番外編 り 桃の節句に先駆けて。2
土の国に、秘めた姫君がいる。
それは誠しやかに囁かれた、おはなし。
でもそれはまさかであり、ありえないお話。なぜなら、生誕の祝いが成されなかったのだ。
王太子であるコウランと、次男であるスイランが産まれたときは、国を挙げ盛大に催したのに。
姫が生まれた、とは、誰も知らない。
秘された存在の・・・けれども、ずっと噂されていた、姫君のお話。
そう、その発端は。
二年前に王立学園に張り出された王太子による「文書」。
「事実か!」
そう叫んだのは、風の国の王・アレクシス。
「やっぱりな!」
そう笑ったのは、火の国の王・シャラ。
そしてふたりは、叶わなかった事柄を次代に託すべく動き出す。息子を抱き上げ鷹揚と微笑み。
「お前の姫に会いに行こう」
宣言した。
*************************
「・・・何しに来た。チヒロは精進潔斎中だ。神殿からは一歩も外へは出られんぞ」
真っ黒な威圧感をただ漏れにさせるオウランの前で、ニコヤカにその黒いものを叩き切るふたり。
アレクシスとシャラを前に、オウランは苦いものを噛み潰した顔を隠しもせず言い放った。
「・・・警戒中ですか。まあ、チヒロに会えないのは悲しいですが・・・いえね。小耳に挟んだ事柄が在るんですよ・・・」
「「貴殿、五歳になる姫を隠しているらしいな(ですね)」」
その言葉にことさらニコヤカに微笑んだオウランは。
「ガセだ。お帰りいただこうか」
そう、うそぶく。
しかし。
くろーいものがただ漏れのその部屋の、温度は否応無しに下がっていく・・・。
と。
「ああ、いけない・・・」
と、アレクシスが呟いた。
シャラも、わざとらしく周りを見渡し、「ああ、しまった」と呟いて見せた。
「さっきまでそこにいたのに、うちの子が迷子になったようだ。見つかるまで、待たせてもらうよ。何、子供のことだ。探検と洒落こんでいるのだろう・・・」
そうアレクシスが眼を細めて言えば。
「あー。家の坊主も冒険に行ったみたいだな。俺も、ここで待たせてもらうぞ?」
シャラも、挑発的な笑みを見せた。
「・・・子供?」
いたのか?と自問して、オウランは身を翻した。
「怪我でもされたら外交問題だ。すぐに捜しだす」
そういうオウランに、応用に笑う二人。
「心配ないぞ。外敵は自分で排除できるよう躾けてある。俺の息子は強いぞ!知に優れ、理に溢れ、体を心得ている!姫君の、王子に相応しいと自負するが、どうだ?」
とシャラがオウランに迫れば、アレクシスも負けじと売り込みに走る。
「私の息子は、穏やかで、知性と理性を兼ね備えた逸物になりますよ?かなり、お買い得だと思いますが?」
振り返りざま、オウランはことさら丁寧に礼を取ると、言い放った。
「何度も言うが、ガセだ。姫はいない」
**********************
うんと遠くへ走るのだ。もっと、もっと、遠く。
風の精霊が後押しをしてくれるから、早く走れる。文字通り、風になって少女は走った。
水の精霊が、木の精霊が、火の精霊が、土の精霊が、少女を隠すのを手伝ってくれる。
・・・でも、そうしたって、にいさまたちはすぐに見つけてしまうけど。
父さまも母さまも私の気配を探すのは得意だと言っていたけど。
泣いているのを知られたくない。
こんなふうに泣くのはもう此れきりにしたいのに。
「・・・ぅ・・・ふぇ・・・」
なんでかな。
なんで私は居ない者にされるのかな。
にいさまたちは、民に誕生を知らされたって言うのに、いまだに隠されたまんまの私。
わたし、わたし・・・。
とうさまの、こどもじゃ、ないの・・・かな?
走って走って、転んで。そのまま地面に顔を埋めて、身を投げ出していたら。
「見つけた。私の可愛いお姫様」
かあさまの声が、した。
抱っこされて、背中をとんとんされる。かあさまの甘い香りに包まれて、ぎゅっとする。
かあさまの髪。黒くて艶やか。
かあさまの瞳。とろりと蜜の色。
・・・かあさまと同じ色の髪と瞳は嫌いじゃないの。
私もこの色は大好きで、にいさまもとうさまも綺麗だよって褒めてくれる。
かあさまと同じ色に安心して、だからこそ怖くなる。
にいさまたちはとうさまと同じ色合いなのに、私だけ。・・・違う。
だから、不安。
「泣かないで。甘い蜜に引き寄せられて集まってきちゃうよ・・・ほぅら」
森の獣達が周りを囲んでいた。
獣達は皆心配そうにこちらを見ている。
精霊達も周りを一斉に囲んでいる。
かあさまの周りで風の精霊が何か言った様だ。それに頷いて、かあさまが困ったように微笑んだ。
「とうさまたちのお話を聞いていたの?立ち聞きはいけないよ?・・・でも、とうさまの言葉にショックを受けたのね?姫はいないなんて言ったのね・・・オウランったら」
えぐえぐする私に微笑んで、抱きこむと、ゆらゆら揺らしてくれる。
「んん・・・。なんて言ったら良いのかなぁ・・・。とうさまはね、あなたを守りたいのよ。見つかったら、頭から食われてしまうって思い込んでるもんね。守らなきゃ、隠さなきゃって思って、それを実践しているの。あなたが大事でたまらないのよ。だって、パパだもん」
「・・・でも、色違うの・・・とうさま、とちがう・・・」
「あら。この色は嫌い?」
かあさまが髪を揺らすのに慌てて首を振った。嫌いじゃない!嫌いなはずない!
ただ・・・、隠されている事実が、厚意であっても、存在を否定されるのが嫌なだけ。
「わ、私、本当に・・・とうさまの子?」
「まぁ!そんな事考えてたの?(だから止めてっていったのに、オウランが聞かないから!こんなに気に病んじゃうんだわ!)大丈夫よリンは、パパとママの子よ。愛しすぎちゃって、外に出せなくなっちゃったのよぅ。リンの色はママと同じでしょう?これはね、精霊巫女姫の色なの。どこの国も欲しがってるの。見つかったら、攫われちゃうのよ。だから、存在を隠すことにしたんだけど、ごめんね、やりすぎちゃったね・・・」
そう言って少し考えていたかあさまは。ぐんっと顔を上げるとこう言った。
「うう、もうママに任せなさーい!パパをとっちめて、盛大にお誕生会をしましょうねー!そうよ、もうすぐ、五歳なんだから!いい加減隠れるのも限界よー!!!」
「わぁ!」
その言葉に花が綻ぶように、少女が笑った。ほら、こんなに簡単。
泣いてたカラスを笑わすなんて、ほんの少しの、思いやりで十分なのに!
なのに、なのに、心配性の男性陣めぇぇぇぇっ!!!
子供の気持ちを考えてモノを言え!
行動しろ!
・・・実際、この子を隠すのは仕方がないとは思うけど、いい加減にしないと、この子が壊れちゃうぞ!
「ね。誰を呼ぶ?ママ頑張ってケーキ焼いちゃうわ!」
「え、えとね。にいさまと、とうさまと、ログワさんに、ファームさんに、ミゼルさんに。それから・・・狼さんと蛇さんと竜さんと、鳥さんに、竜巻さん」
うわーうわー、あと誰が良いかなぁ?
にこにこ笑顔で、黒髪の貴婦人に抱かれている少女。
その少女の目の前に、風に乗って花弁が舞い落ちてくる。
「・・・こんにちは。楽しそうですね?精霊巫女姫様、僕も混ざりたいな」
銀の髪に金の瞳の少年・・・というにはやや大人びている・・・端正な顔立ちの男の子が声をかけた。にっこりと微笑む。
「あら。アレクシス様のとこの・・・」
「ええ。ジュノス・シエナ・シェンランです。小さい姫君、ジュノとお呼び下さいね」
完璧な礼を取り、リンの手を取りその甲に口づけようとした時。
小さな、風が巻き起こった。
「・・・僕の妹に手を出すな」
「・・・無粋だな。君は・・・」
濃茶の髪、濃茶の瞳の・・・第一王子・コウランが阻む。二人しばし睨みあう。
「コウ、喧嘩はダメよ?・・・スイは?」
母の言葉に軽く頷き、それでも尚、目の前の敵(認定)から目を離す愚考はしない。
目で捕えたまま、後方を手で示した。
「あっちでリンを追いかけてた奴らを、縛り上げて、衛兵に渡してる。もう少し警戒しないといけませんよ、母上。母上だって、御身を狙われているんだって理解していただかないと!」
「え。やあだー、コウったら!三人の子持ちを狙う物好きいませんよー!」
けらけら笑う巫女姫からは、遠くはなれた空の下、くしゃみした男がふたり・・・。(悲哀)
「・・・みどりちゃん、だいちゃん、スイの様子は?」
精霊にお伺いを立てる。
・・・もうすぐ、ここへくるぞ。
・・・ん。でもスイだけじゃあ、ないぞ。
「へー。だれかな?」
・・・子供だ。
・・・子供、だな。でも、火の奴が懐いてる・・・。
「リン!」
濃茶の髪、濃茶の瞳の少年が、駆け込んできた。
貴婦人に抱かれている少女を見て、溜めていた力をほうっと抜いていく。
「ああ、良かった・・・。部屋がもぬけの殻で随分焦ったぞ」
少年・スイランは兄・コウランを見、その先に佇む銀色の少年を見た。
すっと目線を細くすがめ、貴婦人の前に、足音も無く身を出した。
銀の少年と濃茶の少年二人が貴婦人を挟んでにらみ合っている。
と。
「おまえ、足が早いな!」
と空から声。見上げれば、鳳凰の背中に一人の少年。
深紅の髪、深紅の瞳の、野生の獣のような。
「お前!着いて来るなって言っただろう!」
スイランが憤りの声を上げるも、少年は鼻で笑って、鳳凰の背中から飛び降りた。
ふわりと着地して見せた、少年は、貴婦人の腕の中の少女を見ると、破願して、見せた。
「こんにちは!俺の名前は、シェラ・クロム・シャザクス!君の友達になりに来たんだ、君の名前は?」
真っ直ぐに差し伸べられた手。
差し伸べられた、その少年の笑顔。
リンは真っ直ぐに自分を見詰められて、びっくりしてしまった。
「え、えと。り・・・いいえ。スズラン・クムヤ・コクロウです。は・・・始めまして」
シェラに負けじと、ジュノスもニコヤカに少女に笑いかけた。
母に抱かれたまま、そっと手を差し伸べる。
今度はコウランも阻まなかった。阻めなかった、のだが。
婦人から手を差し伸べたのだ。手を取ってもらわねば、婦人の恥になる。だが、そんな風習、踏みにじってやりたかったが!
おずおずと、差し出された手を取って、深紅の少年が蜜色の瞳を覗き込む。そしてそのまま。
キスを落とした。
じんと、身体に染み入る感覚。
そっと離されたその手を、今度は銀の少年が手に取った。金の瞳が蜜色の瞳を覗き込み、そっと微笑む。
それから。
そっと、キスをした。
リン・・・スズランの頬が赤く染まる。口づけを落とされた掌を胸元で抱えるようにして押し戴いた。
それを、娘を抱いたまま間近で見ていたチヒロは。
ふふふ。と微笑ましく甘酸っぱい気持ちを楽しんでいた。
後日。風の国と火の国の王子ふたりに、正式に土の国からの一の姫の誕生会の招待状が届く。
「・・・火種を贈って何が楽しいんだ・・・」
とは、オウランの、招待状を贈った後、すこぶる機嫌の良かった妻に対する恨み節。
隠すにも程があるんじゃないかと・・・オウラン・・・親ばか。