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第七十五話;蜜の姫 5

 光は、チヒロと俺を焼いて行く。

 身のうちから、闇がぽろぽろと剥がれ落ちていく気がした。

 光が収まると、そこに人がいた。

 人、といっても顔すら溢れる光に遮られて、分からない。

 その人の正面に、浮かんでいる俺と…抱きしめたままのチヒロ。

 慌ててチヒロを確かめた。

 息をしている。怪我もないと知って、ほっとした。そのまま緩く抱きしめる。

 肩口からさらさらと零れ落ちる黒髪に、泣きたいほどの安堵が満ちる。

 そこでようやく、光る相手に尋ねる事が出来た。

 「貴殿は?」

 「…界の狭間に漂う者だ」

 「その、助かった。礼を言う」

 「まだ、完全な助けになってはおらんよ。その娘の中に巣食った闇を祓わねば」

 「…祓っていただけるのか?貴殿、いったい何者か?」

 「そうだな、我が末裔を助けるに、理由が要るのか?」

 「末裔?俺がか?では、貴殿…」

 光の男は笑ったようだ。

 「まあ、ここに来れただけでも、誇るがいい。ここまで来れた土の国の王はいなかった。他国の歴代の王もまた然り」

 そして男が両腕を上げると、チヒロの身体が浮かんでいく。

 それを眼で追いながら、オウランは焦って叫んだ。

 「彼女をどうする気だ!」

 「黙って見ていろ。娘の身の内から、巫女姫の怨讐を引きずり出す。長い年月で凝り固まった、妄執を、今、ここで断ち切る」

 光が輝きを増していく。それに伴ない、チヒロが苦しみだす。

 胸を掻き毟るような仕草に、苦しみに歪む顔。見ているだけの自分が歯痒く感じた。

 悲鳴が、細く、高く上る。

 光の男も苦しそうだった。

 何かを求めるように、チヒロに向かって腕を差し出した。

 「…その娘と共に彼に喰らわれ、息絶えたいと、願ったのか。それほどの苦しみ、それほどの拒絶か。だが、思い出せ。お前が本当に喰らってもらいたいのは、彼ではあるまい?……私だろう?」

 チヒロの涙に濡れた白い顔が、光る男を凝視する。

 その身を支配するものは、その言葉に戸惑っているようだった。

 光の男は続ける。

 「ずっと、お前を待っていたのに。お前はここへ来なかった。ずっと、待っていた、お前を…レイシャ…」

 ぱんっと風が吹き抜けた。

 黒髪が、靡く。風に煽られ、逆巻いて、やがて収まる。

 チヒロの瞳は大きく見開かれたままで。

 だが、その眼からは、とめどなく涙が溢れていた。

 「ここへ、来い。ようやく、会えた…。レイシャ」

 チヒロの顔で、チヒロの声で、レイシャと呼ばれた女が泣いた。

 「我が、君?」

 「レイシャ」

 光る男が更に名を呼べば、それはまさしく愛しい者を誘う声で。

 レイシャと呼ばれた女に、否やはなかった。

 するりと衣を脱ぐように、チヒロの身体から躍り出た影は、黒く輝き実体を表した。長い黒髪のほっそりとした、立ち姿の女。

 糸が切れるように倒れていくチヒロを、支えるオウランの目の前を横切って行く。

 風のように、翔けて行く。

 心のままに、翔けて、男の胸に飛び込んだ。

 「我が君、我が君、我が君…」

 「レイシャ!」

 光る男に縋りつき、嘆く声はやがて喜びの色となり、娘の顔に彩を添える。

 抱きこむ男ももう放さないと言いたげに、きつくきつい、抱擁を交わす。

 

 取り残された状態のオウランは、チヒロの身体を抱きしめながらも、居た堪れなさに苛まれていた。

 (…落ち着かん。なんか、居た堪れなさ過ぎるぞ、ご先祖様!)

 それでも。

 ようやく手に戻ってきた恋人が愛しいのは理解できるから。

 そっと、チヒロを抱きしめ返す。頬に軽く唇を落とすと、小さく震えて目を開けた。

 そのまま、瞳を覗き込めば。時間すら止まる気がした。

 だから、もう少しこのままで。

 もう少しこのまま、愛しい女を抱いていよう。


 **************************************


 眼を覚ましたら、目の前にオウランと、光る人と女の人がいた。

 女の人はなんだか、必死に私に謝ってきた。

 「闇に堕ちた私を、始めの巫女は助けようとしてくれたのです」

 そう言って話しはじめた。始まりの物語を。

 その時代の土の国の王の名は、リョクラン。リョクランを選んだ巫女姫の名は、レイシャ。

 けれど彼女の思いは成就する事はなかった。他でもない、王自身の拒絶によって。

 「私は、怖かったのだ…先代の王は巫女姫を喰らって自害したと聞き及んでいたから、同じ轍を踏むわけにはいかなかった。また、あの当時の各国の反対も激しく、国を守り立てる為には断るしかなかった。その結果が、これだ。子々孫々まで迷惑をかける事となってしまった」

 「光る人は王様だったの?」

 私の言葉に彼は頷いて、私とオウランを見た。

 「そうだ。王だった。だから拒むしかなかった。だが、私の目の前で、レイシャは喉をついて息絶えて。その時はっきりと分かったんだ。私は彼女が生きてこの世界にいればそれで良いと思っていた。この手に出来ずとも、彼女が生きてさえいれば良かったんだ。馬鹿だった。私が彼女のあとを追った時、すでに、彼女の意識は闇に囚われていた」

 「…拒まれて悲しかったのを覚えております。貴方に拒まれるなら、なぜ、私はここへ飛ばされてきたのか、とこの世界を呪いましたわ。飛ばされなければ、貴方に会わずに済んだのに、けれど、貴方に会わずに過ごす現実を想像する事は出来なかった。私は、闇に囚われるがまま、この世界に留まってしまった。寄り添った巫女姫たちは、みな、私を救おうとしてくれました。ああ、でも、やがて彼女達も私の妄執に囚われてこの身を喰らってもらいたいと嘆くようになってしまった…」

 それは、何度も同じ事を繰り返す、質の悪い夢のよう。

 愛する人を得て幸せのうちに過ごせる者は少なくて。

 悲しみが悲しみを呼び、更に囚われていく。身動きが出来なくなっていく。

 最早、愛しい人が誰だったのか、私が望んだ人は誰であったのか、それすらわからなくなってしまった。

 ただ、身を襲うのは、寂しさと悲しさと、この世界に対する怒りのみ。

 「それは俺も同じだ。ただこの狭間に留まって、お前が来るのを待っていた。時折誰を待っていたのかすら分からなくなりかけて、このまま光となって消えてしまうのかと怖かった。そこへ、この娘がやって来た。始めは、ただ迷っているのだと思って、界を渡してやろうかと思ったくらい、たよりなかったな」

 光る人がそう言うのに慌てたのは私ではなく、オウランだった。

 「チヒロ、お前ここに来たのか?帰ろうとしたのか?」

 「えっ!うえっ?」

 「…ああ、責めてやるな。末よ。彼女は王の為に残ると告げたぞ」

 その言葉に、ぎっと睨み込まれて固まった。低く呟くように声を乗せる。

 「王、とは誰だ?」

 「お。おお王って!」

 「なんだ。存外鈍いな。それとも、自信がないのか?」

 光る人が、ふふ、と笑って言った。

 いや、有り余ってますとも!分けてほしいくらいですってば!つうか、オウランから自信取ったら何が残る!ってくらい自信に満ち溢れてて……あ、なんか、やばい。

 「筒抜けだ。馬鹿め」

 「ば…!」

 「馬鹿じゃないとは言わせない。罪を犯したものを罰しないのは、愚かだと思わんか?犯した罪には相応の罰を与えねばなるまい?自分のせいであの女が奴隷に落とされたと嘆いていたが、あれは、あの者達の自業自得だ。お前を狙わねば良かっただけのこと。愚かな思いに囚われて、取り返しがつかなくなるようなことをしたんだ。それに対してお前が申し訳なく思う必要は、ない」

 あまりにきっぱりと言い切られると、反論が難しい。

 「で、でも!刻印はやりすぎだよ!」

 「ああいった馬鹿は、身体に教え込まないといけないんだ。逆らってはいけないものに逆らった。それを野放しにしてみろ。今度は俺達が侮られる番だ。ますます、収拾がつかなくなるだろう」

 「う、うう。でも!刻印は嫌だよ。オウラン。自分がされて嫌な事は他の人にしたくないよ。死ぬまで残る傷もつけて欲しくない。だって、またオウランが、悲しむことになるんだよ」

 それにはオウランが、眼を見開いて固まった。ん?と思う。

 「…だって、刻印押したくなるほどあの人がしたことが許せなかったんだもんね?それって、それぐらいオウランやみんなが…王様達が悲しんだって事だもの。でもね、悪意は廻るのよ。いつか必ず自分に帰ってくる。貴方や、みんながまた悲しむところは見たくないから。だからもう刻印押すのはやめて…」

 頂戴ね。と続くはずの言葉はオウランの胸に押し潰されてしまった。

 ぎゅっと抱きしめられて、気が遠くなる。

 側で、光の人が微笑ましげに見守ってくれている。なんだろう、子供を見つめる親の眼だ。けど、けど、恥ずかしい。居た堪れなくなる。

 その隣で、黒い髪のレイシャさんが微笑をくれた。慈愛に溢れた、いい笑顔。

 見ていた私も嬉しくなって微笑み返したら、光の人が手をすっと上げて…遠ざかっていく。ふたり。

 あれ?

 「レイシャを連れてきてくれて感謝する。太陽と月の巫女」

 「ありがとうございます。ここに連れてきてくれて。あのまま迷っていたら絶対にたどり着けなかった」

 「はい。よく分かんないけど、ここに来れて良かったです。なんか、頭の中の黒いものがなくなって、すっきりしました!えと。また会えますか?」

 「「いつか」」

 微笑に微笑みで返す。どんどん光が遠ざかるけど、そういや、ここってどこなんだろー…。

 「あー…。そうだ、オウラン。聞いていいかな」

 「なんだ」

 おお。王様の毒舌復活ですね!えっとね。

 「なんで、私ここにいるの?」


 そんでもって、なんで薄絹一枚なのさ?



 

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