番外編 ろ 愛すくりーむ。
「きょうこそっ!」
と、気合を入れて、彼女は鳳凰の背に飛び乗った。
もぬけの殻になった寝室に、国王陛下の声が響くまでしばし時間がある。
「りゅうちゃん。水の気を探ってくれないかな?絶対あるはずなんだ!山があるなら温泉が!」
水の精霊に水気を探ってもらう。土の精霊にも頼んで、補佐してもらう。
うっそうと茂る木々の中にチヒロは降り立ち、あたりをぐるりと見渡した。
「うーんんん。湯煙ないかな~」
ちまい彼女の目線では、悲しいかな、どこまでも木であったが…。
チヒロ。
と声が指し示したものは。
「ん?だいちゃん、なあに?」
あれ。
「あれ?あれ…れれれ~」
そちらを見たチヒロの顔がにわかに輝き始めた。
「だいちゃんっ!やったっ!!!」
あれは、まさしく。湯煙。
喜び勇んで煙の場まで行ったチヒロは大きく凹んでいた。それはもう、絵文字もびっくりなくらい。
orzの体制で、チヒロは地面にのめりこみそうな気分だった。
「・・・湯気はあるのに、お湯がない~」
えぐえぐしながら、地面をぺしぺし叩く。まるで、映らないテレビを叩く昭和一桁の方のように。
チヒロ?これはだめなのか?
黒蛇が尋ねる。
それに、もう、絶望した顔でチヒロが答えた。がっくしと。
「お湯・・・。お湯がないと、入れない・・・」
お湯?に、入る?お湯なら、少し土を弄れば出て来るぞ。
その言葉に、がばあっと顔を上げたチヒロであった。
で。お湯に入るとはどのような感じなのだ?
そっからかい。
チヒロは説明を始めた。
・・・ふむ。衣を全て脱いで、湯につかるのか。それでは、下手な工作は出来ぬな。チヒロの肌に傷をつけてしまってはいかん。チヒロ。ちと、火の奴を呼んでくれ。
黒蛇の願いに鳳凰を呼び出して、黒蛇にお伺いを立てた。
「んで、なにするの?」
焼く。
「へー。・・・ええええええ?!だ、だめだよ、だいちゃん!山火事になっちゃう!」
大丈夫だ。我が失敗すると思うのか?
「あ。何気に俺様だー。えと、んじゃ、気をつけてね?」
応。まかせておけ!
そのとたん、大地が崩れ落ち、あたりに轟きが走った。崩れる大地。そこを焼いていく炎の赤。
鎮める水。炎に熱せられ、蒸発する水。その熱気。
はぜる土。追う炎。諌める水。
やがて。音はなくなり、静まり返ったその場には。
並々とお湯が讃えられた、天然岩の見事な浴槽が出現していた。
無骨な岩肌だが、その滑らかな様相は、見ただけで分かった。まるで、切り出され、滑らかに磨がれた大理石のような重厚さ。
「え。ええ・・・すごーい!だいちゃん、キュウちゃん、りゅうちゃん!なんてすごい、お風呂でしょー」
うずうずする。
これは、入らずに居られまい。ってか、入らずに居られるかっ!
がばっと威勢良く衣服を剥ごうとして、はっとする。
「え、えと。だいちゃん、りゅうちゃん、キュウちゃん。周りに、人いない?」
いないぞ。
いない。
我らだけだな。
「そっかっ!」
満面の笑みで、いざっと服に手をかけたところで、チヒロの背中に悪寒が走った。
「う。や、やっぱ、止めとく。ごめんね、だいちゃんたちがせっかく作ってくれたのに・・・。んと、帰ってオウランに相談して、建物造ってもらってからにするね・・・」
オウランの怒りの凄まじさは覚えがあるので、ここはひとつ我慢しておこう…と愁傷なつもりで思ったのであった。
はたして。
新婚なのに、政務のせいで、すれ違ってばかりな傷心気味な王様は、妻の申し出に一もにもなく協力した。
湧き出した源泉を囲むように建物を作り、そこへと続く道を作る。
「コクロウ国の首都、リナーレに程近い場所で、温泉があったなんて」
オウランは驚きを隠せずにいたが、傍らの愛しい妻がご機嫌なので、良しとした。
「オウラン、あのね、技術者さんにね、こう、攪拌する機械を作ってもらえないかなー」
「攪拌?」
「うん。冷たくしても大丈夫な素材で、こう、ぐるぐる~って」
「また、今度は何を作り出すんだ?」
「え。ないしょ!」
「好きにしろ。城の技術者達はむしろ、お前の知識を形にする事に命かけているところがあるからな。課題を与えてやれば、喜ぶぞ」
「バターの時みたいに?」
そうだな。と言って、オウランが執務室に入っていく。その後姿に頑張ってね、と手を振ってチヒロは技術室へ歩いていった。
そして。
コクロウ国第一号の温泉が、オープンし、その場所で奇妙なものを売る店もこじんまりとオープンした。
遠巻きに奇妙なものを見る目で、訪れた人たちが凝視するそれ。
白かったり、青かったり、オレンジ色だっり、緑色だったり。
そして何より、その色とりどりの奇妙なものの前で、可愛らしい制服に身を包んだ…間違いでなければ、太陽と月の巫女。目つきの怖い女の人に、優しげな女の子もいた。
ざわざわと声。黒髪。黒髪だ。え、でも、まさか。まさか、ね。でも、月色の瞳だよ…。
そのなかで。
にっこり笑った娘さんたち三人が、声を揃えて。
「「「いらっしゃいませ!」」」
「土の国の新名物は如何ですか?口にするととろけてしまう、不思議な食感のアイスクリームは如何ですか?」
「あいすくりーむ・・・???」
「はい!土の国の技術の総力で完成しました攪拌機を使って、作りました!ここでしか味わえない、アイスクリームです」
恐る恐る遠巻きで見守る彼らに、スプーンに一匙すくって手渡す。
「どうぞ!味見してください」
にっこり。スマイル〇円な感じで。
そして。味見のもたらした反響は凄まじかった。
「冷たい!」「甘い!」「とけた!」
かくして、その日に製造したアイスクリームはほぼ一日で完売した。
薄焼きクッキーを焼いて、焼きたての柔らかい生地を型に巻きつけていく。
ワッフルコーンへの道は長く険しい。ウェハースなんて食べた事はあれども、作ったことなんかないから、近い線をあたって薄焼きのクッキー生地に落ち着いた。でも、すぐに湿気るので作りおきがきかないのが難点だった。
今じゃ、お城の職人さんが数名、アイスクリーム製造にかかり切り。
コーンがないので、カップに入れて、クッキー添えて出しているけど、その技術を知ろうと各国から技術者もやってきて、今じゃ、土の国は技術者大国と化していた。
じっくりと焼き上げたクッキーは香ばしく、バターの香りが食欲をそそる。
冷ましたコーンに、甘さ控えめのレンの実アイスを盛り付ける。
それを持って、チヒロは足早に歩く。目指すは執務室。扉の前に立つ衛兵が敬礼してくれる。
こんこんと、控えめにノック。
そーっとかおを覗かせると、オウランが顔を上げてこちらを見てくれた。
眼が合って、嬉しくなる。
大好きな茶色の瞳が優しく弧を描く。それを間近で見ていられるのが、こんなにも嬉しい。
「お仕事、忙しい?お邪魔した?」
「いいえ!」
参謀のログワさんがさっと扉を大きく開けて招き入れてくれる。
「さて、我が君。わしも少々疲れましたので、本日のご公務はこれまでと致しましょう!ささ、妃殿下。そのお手にされているのは、もしやすると!」
「はい。アイスクリームです。えと、容器をクッキーにしてみたんです。これなら、器まで食べられて良いかなあって」
「おお!孫娘が一度食べて虜になりまして!姫の作り出すものは、まこと、美味ですから!」
「チヒロ。来い」
やや、この老人は無視ですか!と、ログワさんがいって自分で笑ってた。温かい見守る目で。それから、ログワさんが部屋を出て行った。
オウランの元に歩いていく。
一歩ずつ。ゆっくりと。その瞳に囚われて、逸らせない自分に、おかしくなる。
胸がどきどきして、堪らなくなるんだ。貴方もそうだとうれしいな。
私が側による事で、貴方の鼓動が跳ねてくれたらいいのに。
「オウラン」
声を唇に乗せると、貴方が笑んでくれる。それがこれほど嬉しい。
腕を引かれて、唇を重ねる。
口内を探るようになめずられ、合わせた口端で、オウランが笑う。
「甘い。今日は何を作った?」
「レンのアイスクリーム。ね、食べて」
「そんな台詞は、ベットの中だけで言うものだ。けしからん。だが、まあ、いい。どれ」
チヒロが手に持つアイスをぺろりと舐める。チヒロの瞳を覗き込んだまま。
その、熱い視線に少したじろいで、チヒロが赤くなった。
妻のそんな初なところも可愛らしいと思うオウランは、更に、わざと、続けるのだ。
舌先をひらめかせ、溶けてつたった雫を念入りに舐め上げる。チヒロを見たまま。
赤い顔がもっと赤くなり、吐息が熱く変わった頃合をみて、オウランは妻を抱き寄せた。
は、と我に返るも、オウランの口づけに翻弄されてまた意識が飛んでしまう。
多分、今日も気がついたら朝。なのだろう…。
メリクリスマス!