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番外編 る さくら咲く

 この時期になると無償に見たい景色がある。

 さくら、は。

 きっと特別な花木。


 中庭の一角に植えてある木に水をやりながら、嬉しそうに楽しそうに笑っている。

 それから、木と水と土の精霊殿に一生懸命お願いしている。

 気合と根性。が心情の、姫巫女兼お后様は、今日も元気だ。



 **************


 

 チヒロの眼前には見渡す限り見事な色合いの。・・・大豆畑。

 若いみどりが風にそよぎ、肥沃な大地を彩っている。

 「白い花が咲いてね、実が若いうちは、茹でて枝豆にするんだよ! それからは、鞘が乾くまで畑で育てて、完全に乾燥したら収穫するの。味噌、醤油にするには、米麹をちゃんと作れるようになってからだから、もう二、三年くらいは、増産させる為に種としておいて置こう?」

 そうチヒロが言ったのはもう五年も前だったか?

 チヒロの御尊父、御母堂が持参した種の中にあった、大豆は、大切に栽培されて収穫を繰り返し、もうそろそろ、本格的な味噌、醤油の醸造作業に取り掛かれる収穫量を見込んでいた。

 米麹の分析も終わり、この土地でとれる穀物で麹を作ることにも成功した。

 後は、味噌、醤油を作るだけだ。

 チヒロがわくわくしているのが手に取るように分かる。



 土の国はもともと農耕地が多いが、チヒロが来てからこっち、精霊の恵み深い、農作物の豊富な土地になった。

 日照りも天災もなく、種をまけば豊作が、まるで約束されたかのように起こる。

 余った作物は、一つ一つ、丁寧に梱包され、徹底した品質管理の下、他国へ輸出される。

 さらに過剰な農作物は加工して、付加価値をつけて輸出されるようにもなった。

 以前は、廃棄処分になっていたものが、だ。

 ガラスの瓶に詰められた、果物のジャム。酢漬けの野菜。塩漬けの野菜。

 肉をスモークした(燻製、と言う言葉を初めて知った)ビーフジャーキーは、単なる干し肉と違って希少価値が高いものと各国に認識された。作り方を聞かれても、話す気はないがな!

 チヒロの知恵は土の国を潤し、国力高揚に役立っている。


 彼女の知識はこの国だけに収まらなかった。


 水の国を潤した、乳製品と木製玩具。

 風の国を潤した、ハチミツ。

 木の国で採取さかんな、ギギの樹液。

 火の国を潤した黄金の水。


 巫女姫の恵みは、他国の垂涎の的となり、チヒロの知識を覚えようと各国から知恵者が集まるようになり、技術立国すらできるレベルにまでなった。


 好奇心の赴くままに行動する君。だが、流石に、この世界にない植物を栽培するという事で、いろんな弊害があった。まずは、生態系の破壊に繋がらないように、厳重に種の管理を行い、栽培するにあたって選んだ場所が。


 ・・・城の後方に広大に広がる畑だった。

 

 日々植物の世話を焼いているチヒロの姿が執務室の窓から見えて嬉しいのは内緒だ。

 そんな愛しい妻の生態を、仕事の合間に見つめるのも日課になりつつある。



 *******



 「お花見?」

 「うん!」

 チヒロがにこにこしながら頷いた。

 チヒロの胸の辺りに頭の天辺が来るスズランも一緒にこくこくと頷いている。

 期待に満ちた、月色の瞳が四つ。

 きらきらきらきらと・・・これは、あれか、新手の脅迫か・・・?速攻で「不可」を突きつけようとしたのに! 

 目を逸らせ、俺! 逸らさないと、大変なことになる! 

 ・・・ああ、リン!そんな、つぶらな瞳で、見るな!!!

 「父上ぇぇ」

 袖を引くな!

 「オウラン、ねえ、オウラーン」

 こ・・・こらっ! 体を押し付けるなあっ!!!

 ・・・あああ、くそっ!!!


 「・・・概要を示せ。どのような催し物か、理解しないと、許可などできん」


 ログワの目線と、コウランの視線が生温かった・・・。


 ぽそりと、ああ言うのをヘタレって言うんだよね、とスイランが呟いたのを聞いた。あとで締める。


 「わーい!」

 「わーい!」

 母子で飛び上がって喜んでいるのだが、なんだろう、この、敗北感は・・・。


 だが、滅多に物をねだらない、二人の願いだ。叶えてやらずに何とする。

 

 そう思って、提出された「お花見プラン」を読み進むうちに。

 ああ、うん。

 「早まった」と思った・・・。


 なんだこれ!

 「土の国における、お花見のススメ」と題された、(間違いなく)チヒロの直筆の書類には。


 「王城の中庭で、その日だけは、来るもの拒まず」

 「咲き誇る花を愛でつつ」

 「お弁当を食べて」

 「お団子を食べて」

 「皆で歌って、踊り明かす」


 ・・・だんごってなんだ・・・?


 いや、この際それは良い!

 王城!しかも、来る者拒まずだと・・・?

 ・・・来るぞ。絶対。

 あれとか、あれとか、あれとか、あれとか。

 警備はどうするんだ?

 「人攫い」に対する報復攻撃はOKだよな!?

 他国の手だれが紛れ込まないとも限らん。


 これは無理だ。そう言って諦めさせようと思ったが。


 ・・・チヒロとスズランの嬉しそうな顔を見て、腹を決めた。


 ・・・・・・うん。

 まあ、あれだ。リンのお披露目もしたことだし。

 各国への牽制もこめて。

 自軍の熟練度を確かめる良い機会を与えられたと考えるか・・・。


 だが、花?

 「花なんか、あったか?」

 鑑賞するに足りる大輪の花は、王城の中庭ではなく、温室にあるはずだ。

 中庭を思い浮かべて、ああ。と思った。

 「・・・あの、木か」

 チヒロが精霊達にお願いしてまで、管理している木は中庭の中央。ひっそりとあった。

 確かに、芽が膨らんで紅くなっていたが、花が咲くというのか?

 「今年は花開くって、みどりちゃんが、太鼓判押してくれたの!」

 淡いピンクの花が咲くんだよ。

 花の下で、お弁当を食べるの。とても、とても、綺麗なの。

 私のいた世界では、春の花だったんだ・・・。

 きらきらと、笑顔。

 

 「・・・それは、また斬新なピクニックだな・・・だが、春の訪れは、悪くない」

 花を愛でつつ政策について論争すれば、良い結果を招き入れる事ができるかも知れんな。

 

 「ログワ。身元のはっきりしている精鋭衛士を選抜せよ。ただし・・・」

 「女子ですな」

 「侍女としてチヒロとリンの側に始終張り付かせる。体術、剣術すべてにおいて傑出した人材を探せ」

 「御意!」

 ログワが足早に去っていくのを見送り、息子二人に向き直る。

 じっと目を見つめて、おもむろに尋ねた。

 「鍛錬は?」

 「「怠りなく」」

 息子二人が簡潔に答える。

 その躍動する体。肌の下の鍛えられた体を見て取って、巫女姫の騎士としての自覚を喜ばしく思った。成長している事が嬉しくも、頼もしい。

 「いいだろう。では、巫女姫を守る許可を与えよう」

 「父上、感謝します」

 「了解!」



 ********



 春の祭典。

 さくらの女神。

 淡いピンクの花を模した、しなやかなドレス。風に揺れる。

 手触りの滑らかな、それに身を包み、花の下にて微笑むは。


 精霊だ。


 黒髪の、月色の、花の精霊のような、ふたりに。


 訪れた民衆は釘付けとなった。


 ・・・約一名は大いに不満だったが。


 「・・・お団子・・・食べたいのに・・・」


 客寄せパンダだ。なにこの、遠巻きに見つめる眼差しはぁっ!!!


 でも傍らのリンが、楽しそうなので、よしとする。さまざまな人と関わって、学んで欲しいのだ。


 世界はとても明るくて、楽しいのだと、知って欲しいのだ。


 私にオウランがいるように、リンにも、鮮烈な印象を与える人が欲しいのだ。


 誰かに求めてもらって。


 誰かに必要だと言ってもらって。


 誰かの、特別な一人に。なってもらいたいのだ。


 「・・・リンのオウジサマは、来てるかな?」

 その呟きに、リンが真っ赤になって俯いた。

 ああ、かわいい。

 我が子ながら可愛いぞ。これはもう、あれですね、ノウサツテキって奴でしょー!

 んふふ。

 笑って、リンの顔を覗き見る。

 真っ赤に熟れた少女の頬は、危ういほどに愛らしい。


 仄かな恋心は、見ていて身悶えするほど、恥ずかしい。


 そんなチヒロの心を知らず、リンの瞳が彼方を捕らえて、開かれた。


 あ、見つけたな。


 チヒロが見守るその場所で、リンの幼い恋の花が、開く音を。


 ・・・チヒロは、耳にした。


 満開のさくらの下で。

 


 

 

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