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番外編 を 竹馬の恋敵

 ふ。

 と剣のある笑みを見せた、土の国の賢王オウラン・クムヤ・コクロウ陛下は、無表情のまま、言葉もなく手にした書類を微に入り細に入り、粉砕し、念入りに燃やし始めた。

 「・・・我が君・・・」

 傍らのログワの眼差しに怯む事はなく。

 傍らで採決を待っている執務官のびくびくとした態度に気を止めるでもなく。

 燃えカスをぎらぎらとした眼差しで睨みつける。


 ・・・それから、ようやくログワと目を合わせた。

 その茶の瞳が細く嫌悪に歪んだ。ぎりぎりと憤る。

 腹に渦巻く怒りの矛先をどこに向かわせようかとしているようだった。


 「・・・ふざけた話ばかりだ!」

 「御意に」

 やがて吐き出された一言にログワは頷いた。

 ログワとて、オウランの怒りが分かるのだ。

 娘を持つ親なら、一度は必ず罹る不治の病と言って良いだろう。

 「・・・娘馬鹿・・・」

 「何か言ったか、コウラン、スイラン」

 「いいえ。我が君」

 父と言えども執務中は尊敬に値する辣腕の王。

 その側で、一所管の文官として勉学のさなかも修練を怠らない勤勉な皇子は、日々、学校で王宮で連隊で・・・知と儀と武を磨くのに暇がない。

 その父にして施政官の長である国王陛下のこの行い。

 だが、奇行と言っていいわけではない。

 コウランだとて、この手を握り締めていなかったなら、父王より先にその手紙を奪い取り、びりびりに引き裂いて、家畜の餌にしてやるところだったのだから!

 

 「・・・確かにふざけた内容ですね。まだ六歳のリンに嫁に来いと打診してくるなんて・・・しかも相手は、・・・父上よりも年上の・・・ふふ、本当、愚か者・・・」


 腹が立つ。


 「・・・ゲスめ!!!何が、巫女姫をふたりも要する事を隠していたのか、だ!!!隠すだろうが!!!こういう変態が世の中に実在するんだから!!!するか?普通?六歳の幼女に求婚!!!」

 あああ、腹立つッ!!!と頭抱えてスイランが叫べば。

 「・・・そりゃあ、父上は親馬鹿ですけどねぇ・・・、こういうことを正式に国の文書で送りつけてくる馬鹿がいるからでしょう・・・?隠さなかったら、生まれた瞬間に求婚されるか、攫われてるね。・・・父上。この馬鹿、さっさと潰しに行きましょう?」

 こいつの陰茎切り取っておかなきゃ、安心して眠れない。と呟くコウラン。

 笑顔が物騒だ。

 ロリコンを国の代表としているこんなゲスな国、潰しておかなきゃ、母上だってリンだって、安心して眠れないだろう?と笑うスイラン。

 静と動。正反対の皇子二人の反応だが・・・。その憤りは計り知れない。

 ぎりぎりと憤る父子。

 冷静な突込みを仕掛けていたコウランもスイランもやはりオウランの子。

 マザコンでシスコンの二重苦持ちのふたり。

 (知性といい、武芸といい他の者に負けはしない素晴らしい皇子様方なのですが・・・何と申しましょう・・・。妃殿下と妹君に向ける愛情過多が、最近ちょっと残念な感じがいたします・・・)土の国の行く末がものすごく心配なログワだった・・・。


 ・・・馬鹿な文書だが、こうして国に働きかけるのは何も悪いことではない。

 あわよくば利害が一致し、体よく婚約の運びとなることもあるからだ。

 だが、こういった正攻法を取らない国も在る。

 忍び込んで攫っていこうとする力技を仕掛けてくる輩の何と多いことか!

 巫女姫一人の時も大変だったのに。

 も一人増えて、心労はいや増す勢いだった。

 

 「・・・城の警備兵に喝を入れてまいりましょう。何、我が君。彼の者どもは強いですぞ!!妃殿下をお迎えしてから鍛錬時間が格段に延びましたからな!しかも自国の姫君を守ろうとする、騎士道精神に溢れた兵ばかり!!!安らかな眠りを妨げる者などに後れを取ったりしませんぞ」

 「・・・ええ。精霊巫女姫を守るに値する、騎士ですから」

 コウランが父王の目を見て、頷いた。

 スイランが輝く瞳で父王を見上げる。


 巫女姫の騎士。


 この世界の男子たるもの、一度は耳にし、憧れる存在。

 御伽噺で、母親の寝物語で何度も耳にしたその御伽話の主人公が、土の国には実在するのだ。

 ・・・それも、ふたり。


 土の国の騎士にとって彼女達は守らねばならない国の宝。国の花なのだ。


 ・・・手折られていいはずがない。


 「・・・さて、この馬鹿には断りの手紙を準備いたしますぞ。我が君の今の様子じゃ、宣戦布告しそうな勢いですからね・・・」

 そう言って微笑んだログワに、若干のすまなさを感じていたが・・・。


 次に手に取った書簡の内容もまた似たり寄ったりだったため、オウランの不機嫌が爆発した。

 書簡を引き裂き粉々にしながら、一言。


 「・・・だれが、嫁になんか出すもんかっっ!!!」



 *******



 「おやすみなさい。にいさま、とうさま」


 就寝の挨拶に来たスズランににっこりと笑顔を見せて、オウランは頷いた。

 ふっくらとした頬を合わせて、すべすべの肌を感じる、幸せ。

 頬に触れた瑞々しい唇は、チヒロと違う幸福感を与えてくれる。

 チヒロは、唇が触れたら、すべてを攫ってしまいたくなるほどの酩酊感と征服感が生まれる。けれどもリンは、保護欲が胸から全身を走り抜けるのだ。

 愛しい。

 愛しくてたまらない。


 この稀有な存在を。

 政策のために手放すなどありえないという事実が何故、彼らは分からないのだろう・・・?


 

 ********


 さて、遠くはなれた風の国と火の国では。

 土の国の一の姫に求婚した馬鹿のことで話が盛り上がっていた。・・・一方的に扱き下ろされていたが。


 「・・・父上。私を土の国の研究機構に推薦してはもらえないでしょうか?長く国を空けてしまいますが、帰国の際には有意義な研究成果と・・・必ず一の姫を連れて帰って見せます」

 風の国の第一皇子である、ジュノスがそうアレクシスに切り出した。

 自国の研究機関でもその頭角を現しつつあるジュノス。政界、貴族社会に精通する次代を担う皇子として確固たる地位を築き上げていた。

 万全の体制が整ったという事か。とアレクシスは思った。

 カーシャ以外の寵妃がいないアレクシスには、ジュノス以外の皇子も姫もいない。

 後ろ盾は万全の第一皇子だが、係累の長子には男子もいた。対立は表立って在ったわけではなかったが、その長子もなかなかの人物だという・・・。

 だが、先ごろその長子とも腹を割って話しこんだようだ。話を聞く耳を持っていた、かの長子も、噂どおりのやり手だったようだが、どうやら臣下の礼を取らせる事に成功したわけか。

 さりげなくジュノスの後ろに、件の男が付き従っている訳を知ったアレクシスだった。

 「・・・この先何年不在にしても、帰る場所がここにあると言いたげだな?」

 そう揶揄して笑って見せても、息子は動じる事はなかった。

 「ふふ。私が帰る場所はここ以外にございません。慌てて帰らずとも良いように父上には善政を布いていただきたいだけです」

 そう言ってにこりと笑う息子に、頼もしさを垣間見て、ようやくアレクシスは心から笑ったのだ。



 「父上。俺を土の国の神殿騎士に推薦してくれないか?」

 そう切り出したのは火の国の第一皇子シェラだった。

 火の精そのものの色合いを生まれながらに持つ少年は真剣な眼差しで父王を見た。

 「・・・なぜ?」

 「・・・土の国の一の姫に不埒な行いを仕掛ける奴が後を立たないって聞いた。・・・精霊巫女姫を守るのが騎士として男としてあるべき姿のはず。この国でじっとしてなどいられない、と母上に言ったら・・・」

 言ったのか。とシャラは頭を抱えたくなった。

 「父上。俺に精霊巫女姫を守らせてくれ」

 「・・・かりにも一国の皇子が、他国の姫に膝を屈するつもりか?」

 それも、次代を担う者が、だ。示しはどうする。

 「太陽と月の巫女に忠誠を捧げてどこが悪い?・・・それにもちろん、膝を屈するだけのつもりじゃない。・・・帰国の際には連れて帰る」

 誰を、とも言わずに言い切った息子を、シャラは見た。

 紅い瞳。真剣な眼差し、意思のこもった眼。

 「・・・まあ、母上には、チヒロさまも一緒に連れて来いと言われたけどなぁ・・・」

 「それやったら、外交問題」

 シャラは頭抱えて唸りたくなった。

 今だってイザハヤが正妃にならないのは、いつかシャラがチヒロを正妃に迎えるためだ、と言って憚らない。

 まあ、それだけではないのだろうが。

 「本当にお前達母子は・・・」

 太陽と月の巫女姫が一番で、それ以上もそれ以下もないのだ。

 もしかして皇子とその生母という立場すら、巫女姫に近寄れる特権くらいにしか考えてないのかもしれない・・・。

 けれども文武に優れた逸物になることは間違いない、この息子。

 母親譲りの、その溢れんばかりの敬愛精神には頭が下がる。


 ・・・自国において、最早シェラの邪魔をするものはいないからなぁ・・・。


 昔はそれはそれはうるさかった。


 毎日、毎日空きもせず、子供のけんかを仕掛けてきた低俗な貴族達。


 ・・・母の出自がなんだ。

 あの頃、シェラはそう思っていた。

 ・・・身体でおとしたって?それがどうした。

 大体身体で落とせるのなら、母上より良い女は五万といる。

 母上の身体で落とせたのなら、どうして貴様の母上は父上を落とせなかったのかな?

 それほどぶすには見えないけど。・・・ああ。父上の大嫌いな「お貴族さま」だったからかな・・・?

 そう言って嘲笑ってやれば、大概の貴族の馬鹿息子は真っ赤になって殴りかかってきて。

 ・・・返り討ちにしてやれば、みっともなく父王に泣きついた。

 そんな時頭を下げている母上の姿が、可哀想で悔しかった。

 どうして父上は手を差し伸べてくれないのだろう、と思っていた。

 その頃の俺は、認知はされていても王の庶子扱いで、立場はとても不安定だった。

 何の後ろ盾もない母と、圧倒的な力を放つ父と。

 母は、そんな俺に生きるための術を叩き込んでくれた。

 あるとき一人、森の中に入ったときのことだ。

 刺客に襲われた。

 俺が死ねば、得をする奴がいることは知っていた。

 父上は俺以外の子供がなかったから。でもだからってはいそうですか、と死んでなんかやらない。そう思って奮闘した。

 俺は母上に教わったとおりに、刺客の隙を付き、その大人達を返り討ちにした。

 接戦のさなか、頭の中に響いた声に、訳もわからず応えたら・・・鳳凰が顕現して大慌てもした。

 奴らを蹴散らし終えて、小さくなった鳳凰を肩に乗っけて王城に帰ったときは、流石の母上も真っ青になって、震えていた。

 どうも二日ばかり留守にしていたらしい。

 でもその時父上は、にっと笑ったんだ。

 「何人いた?」

 「十人」

 「・・・少ないな。俺がお前ぐらいの時は二十人は相手をしたぞ」

 だが、これで決まったな。と父王が言って、周りを見渡した。


 その時気がついた。


 周りの貴族と言われる人達が跪いていたのだ。

 ・・・俺に対して。


 「・・・な・に・・・」

 「精進せよ、シェラ。このシャザクスの未来はお前の双肩にある。炎従えし我が息子よ、火の国の未来をお前に託す」


 今このときより、第一皇子と認め、次代を担う王位継承者と制定する!


 「な・・・」

 「つまり、施政者として合格だ。という事だ。明日から大変だぞ。帝王学とか、政治学とか、統治学とか・・・「ま・・・待ってっ・・・」精霊巫女姫の落とし方とか・・・」

 ぅえっ?と眼を見開いた俺の前で、父王の紅い瞳が優しく微笑んだ。

 「火の国の王位継承者第一位なら、会えるぞ。・・・会いたくはないか?精霊巫女姫に」


 そういわれてがくがく頷いたのは、五歳の頃だったか?

 そしてその言葉どおり、その年初めて精霊巫女姫にお会いしたんだ・・・綺麗だった。

 優しく微笑んでくれて噂のチーズケーキをご馳走になった。


 精進に精進を重ね、鍛錬を怠らず文武に渡って磨きをかけた。

 少年は信念の元に成長する。



 ******



 ・・・他の誰にも負けはしないと自負している。


 たとえ、「風」の国の皇子が相手でも。

 たとえ、「火」の国の皇子が相手でも。


 誰にも譲れない未来があるんだ。

 手繰り寄せて、掴みたい絆があるんだ。

 思い叶えたくて、身悶えするほどの願い。

 待っていて。今君の元に行く。

 待っていて。誰にもその心渡さないで。


 少年ふたりが見据える先は・・・未来。

 


乗り込んでいきます・・・。

オウラン、は○ないでね・・・。

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