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第六十八話:華の行方・6

 気持ちを切替するのには時間がかかった。

 気を取り直す。

 大丈夫。私はそんな事を願ってはいないんだから。

 大丈夫。気のせいなの。

 寂しいのも、怖いのも、全部全部、気のせい。

 だから、知らないふりで、心に蓋をして、見なかった事にするの。

 わたしは、大丈夫。

 いつものように、明るく笑って、仕事をするのよ。

 幸い、孤児院には仕事がいっぱいあるから。

 ヘンな考えに囚われてしまうほど、暇じゃないモン。

 「ああ?姫ー。どこいくのー?」

 イルセラさんが前を遮る。うん、もう。邪魔しないで!

 「調理場!みんなの軽い夜食を作っておこうかなって思って!だって、みんな徹夜だもんね?」

 「夜食?え、作ってくれんの?俺、俺、くっきーがいい!」

 子供みたいね、イルセラさん。でもねー。

 「夜に甘いものはどうかなー…。甘くなくって軽くって、でも、腹持ちのいい…ううーん」

 かなりスパイシーなこの世界の果物や野菜を思い出す。…胃が痙攣しそうだ。思い返すだけでこれって、どうなの。

 「あー。あれかな。でっかいシュウマイなんて、どう?」

 「シュウマイ?なにそれー?」

 「ま。出来てからのお楽しみ!イザハヤ、ファームも協力してね?」

 後ろに控えたままの二人にそう言うと、いたわる様に笑ってくれた。うん。心配かけてごめんね?

 特にイザハヤ、何か言いたそうだけど、スルーさせてね?うまく答えられる勇気がないの。


 粉をこねている間は、無心になれる。

 

 「イーストがあれば、肉まんになるんだけどなー。イースト無いからなー。餃子の皮作るのと同じでー、蒸し上げればローカロリーなー、でっかいしゅうまいv」

 「むす、とは?」

 ファームが聞いてくる。ああ、そうだね。この世界には、蒸すって調理法がなかったんだっけ。

 「うんとねー。お湯をわかすでしょー。その上に、肉や野菜を乗っけて調理するんだよ。余分な油も落ちて、ローカロリーでヘルシーなお料理です」

 でっかいしゅうまいvと歌いながら作る。二人も見よう見まねで作り始めてくれた。

 ああ、懐かしいな。お母さんとよくこうして作ったなあ。餃子にシュウマイに、春巻きに、肉まん。刻んだ野菜に塩を振って水を出す。その間にお肉をミンチにして塩をふってよーく混ぜる。刻んだ野菜の水気を絞ってお肉に混ぜる。こねた生地を薄く薄く延ばして、そこにタネをおいて成型する。大きな木型に並べていく。おお、ちなみにこれも、神官さんの手作り蒸し器。

 湯気の立つ大なべに木型をのせて、待つ事二十分。

 「「すげーいい香りがするー」」

 ふらふらとやって来た、子供みたいな偉い人。騎士のみなさんたち。

 みんなで夜食を楽しんで、そして休む。

 部屋の中には、イザハヤとファーム。こそりと声を潜めて尋ねる。

 「ね。おこられなかった?」

 「「はい」」

 「本当?心配だったの。一人で飛ばされた時も、そのあと王様達が来た時も、イザハヤとファームが酷い目に合ってないといいなって思ってた。ごめんね、一緒に謝ろうねって言ったのに、二人残して行っちゃって」

 「「ひめ」」

 「ね。イザハヤ。この神殿で、私、刻印奴隷の人に会ったよ。その子供にも会った」

 「「ひめ?」」

 「刻印が成されただけで人じゃない扱いをされてしまうなんて、どんな人なんだろうって思った。でもその人は、普通の人で、やさしかった。神殿に匿われているなら、出てくるなって言ってくれたの。ここを出ると地獄だって。女の子ならなおさらだって。隠れてろ。でてくるな。…みんな同じ事を言うのね…」

 「姫。誰だって、姫にこれ以上傷ついて欲しくないのです」

 イザハヤが染み入るような声で、囁いてくれた。ファームも頷いている。

 「この刻印があっても、普通だよ。変わらないの。人間なのに、ね…」

 ああ、吸い込まれそうに眠いよ。ごめんね、イザハヤ。ファーム。きっとうんと怒られたのに違いないのに、なんでもない風にしてくれて。ごめんね。そして、ありがとう…。

 「眠られたようだ」

 吐息のような声を出す。ファームは今だ赤い目でチヒロを見つめている。イザハヤも、しばし、チヒロの寝顔を見つめて、そしてため息をついた。

 「姫は相変わらず、自分のことは後回しだ。散々叱られただろうに」

 「ふふ。ほんとうですね。でも、こんな私まで心配してくださる」

 「そうだな…。誰とも親しくなれるお方だからね…。だが、だからこそ、あれは絶対に知られてはならない。王が行った事は」

 「…はい」

 …それを耳に挟んだものが一人。

 交代がきてその場を変わる。そしてまず、報告。

 「姫の様子は?」

 「よくお休みに」

 「それはいい。何か、他には?」

 「は。小耳に挟んだことがひとつ。姫の護衛が確認しあっておりました。彼らの行いを知らせるな、と」

 「…へえ…」

 セルリアが目を光らせた。イルセラも面白そうな顔をする。

 「知らせるな、か。知らせたくない何かをしたって事だよな。…王様たちが」

 「知らせるな、か。知らせたら姫の心が揺れる事かな?」

 「「そりゃあ、知らなきゃいけないね」」

 くす。

 くすくす。

 いたずらっ子のような笑いで、双子は互いを見合った。


 

 目を閉じると、どこまでも飛んでいける。界を渡って、元の世界に意識が溶ける。

 私を支えてくれるのは、光る人。

 「すごいね。この世界ってこんなにきれいだったんだ」

 精霊の気を感じる事が出来るようになってから、さまざまな息吹を身近に感じるようになっていた。

 濃厚な生命の息吹。植物、動物、海も山も、すべて。

 精霊の慈しみに溢れている。泣きたくなるほどの、温かさ。

 「お母さんに千尋の声、聞こえてる?お父さんに千尋の姿、見えてるといいなあ。心配要らないよ。大丈夫元気だよ。孤児院の子供達と仲良くなってね、ジェンガ作って遊んだの…おかあさん、おとうさん。ちひろいつでもこうして会いにくるよ」

 ふわりと風を纏って両親を抱きしめる。泣きたくなるほど、愛しかった。

 と。

 両親の腕が、チヒロの身体を、見えないはずの身体を、そっと抱きしめてくれたのだ。

 慌てて顔を上げると、やさしい慈しみの眼差しが、確かにチヒロを捕らえていた。

 「え?え?」

 『願え。それが力となる』

 嬉しくなって、縋りついた。

 「おとーさん。おとーさん。おとーさん!おかーさん。おさーさん。おかーさん!」

 「ちひろ」

 「ちひろ」

 涙は。チヒロの瞳からすべりおち、清らかな一粒の、水晶に変わる。ころ、ころん。と足元に落ちる水晶と、父母の瞳から流れ落ちる涙のしみが、家族の境界を物語っていた。

 『いくぞ』

 「うん。あのね、また来るね。今度はもっとお話できるように、うんと力つけてくるから!」

 そう言って身を翻す娘の背中を、いつものように送り出す。

 日常に、いつもあった、平凡な幸せ。

 かみ締めながら、見送りの言葉を。

 「「いってらっしゃい、千尋」」

 涙で、かすれたいたわりの言葉を。

 「気をつけろよー」

 「気をつけるのよー」

 愛情を、一身に受けて、娘は微笑んだ。

 「いってきまーす!」


 朝日と共に、眼が覚めた。

 なんだろう、今日の朝は押し寄せる寂しさがなかった。そのかわりに、胸の中がぽかぽかと暖かい。

 軽く小首を傾げて、思いを馳せる。でも、寂しくはない。

 自然と声が口に上る。

 「いってきます」

 そっと、そっと、呟いた。

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