番外編 か 竹馬の・・・2
裏拍手お礼で書いていた物を打ち直しました。少し変わって、でも大本変わってない物体ですー。
これって、別に裏じゃなくて良いじゃーんって思ったので、本編に。
そんで、いろんな方からのアイデアもこっそり追加を!
土の国の学び舎は。
貴賎問わず、来る者拒まず。
教授方にはかなりの自制を求められる。
いわく。
「学びの芽を摘む事あらじ」
「型に嵌った学びなら、別の国で」
「自主性を重んじ、多少の・・・多すぎるが・・・脱線は、教授自ら楽しむように」
事実。
悲鳴と怒号が飛び交う、教室もあれば、時間が来ても生徒の姿が見えない教室もある。
では、何故それで崩壊しないのか。
明確な査定が行われるのだ。
試験は当たり前。受けずとも良いが、受けなかった場合の挽回は大変。
事前準備と日々の研鑽がなければ乗り切れない。それを乗り越えるには二通り。
教授陣を唸らせる研究、を示す事。理論展開だけでも良し。
教授陣を黙らせる、研究成果。を示す事・・・。
「予防接種の概要をもう少し詳しく知りたい」
そう言って真剣な顔で見上げてくる少女を彼女は頼もしく感じていた。
日々研鑽を怠らない、清廉とした少女。その瞳が煌く。
質問に答えるべく、学び舎の女は、必死に知識を探り出す。
「予防接種ね。えと、ウイルスの毒を弱毒化して体内に送り込むことで、擬似的にその病気に罹ったと錯覚させる。一度罹れば抗体が体内に作られて、本当のウイルスが来た時には罹らないって仕組み・・・だったかなぁ・・・ちょっと自信ない・・・」
でも良いところに目をつけたねー。
研究が進めば子供達が病気に罹らなくなったり、罹っても軽症で済むかもしれないねー。
「巫女姫の知識のお陰で、病気を引き起こす原因物質が存在する事が判ったからね」
持ち込まれた顕微鏡、あれで覗いたときは衝撃だったよ。
木の国と連携して病原菌の特定を進めているけど、予防接種はその先だから・・・。
「ああ、ちなみに。巫女姫の推奨のお陰で、病気に罹る子が去年よりは少ないんだ」
病気に罹らなくする近道は、一に健康、二に栄養、三に手洗いうがいのススメ。
それでも罹ってしまったら。一に休養、二に睡眠、三に水分、それが巫女姫の教え。
「後は、私が医師の免許を取れれば、万全」
そう言って、にこにこ笑う少女は青い髪、スミレ色の瞳の可愛い子。
質素な服に身を包み、細い腕には十分な重さの本を抱えて。
しなやかな身体は躍動感に満ちていて、見ているほうが思わず微笑んでしまう可愛らしさ。
日々努力研鑽を惜しまず、失敗にくじけず己を利する事の出来る彼女は、凄いのだ。
孤児院育ちの彼女は、勉強して勉強して、医者になる事が夢なのだという。
初めて会ったときは細くてがりがりだったけど、私の料理でいくらかましになったかなー?
予防接種の話にも真剣に取り組んでくれていて、ワクチンを作り出したいと考えている少女に女は精一杯の賛辞を送る。
「・・・良かったね!あとは、そうね、殺菌消毒。これは調理にも通じるのよ。調理人に徹底してもらってね、煮沸消毒。タオルや布巾をお湯で煮てから干すのよ。これ基本ね。あとは、使った後のナイフやまな板は必ず石鹸で洗って、肉は肉用、魚は魚用、野菜は野菜用で使い分ける事と、お日様殺菌。洗ってから、熱湯かけて、日に当てて干す!」
焼く時も、中までちゃんと火を入れること。生焼け生煮えが一番怖いの。
「・・・雑菌もしくは特定のウイルスが繁殖する、という事ですか?」
「そー!」
にこにこ笑って頷く女。
なんだろうか、この可愛らしさは!・・・と、笑う女の人を見上げて青い髪の少女は思った。
いつもにこにこ、美味しいものを作り出してくれて、楽しいものを作り出してくれて。
知識の幅は底知れず、尋ねる事には真摯に答えてくれる。
勉強を教えてくれるだけでも凄いのに、挙句にこんな凄いところにまで連れてきてくれた。
まったく、この人は年を取らない。
いつまでも娘のような雰囲気で、辺りを煙に巻いてしまうから、誰も「王妃」だと気付かないのか・・・。
「・・・良い研究材料になりそう。感謝します。・・・あとですね・・・」
「・・・ここで何をしている?」
うあ。やば。と女・・・チヒロが呟いた。ものすごく聞きなれた声。
ぎぎぎと振り返った二人の前に、引きつった笑顔のこの国の皇子が見えた。
群がる取り巻きは青い髪の少女に眼を留めるとあからさまに侮蔑の色を浮かべた。
それを肌で感じ取ったチヒロが顔を伏せる。
髪をくるんで押し込めた帽子が頼もしいアイテムに感じられた。
巫女姫だなんてばれたくはなかった。特にこういった輩には!
(やれやれ、選民意識は根深いなあ・・・)
「孤児院のフィリアだ。お情けで入学できた・・・」
取り巻きの一人が呟くそれに、チヒロはムカッとくる。
誰も、親を選べないし、望んだところに生まれることは出来ないのに!
「コウラン様、参りましょう?」
口元を布で押さえた綺麗な娘がそう言い放った。
その娘を上目遣いでばっちり見て、チヒロは彼女がノイエ公爵家の娘だと検討付けた。
清楚で儚げな風情の綺麗な娘の仕草は明らかに同じ空気を吸っていたくないといっている。この落差は衝撃だ。
「先に行ってくれないかな?私はこの講師と話があったんだ」
にこやかに言葉を返す息子に尊敬の眼差しを向けてしまった。
おお!これが噂のキラースマイル!
周りを囲む取り巻きたちの頬が赤く染まる。
てきめんの効果だ。
「講師など、部屋へ呼べば宜しいではないですか」
それに頬を染めてすねたようにコウランを見上げるお嬢様に、やさしい微笑を向けるコウランだったが。・・・チヒロにとっては真意の見えない仮面を被っているように見えた。
だって、スズランやスイランに向ける顔とぜんぜん違うのだ。笑顔が武器だと認識している者の笑み。
あああ、こんな顔させたくないのにいいいっ!!!
「臨時講師だからね。いつ捕まえられるか、判らないんだよ。一度論戦戦わせたかったんだ。見つけたときは、外に出さずに引き止めておいて欲しいと、門番に前も言っていたのを忘れたかい?」
小首をかしげ、優しく諭すように・・・その実、焦れてきて不機嫌度が上っていくのを感じた。
おおおおじょーさーん!それ以上、家のコウを刺激しないで!あ、後が怖いのよおおお!
「コウラン様がそこまで仰る講師の話ですのね。では、わ、わたくしも・・・」
食い下がる娘に、ふっと、微笑んだコウラン。
ひぃ・・・。
その微笑に空恐ろしいものを覚えちゃったチヒロだった。
「・・・専門分野で研究概容に突っ込む話になる。先ごろ発見された病原菌の繁殖成果を見て欲しいと思っているんだ。万が一、罹りでもしたら・・・責任はもてないな」
病原菌と聞いて彼女の顔色が一気に青くなった。
それに、ことさら優しく微笑んで。
「・・・席を、外してくれるね?」
コウランの言葉に否を唱えるものは居なかった。
「あ、フィリアは残って」
そう言ったコウランをぎょっとした顔で見上げた公爵令嬢だったが。
「・・・ふん。危険極まりない研究にも、助手は必要ですものね」
と、判ったような顔をして取り巻きともども、去って行った。
・・・つくづく、見たいものしか見えない人らしい・・・。
「さて「・・・コウラン、趣味悪いー」・・・母上・・・なぜここに?」
ぼそりとそう言ったチヒロに、コウランが低く恫喝した。
怒りの波動が隠しもせずに溢れている。
その怒りを感じ取ったチヒロは、焦った。
「え、えとね。今日はー・・・お・・・オシノビ?」
慌てて答え簡素な服のスカートをぎゅっと掴んだ。
うぁ、やばいやばい、やばいよっ!!!
ち、チヒロ、ピンチです!
「・・・へぇ。楽しそうですね・・・父上は、ご存知で・・・?」
だんだんと、むすこの周りの温度が下がっていくのを感じて慌ててしまう。
なんだ、この、無言の威圧感は!!!
びしびしと刺さる目線が物騒だ。物騒だよ、コウ!!!
わ、やだな、血筋?これってやっぱし、血筋?怒った顔がオウランそっくりっ!!!
「え、ほ、ほら、オシノビだからね、知らせちゃオシノビにならないじゃ・・・わあ!ごめん!ごめんね、コウ!」
平謝りの女(王妃)とその前で不機嫌満開で怒っている(しかし無表情)皇子を、学校の生徒達が遠巻きに興味深そうに見ていた。
「・・・まったく!城を抜け出して、こんな格好でうろつく王妃がどこにいる!」
自覚が足りん!と怒り心頭の皇子様の前で、縮こまる女(黒髪はきっちり結い上げて隠しているチヒロ)は、三人の子持ちとは到底見えない可憐さだ。ちなみにただ今、二十八・・・。夏が来れば二十九なのだが・・・精霊の加護のせいかどう見ても十八のころと変わらない。(頭の中も!)
変わらぬ美貌に、貴族の奥方様からは、何か秘訣があるのでは!と勘ぐられ、持ち物の一つまでストーキングされる始末。
最近では応対が面倒になったオウランが「巫女姫の化粧品」を、売り出せば。
大枚と化して懐に戻ってくる始末・・・。
そりゃもう、土の国の国庫は潤う、うはうはだ。
ちなみに売った化粧品は・・・米ぬかをベースにしたクレンジングにパック。
酒を使った化粧水、乳液。ヘチマ化粧水に、乳液。オリーブオイル・・・。いずれも、土の国の技術さんの汗と涙の結晶だ。
大体、グリセリンってなに?ってとこからのスタートだったのだから!
さらに温泉美肌効果も相まって、いまや土の国は、女性が行きたい国ナンバーワン。
美食家を唸らせる料理の数々もあって、男性だって行きたい国ナンバーワンだ。
不動の人気を誇るアイスクリームに、最近開発されたレアチーズケーキ!生クリームたっぷりのロールケーキに、タルトにパイ。
乳製品をふんだんに使った料理のレパートリーはほかの国の追随を許さない。
そして・・・。
巫女姫が泣いて喜んだと言う、魅惑のおでん。
さらに柿のような外見で、艶やかなのに煮ればほくほくの【なんちゃってジャガイモ】の存在は大きい。
今まではせいぜい煮て食べていたものが、これほどの変化をもたらすなんてこの世界の人間には考え付かなかった。
巫女姫は、薄くスライスして油でかりっと揚げて見せた。
軽く塩を振り、食べた時のあの!衝撃。ポテトチップスは偉大だ。
それから蒸し上げて潰しひき肉と混ぜてさらにフライにした・・・コロッケ。
巫女姫が作り出すものはいつも。
美味で、不思議。
・・・それはさておき。
「う。だって、さ・・・。リンの初登校だよ、心配じゃない・・・」
巫女姫兼王妃は縮こまった。息子の目にも、可愛らしく見えて、困ってしまう。
(だが、流されるな俺!)
入学式は昨日。
今日より一人で登校のスズランを守るべく、コウランは元より、スイラン。さらに!木の守護殿と闇の剣も同行中なのだ!
不届きものが近寄ることは土台無理!
なのに、自分の立場を顧みず、この人はあああっ!!!
大体止めても学校に来ているのだ。研究熱心な学生を見極めて引き抜くため、だと知ってはいるが・・・。こうも頻繁だと胃痛を呼ぶ。
今日から一人(・・・と言うか、みどりちゃんとエルレアに付いて貰って。周りを警備警護の騎士が固めている状態だった!)で学校へ行くスズランを前に、チヒロは感慨深く感じていた。
ちっちゃかったリン。頼りない風情の彼女が、一人で学校へ行くという・・・。
後姿を微笑ましく、しかしどこか寂しく見つめて。
見送った。背中が小さくなって、視界から消え去って、消え去っても尚。
心配で。
心配で心配だったので、その、その・・・。
こっそり後をつけて、気がついたら学校に来ちゃいました!えへ。
その言葉に、眉をぴくりと動かしたコウラン。
濃茶の瞳が憤りに煌く。
「リンは大丈夫です。私とスイが居るのですから。おかしなヤツなど近寄らせません」
大体、守護殿と、闇の手に委ねておきながら、様子を見に来るなどと、彼らに知れたらどう弁明なさるおつもりで?しかも、おひとりで・・・。父上にばれたら、ただじゃすまないでしょうね・・・。
「ああう・・・」
ぐうの音も出ないチヒロは返答に困ってしまった。
うんじゃあ、帰るね・・・、と俯いてすごすごと帰ろうとした女の後姿に。
息子皇子はそっけなく、そっぽを向きながら呟いた。
「・・・ですが、ここで一人帰せば、父にお叱りを受けるのは私のほうです。終業まで、付き合っていただきますよ、母上」
がばっと振り返ったチヒロの顔が見る見る明るくなっていく。
きらきらした月の色が大きく見開かれて、嬉しそうに弧を描いた。
「・・・ありがとう、コウ!」
ふん、とそっぽを向いたコウランの耳がほんのり赤くなっているのに、気がついて、さらに眼を細めたチヒロであった。
「しかし、一人でなんて、危険極まりない・・・」
とのコウランの真っ当な呟きに。
「え。大丈夫だよ。コウの時も、スイの時も、何も起こんなかったよ?」
素で返した巫女姫。
軽く衝撃が走り、現実逃避しちゃった、コウラン(十歳)だった。
「・・・・・・母上・・・。私たちの入学の時も後を付けてきたのですか・・・?」
ぷぷぷっと噴出す音がした。
真っ赤な顔のまま目線を動かせば、フィリアが口元を押さえて笑いをこらえていた。
肩が小刻みに震えてかなり苦しそうだ。
「・・・フィリア・・・君も母上を見つけたら、連絡してくれと言っておいたはずだ」
「あ、・・・申し訳ありません。皇子」
「フィリアは悪くないよ?さっき会ったばっかりだもんね!」
「ははうえ・・・」
頭が痛いと言いたげな顔で、苦虫噛み潰しながら、コウランが唸った。
「えとね、お詫びに、今日の夜はカレーね!腕、振るっちゃうからね!」
カレーと聞いて、半眼の眼差しがかっと開いたのを見たチヒロは、にま、と笑った。
うふふ、カレーはコウだぁいすきだもんね!サラダは何が良いかな、マヨネーズ作らなきゃ・・・。と早速献立作成に入った巫女姫。
・・・うん。問題は多々あるがカレーに罪は無い。巫女姫ふたりは一つところにまとめておけば、危険も回避できるはず。
あとは・・・。
「フィリア。何故、私の研究室に来なくなった」
その問いに「ほへ?」と呟いた青い髪の娘。
・・・こいつだ。
せっかく話の合う頭のいいヤツが入学したと思ったのに!
女だった事が弊害をもたらしている事は判っていたが、打てば響く機転の良さに、眼の付け所の意外さに、そして努力を惜しまず失敗を恐れない潔さに、目を奪われたのに。
しかも母がこいつを認めて、技術省に入省させたいと思っているのは間違いない。
学校に来る回数が格段に増えたのだ。・・・本当に母上はわかりやすい。
「・・・まったく、人を振り回して知らん顔のヤツばかりだ・・・」
呟きは、十歳の子供が発するにはやや遣る瀬無いものだった。
「・・・場所を変えます」
そう言って、歩く先で開かれる人垣たち。
居心地悪そうに首をすくめて後に続く一見地味な講師と、さらに地味な少女。
その先に立つ、光に輝く皇子が一人。
まぶしげに見上げて、フィリアは眼を細めた。
眩しくて輝かんばかりのオウジサマ。
頭脳明晰、文武両道、心の通った優しさを兼ね備えた、絵に描いたようなオウジサマ。
そんなオウジサマの隣にはオヒメサマが当然。
並んで立てば絵のような・・・。
【コウラン様の隣に立てるなどと思わないことね】
美しいオヒメサマはそう言ったっけ。
【皇子も巫女姫もお前を買ってはいるみたいだが、それはお前があまりに哀れだからだ。同情を誤解する馬鹿は居ないよな?】
研究室で競う貴族の子弟はそう言って嘲笑った。
判ってる。そんなこと言われなくたって!
昔読んでもらった御伽噺の王道のストーリー、ただし現実は落差がある。
孤児院育ちのみすぼらしい少女は、学べるだけでもありがたいと思っていた。
こんな自分に目をかけてくれる王妃様が居て、忘れずに声をかけてくれて、勉強の相談にも乗ってくれる。
絵に描いたように美しい王妃様の息子は輝かんばかりで、見たらきっと眼がつぶれてしまうのだ。
・・・や。ちょーっと理想的なオウジサマ像からは、かけ離れているような・・・。
無言の威圧感。
存在の重さは時として拷問だ。
でもそんな彼と、研究対象が同じだと知れた去年の事。
私は、貧しい人が受けられる良質な医療のために。
彼は、国民全てを網羅する医療制度を。
出来る範囲で最善の結果を引き出すために。
激論を戦わせたのは記憶に新しい。
「フィリア?」
先に立って歩く巫女姫兼王妃様が、振り返ってにこ、と笑った。
伸ばされる手。その手におずおずと手を乗せて、きゅっと握り合う。
母にすらしてもらったことの無い行為。
その眼差しに、癒されて。
その眼が曇らないようにと、また頑張れる。