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第六十五話:華の行方・3

 水の国の貴賓室は常にない緊張感に包まれていた。

 中央に、リシャール王。

 並み居る貴人のいずれよりも美しいお方と、水の国の重鎮は自負している。

 その隣、右から木の国王、セイラン。更に土の国王、オウラン、風の国王、アレクシス、火の国王、シャラ、そして、チヒロだった。


 リシャールの左となりに位置するチヒロは、圧倒的威圧感に挟まれて、息が出来なくなる気がしていた。


 む…無駄にこわすぎる…!

 アレクシスがいたわりの眼差しを向けてくれるも、声が出ない。

 

 「さて。チヒロ、反省はしているかな?」

 おもむろに、セイラン様が口火を切った。私はきゅっと首をすくめてしまう。

 「セイラン殿、チヒロばかりを責めるのはいけないよ。大体卑怯な手を使ってきた相手が悪いんだから」

 早速、アレクシス様が援護してくれた。涙目で感謝の念を贈ると、困ったように笑ってくれた。

 「まあ、無事で何よりだった。だが、危険な真似はするなと言ってあっただろう?」

 シャラ様がため息つきながらそう言えば、アレクシス様もうなずいて同意を示す。オウランは、無言でじっと見詰めるばかりだ。その眼差しが、怖かった。

 「……それぐらいで、よしませんか。ほら、姫もこんなに反省しているようですし。それに、元はと言えば、土の国の女が起こした誘拐騒動でしょう?」

 固まってぷるぷる震えていると、リシャール様が優しく髪を撫でてくれた。そうするともっと緊張感が高まるので、正直やめてほしかった。

 「それに、我が愚弟の愚かさ、卑怯さには定評があります。姫が出て来ざるを得ない状況に陥れたのをご存知でしょう?…姫が幼い子供を見殺しにするはずないじゃないですか」

 そう言ってリシャール様が王様達を見渡した。

 「…まあ、そうだな。だが、出て行くのに手紙一つとはね…」

 「…ごめ…ごめんなさい……」

 やっとの思いで出た言葉は余りにも陳腐で、でもだからこそ、誠心誠意出した言葉だった。

 「…今後は、誰にも言うなと言われたことは率先して教えなくてはならないよ?貴女を心配して胸が張り裂けそうになるのはもうごめんだからね?」

 セイラン様がそう言って、微笑んでくれた。

 でもさ、…あれですよね、次はないよ?って言外に雄弁に語ってますね?

 がくがくがくと首を振って肯定の意思を伝えるも、深まる笑顔のセイラン様に逆らっちゃいけないって頭のどこかで声がする。怖い。次に似たような事をしたら、速攻監禁される……!二度と日の目が見れなくなるって、身震いしていたら、声がした。

 「……神殿に隠れてろって言ったのに……」

 オウランが呟くように言う。俯いている彼の、いつもの毒舌が鳴りを潜めていた事にようやく気付いた。

 「オ、ウラン…?」

 おかしい。いつものオウランなら、こんな時は馬鹿野郎!って叫んで睨んで喧嘩になるのに。

 「…いつもいつも、チヒロはそうだ。自分の思い通りにしたい事をしたいままにやって、こっちが焦ろうが心配しようがお構いなしだ。木の国で葉っぱ食べて卒倒していたのと同じ、考えなしすぎるんだ。あげくに、あっちこっち攫われちゃあ、喰われて……その度、こっちの神経ばかりすり減らされて!神殿で大人しく匿われていると思ったら、王宮で、しかもリシャール殿には惚気られるし」

 「オウラン、オウラン、その、心配かけてゴメンナサイ」

 「……っ、くそっ!そうやって謝れば良いって思ってるんだろう。俺達がチヒロに甘いから。…そりゃ、何でも叶えてあげたいさ。だけど、危険が伴なう事は、だめだ!お前が傷つくのは見たくないんだ!」

 「オウラ、ン。オウラン、ごめんなさい、ごめんなさい、もうしない!もう危ない事しないから、」

 許して欲しい、と言ったら。オウランがいやに真剣な目で射抜いてきた。

 憤るような、いたわるような、いとおしむような。縛るような、囲うような、締め付けるような。

 眼差しに貫かれて、身動きが取れない。

 眼差しに囚われて、身動きが取れない。

 だけど、自分の、心の奥底で、それを望む声がした。身震いするほどの歓喜が迫る。


 うれしい。

 縛って欲しい。

 隠して身動きできないようにして。

 捕らえて、離さないで。

 ワタシヲ、ヒトリニシナイデ。


 「姫……?オウラン殿。姫が脅えているよ」

 リシャール様の助けがなければ、いつまでもそのままだったのだろう。

 はっと我に返る。

 「……え、と。あ、あれ……」

 何を、考えていたんだっけ……?小首をかしげて見せたら、オウランの怒りに火を注いでしまった。

 「こ、の……、馬鹿っ!!!」

  みぎゃ!……こ、怖かった……!



 説教タイムの終了と共に、運び込まれたのは、朝食の数々。

 彩といい、香りといい、とても危険物には見えません。

 くううっ、ご飯とは言わないから、せめてまともな、パンが食べたいよう…。

 ああ。

 孤児院ライフをかえりみる。

 食に関して、厨房の仕事を一手に引き受けていたんで、あのときの食生活は充実していた。イーストなくても固焼きパンならいけるかも!っと思って焼き始めた薄パンが、結構好評で、孤児院の子供達どころか、神殿の神官さんや、はては信者さんまでファンになってしまった。

 たしかに、牛乳使った、なんちゃってシチューと合わせて食べると天にも昇る美味しさだったけど。

 牛乳から生クリームやバターの作り方を、孤児院の院長先生に教えた時は、これがお金になるんですって言っても、半信半疑のようだった。でも、今や、孤児院の寄付収入がえらい事になっていた。

 乳製品の美味しさをまずはお菓子で伝えたからだ。

 子供達が食べているお菓子を、神殿の感謝祭で出したときのことを思い出す。

 …大騒ぎになった。

 ジャムを練りこんだクッキー。バターをふんだんに使い、ハチミツで甘さを出したフィナンシェ。パウンドケーキ。甘さを出した、おばけいちごのパイ。レンの実を使ったオレンジショコラケーキ。そして、生クリームたっぷりの…カスタードプリン、ギギの樹液(メイプル味)添え。

 軽食用のさくさくのパイに包まれた、ぴりりと辛い肉のパイも人気だった。

 誰が作ったんだ、どうやって作ったんだ、が、売ってくれ!になるのは早かった。

 孤児院でつくってます。子供達のおやつなんです。え、売ってくれって?ええと、院長先生に聞いてください。と言ったので、次の日、押しかけられて大変だった。そして、いい収入源だと気付いた。

 肉牛は殺してしまえば一時お金になるけれど、また育てるのに時間がかかる。

 乳牛は、丁寧に育ててお乳を沢山出してもらえれば、それが収入になる。孤児院でも肉牛を飼っていたが、牝牛を乳牛にしたてた。寄付収入が増えれば、子供達の服も、教育も行き届くだろう。

 それに、作り方を覚えればひとり立ちも出来る。そう思ってがんばった。

 私を、必要としてくれた、場所。

 私を、必要としてくれた、人たち。

 ふと頭の奥が白くなった。


 「…チヒロ、食べないのかい?」

 「…え、あ。食べます」

 「お加減でも?それとも…余韻に浸っていらっしゃる?」

 口の端に微笑を浮かべて、リシャール様が声を掛けてきた。余韻?余韻ってなんの?じっくり見つめられて、見る見る顔が赤くなるのがわかった。こ、これ、これってば…!

 「忌々しい。一人で味わうなど、抜け駆けもいいところだ」

 セイラン様!一人って、一人って、やっぱり複数前提なんですか、この世界!常識ってないのか!あ、私、常識どうこう言える立場じゃなくなったんだ……。果てしなく落ち込んでいく。

 なんで、拒めないんだろう。

 なんで、かなあ。

 胸の奥がちくりと痛い。ちくちくと、とげが刺さったみたい。

 意識の下で、泣いてる声がする。誰の、声?


 ヒトリハイヤ

 ヒトリハコワイ

 ワタシヲ、ヒトリニ、シナイデ…!


 がんっと頭を揺さぶられた気がした。

 目を見張り、頭を振るもすっきりしない。今、私は何を考えていた?考えて、いたはずなのに。

 ……思い出せなかった。

 「チヒロ?」

 アレクシス様が心配そうな顔で覗き込んだ。

 ああ、心配をかけちゃダメ。大丈夫だよって笑わなきゃ。なんでもないの、平気って笑って、そして、望まれるとおりの、巫女姫でいなくちゃ。

 「え、と。なんでも、ありません」

 そう。

 そうして、笑うのよ。チヒロ。

 

 

 

 

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