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番外編 ぬ 桃の節句に先駆けて。3

 五年前の衝撃は今も心に楔をさしている。


 産まれた娘の髪の色に青褪めた。開かれた瞳の色に粟立った。

 喜ばしい出来事が、すぐに、奪われる恐怖に取って代わった。

 子を取り上げた産婆も、女医も、看護士も、今まで見たことの無い在り得ない色だと慌てる始末。

 この世界で、産まれいずる嬰児に、無いはずの色。

 この世界に産まれた嬰児には在り得ない程の、精霊の加護の輝き。


 俺とチヒロの間に生まれた末の娘は、生まれながらに黒い艶やかな髪と月色の蜜の瞳を持っていた。


 まさか。と思った。

 ありえない、と。

 精霊の加護の手厚さはわかる。

 上の息子二人は稀に見る精霊使いになるだろう。それほどの加護を持つ。

 だが、娘は。

 この世界の人間に在り得ない色彩をまとって産まれ出た。

 文字通りの、太陽と月の巫女姫。

 ここ、土の国に、在り得ない事態がおきていた。

 精霊巫女姫が、ふたり。


 楽観する声もあった。

 精霊巫女姫として落とされたチヒロがそう。

 「私って、史上初の完全な太陽と月の巫女なのよね?その私が産んだ娘だもん。在り得ない色彩だって仕方ないじゃない?」

 そう言って、胸に娘を抱いて眼を細めた。

 しかしだ。

 「だからって、そうですか、と言うわけが無いだろう!」

 軽く片手で持ち上げられる嬰児。

 泣き声上げれば気付きもするが、眠っているうちに攫われでもしたら・・・!!!


 そんな怖い考えが頭の中をよぎり、背中を震わせた。


 だから。

 「・・・決めた・・・」

 「何を?」

 「生誕祭は中止だ。幸い、今回は事前に民に知らせなかったし・・・」

 三人目と言うことで安心していたから。民には、お産に関わる情報を出さずにいた。

 「・・・この子は、隠すぞ。攫われてたまるか!」



 この時、誰の顔を思い浮かべていたかって・・・? はっ!聞かずとも判っているだろうに!



 この世界初。

 自然分娩で生まれてきた、太陽と月の巫女。

 それが、スズラン・クムヤ・コクロウである。



 「それから、ずーーーーーっとオウランが隠しに隠した結果、オウランの娘じゃないんじゃないか!なんて考えに至ったのよ? もー、だから言ったでしょ! 隠すにも程がある!って!! もう五歳だし!精霊もついててくれてるし!!

 だから、発表して!実はこんなに可愛い娘がいました!あんまり可愛いので、誘拐の恐怖に怯えて隠してました!って言えばいいの! 民も納得の可愛さなんだからいいでしょ!」

 と、ナンダソレ。なことを叫ぶ妻の剣幕に、押されぎみのオウラン。

 だがしかし。過保護な親馬鹿ちちは負けじと叫んだ。

 「馬鹿か!こんなに可愛いんだぞ!髪なんか、お前に似てつやつやのさらっさら!目なんかしゃぶりたくなるくらいなのに!外に出したら、一分で攫われる!」

 「しゃ・・・へ・・・変態!」

 なぜか(まー、判るな・・・)真っ赤になったチヒロが身を震わせて声を上げた。

 「ばっ・・・馬鹿!ほんとにしゃぶるわけ無いだろう!比喩だ比喩!ってーか、それくらい可愛いんだぞ!他の野郎どもに見せたら!即孕ませ(ぼふっ)!わっ!(ばふっ)こ、こらっ!!」

 (すごい形相でクッションを叩きつけてくるチヒロとの攻防により、いったん中継をお返しします)


 「お~~~~。押してるぞ。母上が・・・」

 「・・・父上、もう少し言葉を選べ・・・(真っ赤)」

 「ハラませ??って何?」

 スズランが傍らのみどりちゃんにお伺いを立てるも、みどりちゃん、知らん振り。

 しかし微妙に尻尾が喜んでいる模様・・・。

 しかし、子供達、この状況を楽しんでいた。

 ・・・だって仲がいいなあ、と思うのだ。ああいうのをラブラブっていうんだよ。なんて、兄ふたりに教え込まれて、頷く素直な妹。・・・なんかズレてねえ?さすがチヒロの子だ!と褒めるべき?



 ・・・まあ、そんなこんなで、(チヒロが勝って)生誕祭が執り行われることになった。

 弥生三月。

 「桃の節句」を、土の国の祝日にしようという事にもなった。

 親ばかもここに窮まれり。

 だが、聞き捨てなら無い事柄が!

 「・・・風と火の王子ふたりに、リン名義で正式な招待状を贈った・・・と・・・?」

 「うん!いい子達だったよ?さすが、カーシャさんの子よね!ジュノス君は礼儀正しいし、シャラ様のとこの、シェラ君もイザハヤに似て精悍な顔立ちで、活発な腕白坊主って感じで・・・? オウラン?もしもーし」

 なんか、踏んではいけなかった地雷を踏んだ事にチヒロは気付いていなかった。

 くろーいオーラがにじり寄ってくる!寒い!寒いってば!

 「・・・オシオキ決定だな」

 「!!!な、なななんでええっ!!!」

 「お前達が俺達にとってどういう存在か。たっぷり、じっくり、身体に教え込まなければ・・・」

 ・・・ご愁傷様・・・。



 ***********************



 んでもって、三月三日。

 「コクロウ国・第一皇女。スズラン・クムヤ・コクロウだ。今日で五歳!」

 オウランの声に迎えられ、歩み出た少女の麗しさに、居並ぶ者どもが腑抜けになったのは言うまでもない。

 「お、畏れながら・・・王。髪の色は染めておられるので・・・?」

 「なわけがあるか」

 「お・・・王・・・。姫様の目の色が・・・」

 「生まれつきだ」

 憮然と切って捨てていくオウランの黒いオーラに、周りもようやく理解した。

 理解せざるを得なかった。

 「・・・そ、それでは・・・姫は・・・」

 「・・・太陽と月の巫女。だ」


 一瞬の静まりの後、上がった悲鳴とも、驚嘆とも、羨望ともつかぬ声。だが、それがこの世界の常識だった。


 溜息と共に広間を見渡す。端々に配置した精鋭たちの姿に目を配り、更に気を引き締める。

 ・・・チヒロは知らぬのだ。この子の存在が、他国にどのような衝撃を、動揺を与えているのか。

 手に入れたいと願い、手に入れた愛しい妻。

 あのときの自分と同じ目線で、欲望で、この子を見ている輩のなんと多いことか!

 傍らのログワに目を向け合図する。ログワは目を見たままに軽く礼を取った。万端という事か。と確認し、更に精霊に願いたてる。

 ・・・どうか。事が済むまでこの子を守ってくれ。



 *********************

 

 

 あの髪に触れたい。と思う。


 あの瞳に映した自分を至近距離でみてみたい。とも。


 あの腕に触れて、あの腰を支え、あの声を耳にできたなら。

 

 捜していたものに出会った気がしたんだ。


 あの時触れた君の掌。

 はにかんで微笑んだ君の笑顔。

 鈴の鳴るような声。その名を持つ君。

 名を呼んで。

 君の名を呼ぶから。

 名を呼んで欲しい。

 「僕」「俺」の。

 名前、を。


 「「スズラン」」


 「お誕生日おめでとう。風の国の花だよ」

 淡い色彩で彩られた、可憐な花束。

 「お誕生日おめでとう。火の国の花だ」

 鮮烈な色彩に彩られた、燃えるような花束。


 「ジュノ・ス、さま。シェラ、さま」

 

 小さな少女の腕の中に、色彩の違う花束が二つ。

 それを見て。

 少年二人は目を合わせた。

 見えない火花が走ったのに気付く者は少ない。

 

 「ジュノ、でいいですよ」

 銀の髪、金の瞳の少年がその端正な顔にゆっくりと微笑を乗せる。心からの笑みだった。

 少女に会えて嬉しい、と。心からそう思っていると判る微笑みだった。

 自国ではアレクシスと寵姫カーシャの良いところを受け継いで生まれてきたと言われる、美貌の少年。齢十にして、父王とカーシャの教育により、文武はもちろん、政治にも頭角を表しつつある。

 幼い時より、自国の清濁を見てきた彼にとって、こんな微笑みは公の場では表さない。

 なぜならそこは駆け引きの場だから。

 隙を突いて引きずり落とす、生き馬の目を抜くそこでは見せない、微笑を、少年は少女の前では表していた。

 それを遠めに見詰めて頷いたのは、アレクシス。


 意味深な眼差しをオウランに向けてにっと笑った。・・・オウラン、しらんぷり。


 

 深紅の髪、深紅の瞳。褐色の肌。まるで炎の化身として生まれ出たと言われる、躍動感溢れる少年の、お日様のような笑顔が少女に向けられた。

 シャラとイザハヤの間に生まれた王子は、身分低い母の並々ならぬ努力の末、齢九つにして敵無しの文武に優れた少年だ。しかも彼は寝物語で母に「姫を守るのが男の道」と説かれている。最早これは洗脳状態。太陽と月の巫女に忠誠を誓い、夫よりチヒロを選ぶイザハヤにとって(泣いて良い?)、チヒロの側を離れた後の精神安定の為でもあったが・・・。シェラにとって、巫女姫こそ命!その巫女姫が、こんな可憐な少女なのだ。母の言いつけを守る事を厭うはずがなかった。

 この少女を守るのだ。守りきってその先の未来までずっと。

 一緒にいたい、と少年は思った。だから、手を伸ばす。

 少女に向けて、未来に向けて。


 そんな息子の姿を、どこか嬉しく見つめていたシャラは、オウランに目を向けて、にっと笑う。

 覚悟しろ。今度こそ、少女は火の国のものだ!そう思いを込めて。

 ・・・でも、やっぱり、オウランしらんぷり。


 「挨拶は終わったな?贈り物も貰った!リン!こっちにおいで」

 コウランがリン(スズラン)を呼んだ。

 「リン!母上のケーキだ!」

 スイランがリン(スズラン)を呼ぶ。

 それに、怪訝な顔で、ジュノスが呟く。

 「・・・前も、リン、と呼ばれていましたね?」

 「えと。かあさま、が・・・。コウは光。スイは翡翠のスイ。で、スズだから、リンだねって・・・」

 だから、愛称はリンなのだと、少女が言った。

 「・・・そう。では、僕もリンと呼んでも?」

 銀の少年が囁くように耳元で言葉を落とす。

 「・・・そうか。じゃ、リンって呼んで良い?」

 深紅の少年がそう言った。

 「・・・はい! え、と。にいさまたちが呼んでいるので、失礼いたしますね?・・・シェラさま、ジュノさま」

 そのふたりに、はにかんだ微笑を返した黒の少女は、礼を取り、ドレスの裾を翻して、走り去る。

 それをしばし見送った少年二人。


 花の香りの中にどこか甘く芳しい、幸せな香りをかいだ。

 ひらり、ふわり、と舞い落ちる花弁をそっと掌に落とし、握りしめる。

 そのままで。

 未来を、掴むのだ。・・・そう思った。



 *********************



 知らん振りしてたオウランはひとまずほっと息をつく。

 リンを巡り渦巻いていた各国の思惑も、あの一こまを見たせいで薄れていくのが判った。

 いまだ大国として名高い風の国の次期王と、火の鳥のように復興を果たした火の国の次期王。

 彼らふたりが礼を取り、彼らふたりに微笑んだ少女の姿は、絵画のようで。

 太刀打ちできない、割り込めない。

 そう思い知ったのだろう。オウランは一人納得した。

 それから、険呑な眼差しを隠そうともせずにらみ合っているふたりの次期と。

 それを遠くから睨んでいる、自分の息子ふたり。

 それを見て頭を抱えたくなった。・・・のは、内緒である。

 

ジュノス・・・幼いのに、黒いものが垣間見えます。将来腹黒は決定事項。

シェラ・・・筋肉馬鹿じゃナイヨ。

コウラン・・・妹命の頭脳派。

スイラン・・・上に同じく。

 そんで最強親馬鹿。だれって、そりゃあ・・・。

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