始したら、ぴたりと伝染病が治まったところを見ると、やはり虫が媒介していたようだ。

 今では、王城でも使っているし、そのうち市井にも流通させようと思っているのだ。

 

 「・・・この香りでしたら、代用できる草があります。第一、こんな高価な薬、スパイスとして、耳掻き一杯分でも使用したら、それこそ目玉が飛び出るくらいの価格になりますよ。しかも希少性が高いので手に入りません(精霊が継続して貢いでくれなきゃむりですねー)」

 チヒロさまが目指すのは、市井のみんなが気軽に食べられる「かれー」を作ることでしょう?

 大丈夫です。チヒロ様が持ってきてくれる草木で、おおよその香りが分かりましたから。代用品の選出は任せてください!

 ぐっと腕を突き出して、アルフィリアが請け負った。

 「わあ、うれしい・・・!」

 頬を真っ赤に染めて身を震わせたチヒロを見て、アルフィリアは微笑んだ。

 (・・・守護精霊殿も、この笑顔が見たかったのですね、きっと)


 なんて優しい人なんだろう。

 外見だけではなく、心が健やかなのだ。

 孤児でも、身分があるものにも、わけへだてなく接してくれる巫女姫。

 その魂の暖かな光は、精霊でなくとも引き寄せられてしまう。

 この方の願うものを、こうして二人で作り出せるなんて、私は何と幸運か。

 喜びに満ちて、目を輝かせ、頭を捻り、知恵を出し合う。

 この時間はなんて素晴らしいときめきに満ちているのか!


 「あ!そーだ。アルフィリアならこの「命の母」、正しく使ってもらえそうだね! じゃ、これはアルフィリアのね! ええと、あとみんながくれた植物もアルフィリアが使ってね! あ、後残りどうする?また、影衆のところに持っていく?」


 無造作に差し出されたアーモンド形の巨大な黄金色の木の実。

 巫女姫は知らぬのだ。薬師が喉から手を出しても届かない、希少性の高いレア植物がどれほど価値があるのかを。・・・いや、知っていても彼女なら、こうして差し出すのだろう。

 これの価値を知り、有効活用してくれると信じてくれているのだ。・・・わたしを。

 それから山盛りの・・・猛毒植物。

 影衆とは、オウランの近衛師団の別名だ。

 黒い隊服に銀の紋章姿の彼らを見たチヒロがいつの間にか、そう言っていて・・・今に至る。


 「でも、影の頭領、これ見たら、有象無象の貴族を殲滅してしまいそうです・・・。全員殺せる十分な量があります」

 それは、困るだろう。

 ある日突然、反抗的な貴族が全て居なくなったら・・・。

 ・・・ま、いなくなっても誰も気になどしないだろうが。

 王に粛正されたと、逆恨みされても困るのだ。


 ふと気づけば、彼女二人の語らいを、青い顔で見ている技術者の姿。その青い顔を見て、アルフィリアは自分の評判を思い出した。


 稀代の魔女。毒使い。王妃陛下の毒蛇・・・。まだある。


 アルフィリアは、こちらを気にしたような技術者に向けて赤い唇をことさらに動かして、・・・笑って見せた。

 ・・・魔女の微笑ってこんなもんかな?と、思いながら。


 ***********


 「・・・俺はまあ、アイツが楽しければそれで良いと思っている。成果なんてものは、後から付いてくるからな。俺に断らなくても良いんだ。やりたいようにやらせてやれ。・・・だが、怪我だけはさせるな、泣かせるのもダメだ」

 巫女姫をことさら愛する王はそう豪語し、実際彼女を止めないまま、仕事を続けた。

 アルフィリアはそんな王を見上げて、側に控える近衛兵の一人に目線を合わせた。そそそ、と手招く。

 「・・・頭領、耳寄りの情報が」

 「・・・私は頭領じゃないと何度言えば、君も姫も分かってくれるのでしょうか・・・」

 苦く笑いながら、王に下がる許可を貰い、魔女について部屋を出る。

 近衛の控え室で、アルフィリアとお城の料理長と三人で何事かを相談したのは、巫女姫にはないしょ。である。

 

 ・・・それからも、魔女と一緒になにやら製作している巫女姫の姿があった。


 漏れ聞こえる単語は、「薬」「粉末」「調合」「調薬」「微細粉末」「乾燥」そして・・・「毒」だった。


 彼らの思惑は叶う。


 *********


 ある日の会議で、王が世間話をするように気軽に切り出した、ごくごく私的な会食パーティーの誘い。

 凄まじい勢いで、土の国の貴族達を席巻し、彼らを震え上がらせた。

 「・・・きっと、あの魔女の作る毒が完成したんだ!」

 「遅効性の毒に違いあるまい! 我らが王妃陛下を軽んじていたのが、わかってしまったのだ!」

 「いや、もしくは・・・忠誠心を見極める為の、囮かもしれないぞ」

 「・・・で、では、欠席すれば謀反を疑われるというのか? しかし毒を仕込まれているかもしれないんだぞ!」

 そんなパーティーの料理をどうして口に出来るのだ!

 そう言って怒り出す公爵、それを宥める侯爵、男爵たち。

 ・・・そんな彼らを、潜んだ場所から、冷めた眼差しで見ている男が一人。腹を抱えて笑いたいが笑っては台無しだ。静かに見守り・・・そして貴族達の対策を耳にして、さらに嘲笑した。

 

 「頭領、どうでしたか?」

 「ふふ。笑うのをこらえているのが大変だった。・・・だが、概ね君の思惑通りだ」

 「うふ。それは重畳・・・」

 ・・・そんな会話があったのも、ないしょ、だ。


 彼の、彼女の、大切な可愛い巫女姫兼王妃陛下は、厨房で、寸胴鍋を相手に格闘していた。

 焦げないように注意深く。薫り高く吸えば、気分も舞い上がれるほどに。

 スパイシーな中にもコクと旨みが溢れる、魅惑のスープ。

 刺激的な辛さが清涼感を呼び、噛みしめればその奥に隠された、ほのかな甘味を感じるはずだ。

 鼻に届く香りは紛れもなく・・・。

 「・・・ンぁぁん、カレーの香りぃぃ・・・」

 とろけそうだ。


 寸胴鍋の中身を味見しては、身体を震わせる巫女姫。

 その巫女姫を見て、イケナイ妄想に囚われそうになった男達。王の冷めた眼差しを思い出し、事なきを得た。

 ・・・さて厨房の料理人も、嗅いだ事のないこの香り。

 巫女姫が作るものは大概が甘く蕩ける、魅惑の芳香。

 なのに、今回のこれは。

 「・・・分析が難しい代物ですな。姫。いったい何をどうすればこんな香りにたどり着けるので?」

 この香りは、リルーノ、イベリル、サクルーナ・・・あとは・・・ううむ。

 料理長自らの問いかけに、巫女姫は微笑んだ。

 「アルフィリアと吟味に吟味を重ねた究極のスパイスなの。薬にもなる葉や木の実を、乾燥させて、粉にして、香りよくなるようにブレンドしたの。みんなびっくりすること請け合い!」

 研究を惜しまない巫女姫に強面の料理長が、やさしい微笑みを返した。


 


 ・・・うむ。貴族どもはある意味びっくりしすぎて、死に掛けるでしょうな。 なんといっても、アルフィリア殿・・・リイカの魔女殿監修ですから。


 「・・・ワタクシ、姫のなさる事に文句ばかり並べ立てる貴族の皆様には閉口しておりましたの」・・・と、笑う魔女殿と意気投合したのはつい先日。


 「姫様曰くの頭領殿と、散々、貴族の間者には、スパイスの事でそれとなく威しかけておきましたから」・・・と、笑いあった記憶も新しい。

 ちゃんと厨房に潜む間者と思しき使用人に、説明したのだ。これはこういう効能でこういう病に良く効く薬草であると。

 姫君が吟味した薬草を利用した、新しい料理だと。

 私も作った事がないものだが、とても美味だと。

 決して毒だなどと言っていない。それどころか、巫女の作るものに万に一つの失敗はないと言い切っておいた。・・・その説明を聞いてなお、誤解する方が悪いのだ。曲解しすぎて笑えるのだ。


 来なきゃいけないジレンマに悩まされ、さらに供される供物が、嗅いだ事のない香りの料理だとすれば。

 「恐れ多くもこれを毒と勘違いするものが大勢いるでしょう・・・」

 そう言ってローブの影から覗いた赤い唇。緩く弧を描き微笑みの形。

 それはまさしく・・・魔女の姿。

 「・・・何と不敬。恐れ多くも太陽と月の巫女様が供されるものを毒と勘違いして手をつけない輩が本当にいると? それでは土の国の貴族としては、認められませんぞ?」

 「そう。手をつけないなどありえません。わが国の王妃を軽んじている証拠でもあるのだから」


 うふふふふふ。

 仕事もせずにふんぞり返り、搾取して生活するのが当たり前だと思っている彼らがどう動くのか。

 「・・・今から物凄く楽しみです。ご同席できないのが、残念です・・・」


 そう言って微笑んだ、稀代の魔女。

 共犯者の微笑で彼女に従っていた、近衛師団の団長とうりょう

 そして、微笑んだ料理長。

 

 喜劇か、悲劇か。

 幕が上る。


 **********


 寸胴で焦げないように煮込むこと三日。寝かしてさらにコクを増す為、バターもいれた。

 辛いだけの刺激物とは一線をかくものに仕上がった。

 新鮮な野菜でサラダも作った。ハチミツ風味のピクルスも作った。らっきょの代わりになると思って嬉しかった。

 口直しにアイスクリーム。今日のソースはレンの実で。クッキーだって上手に焼けた。

 一生懸命作ったの。

 喜んでくれるかな、楽しんでくれるかな、と想像しては、一人笑って舞い上がった。

 だってオウラン主催で私的な食事会だよ?

 腕を振るわずにいられますか!

 きっと、オウランにとって大切な、家族のような人たちだと思っていたんだ。


 ・・・まさか、私の料理がリトマス試験紙のように使われるなんて知らなかった。


 懇意にしている貴族のみんなはとても優しい。

 筆頭はログワさん。

 彼の腹心の部下だという、頭領も、侍従長さんも、侍女頭さんも今日はお仕着せじゃない私服を着て、食卓に座ってくれている。

 私が女主人として精一杯もてなすんだと思っていた。

 この場でカレーをお披露目したらいいでしょう。と言ったのはアルフィリア。

 そうですね、それはいい。と賛成してくれたのは、頭領。料理長。

 オウランだって微笑んで頷いてくれた。


 美味しく出来たって自信があった。


 みんなでにこにこで食べて、話が弾んで、心が温かくなったらそれで良いと。


 ・・・思っていた。

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