番外編 は 三つ巴
「明けましておめでとうございます。って言うの。日本の新年の挨拶ね」
「ほう。寿ぎの言葉には力があるからな、そう言ってやっても良いぞ。かえって喜ぶだろう。土の国では、土の精霊に感謝を込めて、神殿に礼拝し、この年一年の豊作と安寧を祈願するのが常だ」
オウランの言葉にこくこくと頷く。
土の国の新年の祝いの場。土の国の王城に在って、チヒロはオウランに手を取られて歩む。
気を抜くと、優美な長いドレスの裾を踏んでしまうので、慎重に。
重厚な装いに身を包んだ、いかにも王様なオウラン。
大地を表す黒茶の色彩を身にまとう彼と、彼の隣に佇んだ華は、大地に寄り添う可憐な華を模して淡い色彩で、二人揃うと圧巻だった。
見る者たちの羨望の眼差しを一身に受けて、彼らはそこに在った。
居並ぶ貴族、重鎮の年頭の挨拶を次々と受ける。
国王であるオウランは、鷹揚に頷き、チヒロはふわりと微笑を返す。
その微笑に、貴族たちが虜になった。
御前を退く時は名残惜しげにチヒロの長いドレスの裾に、くちづけを願う者まででる始末。
一通りの挨拶が終わるまで椅子に座る事も、何か飲むことも出来ず、改めて王族の厳しさを思い知ったチヒロであった。
「王様って、大変だね」
「・・・?いつもこんなもんだぞ」
「うん。オウランはすごいね」
オウランに促されて、椅子に腰掛け、ほっと一息をついた。
オウランの目配せに、察した近習が飲み物を持ってきてくれる。それを受け取り、微笑みかわす。
「・・・疲れたか?」
「ううん。もっと頑張らなきゃ」
「お前以上に頑張ってる奴はそうおらんぞ」
「そうかな?まだまだでしょう?でも、オウランがそう思ってくれてるなら、うれしいな」
ほんわりと微笑み、頬を染めた横顔が美しい。
速攻攫って、部屋に閉じ込めたくなる衝動を抑えに抑えて、オウランは眉を寄せた。
忌々しい貴族どもめ!
声に出さずに毒ずく。
チヒロの顔を好色そうな輩の眼前に晒すなど、腹が立って堪らない。
ベール・・・。
ふと思い立って傍らのチヒロを見た。
ベールを贈ろう。
そうだ。真っ白な君の心のように清らかな、柔らかい手触りの、ベールを。
表に出さずに居られないのなら、せめてその尊顔を隠してしまおう。大切に、隠して誰にも見せずに、俺だけのものに。
・・・神秘性もまして良いかもしれん。
一人納得して頷くオウランに、小首を傾げて王を見あげる、年若い王妃。
ふたりの仲の睦まじさは、見ている者の心を暖かくしてくれた。
まあ、それだけで終わるはずが無いが。
ざわ。と場が急に慌しくなった。
オウランの瞳に険呑な光が宿る。
それを間近に見てしまったチヒロは。
怨敵退散!とつい、呟いてしまった。
「より良い年になりそうだね」
「寿ぎの言葉を、私も賜りたいですね、姫?」
木の国王と、水の国王。
「へいかああ・・・もーしわけ・・・ありませえええええんんんん・・・」
遠くから、ログワさんの声がか細く聞こえる。彼は、戦い敗れた武将のようにがっくりと地に伏せていた。
「・・・あのログワに土をつけたのか!さすがだな、兄上!リシャール!」
だが、俺とて!
オウラン、気合一発。
砂に形状を変えた堅固な床が、音を立てて崩れ行く。
その中で、チヒロを咄嗟に肩に抱えあげると、砂の中から瞬時に組上げられた階段に足をかけ、オウランがチヒロと駆けていく。
翠の蔦が螺旋を描く。鷹揚とした微笑のセイランが続く。
青龍がうねり、駆け上がる。その竜の背には、リシャール。
三本の柱が螺旋を描きつつ天を登り、やがて、終息の地へ。
そこは、荘厳なつくりの回廊。
精霊の恵み溢れる、神殿の一室だった。
「あの、あの、新春の寿ぎを!」
春の息吹を感じる今日この日くらいは、剣と鉾を下げてくださいと、チヒロが願えば、途端に笑み崩れる年嵩の王ふたり。
溢れる色気を振りまいて、チヒロの手を取り、腰を取る。
その掌を叩き落とす、オウランの腕。
三人の応酬は果てしなく続く。
「姫。今年こそ、水の国に戻ってくださいね?」
と、リシャールが切なげに睫を揺らし、耳元で囁けば。
「チヒロ。新種の野菜を開発したんだ。甘い果実なのだよ。どう加工したら美味しくなるのかと、城の技術どもが頭を抱えていてね」
セイランが腰に来る美声で、脳髄に直接、囁き返す。
やばい。
この声、やばすぎる・・・!
頬が、赤くなり、動悸が激しくなった。
これはまずい!とオウランを見た。
・・・鬼の形相のオウランを見て、一気に冷めた。
覿面だ。
オシオキの成果は偉大。っつーか、サル(並)だって学習するんだよ・・・。
大きく息を吸って、腹に力を入れる。負けるもんか!
「み、水の国へはオウランと一緒に、いつか、参りますね!新種のお野菜は、送って下されば、研究いたします!」
断った・・・。断ったよ、オウラン!褒めて?
訴えかける眼差しも、敵にとっては春風並みの暖かさ、優しさだったらしい。
「ふふ。チヒロはほんとに、かわいいな」
セイランが、隙を突いて口づけた。
(!!!!!)
「ああ、姫・・・。いじらしい、その様が、私をこんなにもかき立てるのですよ?いけない子だ」
リシャールが腰を取って、口の端を合わせ、尚も、交わりを深めていく。
なめずる舌が、その淫猥な蠢きが、背中をあわ立たせる。
(・・・ま、まずいです!腰が、砕けます!ロープ!ロープうううう!!!)
じたばた。
涙目で、唇離して睨み上げても。
敵はうっとりと見つめて来るだけで、一向に、効き目ない!
「オ・・・オウラン!たすけてー!」
新年早々、切れたオウランが戦いの火蓋を切って捨てるまで、あと、3秒。
キスで済んで良かったじゃん。オウラン。
だって、彼ら、孕ませる気満々ですから!