第六十四話:華の行方・2
えー。馬鹿がいたぶられてます。残酷注意。というか、セイラン様、怖い。
「早速だが、巫女姫の無事を確認したい」
との言葉に、その場にいた文官、武官がざわついた。
…たーく、腹ぁくくれよ!
…とは、セルリアの内心である。表に出さず、麗人はにっこり微笑む。後ろに控える者どもなど知らぬふりで続けて爆弾を落とす。
「…ええ、すぐにご案内いたしましょう」
にっこり。周りの者の緊張がいや増すが知らんふり。
「…いや待て、セルリア、姫は先日よりの隠遁生活で、些か体調を崩しておられたはず、先ほどようやく休まれたと聞いたぞ。起こすのは忍びないと、思わんか?」
「何を言う、イルセラ。こうして各王が揃っておられるのも、巫女姫の無事を確認したいが為であろう?しばしの間、顔をあわせる、それだけでどれほど、お心安らかになろうか」
「…む。たしかに。心細く在られたからな。そうだな、女官に声を掛けてくる…」
「…いや。休んでいるのをわざわざ起こすのは忍びない。そのままに」
「いや、それでは…」
「チヒロが無事にいることがわかればいいのだ。休ませてあげてくれ」
「「は」」
…よーっしゃ。第一段階クリアー!と、イルセラ。
んー、じゃ、次ぎ行ってみよー!と、セルリア。
イルセラとセルリアは目をかわす。
「では、巫女姫との面会は明朝に改めまして…では、こちらへ」
各王を案内する為に、背を向け、歩き出した。
貴賓室へ案内するのかと思われたが、前を行く彼らはどんどん城の奥へ歩いていく。後に続く各王が訝しげに眉を寄せた頃、そこにたどり着いた。
水の国王城の中に在って、昼なお暗い、牢。
「…ここは、謀反を起こした貴人が繋がれる場にございます。ここへお連れいたしましたのは、今回の巫女姫誘拐の黒幕がわが国の王弟殿下で在った事を、皆様に告白し、その裁きを皆様方にゆだねる為…どうぞ」
「水の国の恥は、断罪される時をこの場で待っておりました」
「断罪を我らに託すというのか?」
セイランの言葉にイルセラ、セルリア両名が頷く。
「御意にございます。…我が国王の義弟の立場を悪用し、このような謀り事を行ったは、国の恥。なれど、今回は些か増長が目に余りましてございます。…彼の者、巫女姫を攫い意のままにしようと企んでおりました。幸い巫女姫を助け出し事なきを得ましたが、その際の巫女姫の有様は、目を覆うものであったと聞き及んでおります。彼の巫女姫の御為にも、ここは、各王の皆様に裁量を任せるのが重畳かと」
双璧は獲物のように追いかけられ、泥にまみれた彼女の姿を思い返す。余りに不憫な仕打ちだった。
「縊り殺してしまうぞ」
「ただでは済ませないと思うよ」
オウランが歯軋るように言えば、アレクシスも頷く。それに。
「ええ。どうぞ、ご随意に」
セルリアが瞳を光らせ頷いた。イルセラも、また。
「苦しめて苦しめて…気が狂えれば良いとおもう目に合わせても?」
セイランが緑を弄びつつ尋ねれば、シャラが片手に炎を纏わせ呟いた。
「ただ殺すのは飽き足らないな。追い詰めて、チヒロに許しを乞わせたい」
「…かの巫女姫は悲しみましょう。…それ以外ならばどうぞ」
イルセラが目を伏せ言えば、シャラも頷き皮肉げに笑う。
「…ああ、それもそうだ。あの子はそんなのを喜んだりしない。…だが、いいのか?仮にも自国の王弟だろう?」
そのもっともな言葉には、イルセラ、セルリア両名が明朗な声で切り返した。
「「馬鹿ですから」」
「…それも国を危うくするほどの、大馬鹿ですので。いい加減、我慢の限界にございます」
セルリアがそう締めくくった。
「…ふ。まあ、いいだろう。何の時間稼ぎか知らんが、私怨はある。のせてもらうぞ」
と、セイランに流し見られた双璧は、背筋を駆け上がる悪寒に耐えた。
「…御、冗談を」
と、声をひねり出せた自分を褒めていいだろう、とは、イルセラ。
やっぱ、騙しきれなかったなー、とは、セルリア。
顔に張り付いた微笑のまま、牢内に入っていく貴人を見送った。そうして、彼らは息をつく。
だー。こわっ!怖すぎるっ!
背中をつたう冷や汗に身を震わせながら、それでも、次の手を打つために彼らは動く。すべては我が王の為に。
……んでも、早く部屋から出てきてくれよー!我が君ー!…とは、偽らざる本心。
さら、と水色の髪が肩口を流れる。それを片手でかき上げて、リシャールはため息をついた。
城の中のざわめきは高まりつつあり、その堂々とした気配はここにいても自ずと知れる者どもの気配で。
来たのか。
静かに身を起こす。眠るチヒロを起こさぬように、細心の注意で。衣を纏い、最後に彼女を目に焼き付けて、リシャールは部屋を後にした。
城内を歩く。
現れたリシャールを目にして、イルセラ、セルリア両名がほっとした顔を垣間見せる。それに少し面映くなったが、問いかけた。
「皆は?」
「中に。差し出がましいと思いましたが、どうぞ、ご随意に、と」
「ふ。では、私も混ざろうか。で?」
「は。巫女姫には、明朝」
「…そうか。よく眠っているので、明日の朝一番に女官長を」
「御意」
愚弟はまだ生きていた。
痛みを、痛みで打ち消しながら。
流す涙がこうも癪に障るのはなぜなのか。
「チヒロの涙は宝石のようだったのにね。だけど、君のはまったく感慨が沸かない」
オウランが地面に倒れこんだ男を見ていた。土の精霊を使役して圧力をかける。と、体内の何かがつぶれたのか、血を吐いた。
シャラは火の精霊を使役して、体を少しづつ焼いていた。嫌なにおいに眉を寄せる。
ひゅうひゅうと、潰された喉がなる。許しを乞おうとする手の指が欠損していた。
アレクシスが、さめた眼差しで男を見る。風を操り男の身を少しづつ削いでいた。
そして、セイランは顔色を変えずに男の治療をしていた。木の精霊の溢れる加護のおかげで、欠損したところ以外が治っていく。そして、男の目をみて、笑うのだ。
「さ。もう一度、はじめからだ。今度はどこを壊そうか?」
愚弟はいっそ殺してくれと叫びたかったのだろう。私を見て哀れにすがって見せた。
「醜い」
吐き捨てた。
哀れを誘う仕草で哀願するが、最早、汚らしいものにしか見えなかった。虫以下だ。
そんな私に、皆が声を掛ける。問いはもちろん、チヒロの安否。
「リシャール殿。チヒロの様子は?」
セイランの声にリシャールはほんのりと微笑む。
「よく、眠っています」
「…貴殿、満たされた顔をしているな」
目ざとい奴め。
オウランが訝しげな声を出す。それに、ことさら華やかに微笑んでやったら、見る見る怒り出した。
「…おかしいと思ったんだ。城内の異様な焦り具合も。そういうことか、貴殿、チヒロを喰ったな」
「失敬な。彼女は、私を受け入れてくれたのです。私を受け入れ、そして、私を満たしてくれました。乾いた私の心を潤してくれたのです」
「しゃあしゃあと。だが、まあ、いいさ。憂さを晴らす相手はここにいる」
そう言って笑ったオウランの顔を見て、愚弟は顔色を一層白くした。
ああ、醜い。
「…攫われた娘達が?」
あれから散々いたぶった愚弟は気絶すら許されなかった。話の途中で痛ましい事を聞き、尋ねる。
セイランが話し始めた。
「チヒロが誘い出された場所に、転移法陣が施されていてね…。大掛かりな人身売買組織のようだった。拘束された娘達も多数いた。まあ、みな、親元へ帰ることが出来たが、以前に攫われ売られた娘達を、きっとチヒロは助けたいと言うだろう?」
「……刻印が成された娘を、親が受け入れるだろうか?」
「……ああ……浸透した意識はむずかしいね」
「チヒロは、エルレアの言う通り、うってつけの人間だったな。情に厚く、諦めない。けれど、刻印奴隷の裁定の外にいるのは、チヒロだけだ。奴隷解放。と言葉にするはたやすい。しかし、待遇の悪くない者はかえって反発するだろう。優しい主人に衣食住の約束された職場を奪う事にもなるからね」
「だが、攫われて貶められた存在は、回復させねばなるまいよ」
シャラの言葉にセイランは思慮深く頷いた。
「そうだね。奴隷達に選ばせればいいんだが、選ぶ、という事自体始めてだろうからね・・・物心付いてすぐに奴隷になった者など特にその傾向が強いだろうな。自分の自由意志だと思っていても、本当は主人に気に入られる為に行う自己犠牲かもしれないからね」
「根深いな」
「・・・ああ。だが、なんとしても奴隷解放を成功させる」
オウランの声に、居並ぶ美丈夫たちが頷いた。
そう。
奴隷解放が、彼女の立場を守るためには絶対に必要なのだから。
「・・・まずは、教育かな・・・」
夢を見た。
お母さんが泣いている夢。
お父さんが泣いている夢。
どこにいったの、と声。
どこにいるんだ、と声。
胸が締めつけられそうな、悲痛なそれに、応えたくて、叫ぶ。
「ここにいるよ。おかーさん。おとーさん。千尋はここにいるよ」
『帰りたいか』と問われて。
傍らの精霊に目を向けた。眩しくて、目を細めないと見えない。そうして見ても輪郭しかわからない、圧倒的な存在。
彼のその問いに、動揺が走った。
帰れるの?
だって、次の皆既日食まで帰れないんじゃないの?異界を行き来するには、黒い太陽の加護と月の恩恵が必要だって、初めに言われたの。だから、本当は諦めていた。
ここで、生きていくんだと思って、生きていく術に、お菓子を作ろうと思っていた。悩んでいたら。
『帰らぬのか?誰のために?王の、ためか?』と問われた。
誰の、ために残るのか?誰の?自分の為?誰かの・・・ぽっ、と顔が浮かんだ。王様。
王様達は・・・好き。
私のどこが良いのか(いまいちよくわかんないけど)、王様達のくれる思いは、とても熱くて本当に大切に思ってくれていることが判るんだ。
目線が、真剣に私を射抜くから、怖くてでも、胸が熱くなって、目を合わせている事が苦しくなる。
でも、目線を外したら今度は心配になるんだ。彼らがどこかへ行ってしまいそうで。私をおいてどこかへ行ってしまうようで。
・・・わたしは知っているから。
彼らが、私の身のうちに流れる甘露に惑わされているんだって事を。知ってて、黙っている。
彼らが求めてくれる事がとても嬉しかった。この世界に一人放り出されて、心細かった私を、必要だと言ってくれて、手を、差し伸べてくれた事が、泣きたくなるほど嬉しかったんだ。
求めるように伸ばされた腕に、縋りついて放せないのは・・・私。
『帰りたいか』
声がする。頭の中で声がする。眩いばかりの光と共に。声が。
帰りたいか?そうね、これが夢ならもう覚めてもいい頃だと思うわ。でも、少しだけ、少しだけ・・・ここにいたいと感じる気持ちがあるの。
ここで、私じゃなきゃ駄目なんだって言ってくれた人たちに少しでもいい、何かを返していきたいから。
『・・・では、声を送ろう』
声?
『父君、母君に、姫の声を。姫の心を』
わあ。うれしいな。
「おとーさん、おかーさん、世界が変わっても、千尋は生きているよ。ここで、みんなのために、私が出来る事を最大限持ち寄って、がんばって生きているから。だから、泣かないで。応援して。おとーさんとおかーさんが笑ってくれないと、千尋も前に進めないよ。夢から覚めたら、どんな世界だったか教えてあげるね。すごいとこなんだよ。甘いものがひとつもないの・・・」
目覚めは、突然やってくる。
この世界に来てからの傾向としては、主に侍女サンと共に。夕べの事を恥ずかしがる余裕も、自己嫌悪に浸る事もできなかった。
大きなたらいにお湯が運び込まれて、かいがいしくお世話をしてくれる気配なんだけど、お風呂じゃないのに人前で服を脱ぐなんてできませんってば!
しかもしかも、しかもなだけに!
敷布に包まる蓑虫はさけんだ。
「・・・ひとりで、出来ます、からっ、む、むしろ、放置してください!お、お願いします!その、その、私、私・・・」
朝起きて、自分の身体の状態はよくよくよーく、わかっているんで!なんだか、朝からイヤンな事を思い出してしまって、赤い顔が更に赤くなって本当に困った。だって、絶対、痕とか、痕とか、痕とかある!
・・・耳元で、ゾクリとした美声で囁かれた、夕べ(どこからどこまでが夕べだったのかいまいちわかんないが)。
リシャール様は嬉しそうに、誇らしげに、私の背中を指で辿って言ったのだ。
「チヒロの肌は痕がきれいに残って嬉しいね。見せられないのが、残念だ。こんなに、綺麗な華なのに・・・」
・・・と。
あ。馬鹿。
お、思い出すなあああああああっ!
身体のそこここに残る余韻が肌を、身体の奥を、ざわめかせる。
リシャール様の麗しいお顔が、唇が、髪が、長くて優美な指が、背中のくぼみを辿ったことも、身体のそこ、ここで、いたずらめいたオタワムレを繰り返した事も。
あ。許容範囲おーばー・・・・・・。
ボフッと音を立てて顔から火を吹いた私を不憫に思ってくれた、女官長が侍女サンたちを部屋から出してくれるまで、蓑虫は敷布を握りしめていたのだった。
湯で濡らしたタオルで身体を拭く。
日本人なら当たり前のお風呂がこの世界にはない。風の国でも、木の国でも、お風呂じゃなくて、こうしたたらいが主流。
しかも最初は水だったんだよ。確かに水なら拭き終わると身体が温かくなるけど、冬はそれこそ拷問だろうと思った。お湯をくださいと言ったら変な顔をされたっけ。ここじゃ、水で清拭するのが普通なんだね。
火の国での温泉保養施設が半信半疑で始まったのも道理だわ。でもなー。お風呂大好きな私にとっては、ここも変革を促したいところだわー。・・・火の国でさえお湯が出たんだから、ここで出ないはずはないよね?だって、名称自体が水の国だもん!肩口を拭きながら、むう、と考える。
山かな?山奥のひなびた温泉宿を思い描いてみる。
あ。なんか、いいかも。
立ち昇る湯煙。並ぶ施設。エステに、ネイル。ボディマッサージもいいなあ。そして、そして・・・。
店頭で、蒸されてる、つやつやした・・・おまんじゅう!ソフトクリームは定番で。
あ。いかん、よだれが。
前半のしりあすーな感じが後半のー、「主に」チヒロのせいでだいなし。でも、家のヒロインって、大体こんなかんじ。