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第六十一話:子ウサギと狼と、狐と狸。5

 ええと。馬鹿馬鹿言っちゃだめですよう・・・。

 水の国シェルグランの、王の双璧と謳われる貴人がいた。

 平時においては、国の為、王の為、身を粉にして働き、有事の際には鉄壁の防御と苛烈な戦闘で、王を助け、国の憂いを祓う。

 水の国シェルグランの、攻を担うは、イルセラ・リエナ。

 水の国シェルグランの、守を担うは、セルリア・リエナ。

 彼ら二人が王の傍らにある限り、シェルグランに斜陽はない。


 「リエナ卿の賛同は得られませんでした」

 「くそ!もっと別な言葉を発する事は出来んのか!あの二人を何とかしてこちらに取り込まんと、如何な俺とて王座に近づけはせんぞ!義兄上が、根の国で我が母を葬った事は明白なのだ。巫女姫の色香にやられて、最早、国に戻ろうともせんではないか!国の政を放り出して、何が、王ぞ!今、国を憂えているのは、俺だ!俺が、この国の王になる!」

 いきり立ったようにまくし立てる男は、水色の髪、水色の瞳の、シェルグラン王家特有の色彩を持った者。だが、利己に歪んだ顔はとても王族とは思えぬ容貌で。そう、まるで、血に飢えた獣の形相だった。

 そこに更なる情報がもたらされたのは、僥倖だったのか、それとも否か。

 「で、殿下!先ほど、伝令が・・・太陽と月の巫女姫に、華の刻印が成された、と!」

 男の身の内を嵐が吹き荒れた。獣の形相で男は笑う。

 「天の意思は明白!義兄が擁護する巫女は地に堕ちた!これより、水の国に戒厳令を敷く!我に賛同する貴族どもには黎明を!我に従わぬ者どもには鉄槌を!同じく、元老院を集結させよ!義兄に忠誠を誓うか、俺に忠誠を誓うか、選ばせよ!更に、神殿の祭祀長を召還せよ!義兄を追い落とすぞ。そのためには・・・・・クルスに連絡せねばな・・・・・」



 即日、結集された元老院の閣議決定は、水の国を揺るがしていく。

 すなわち。華の刻印を成された巫女は巫女姫にあらじ。華の刻印のもと、奴隷は奴隷とみなす、と。



 だが、実際は水の国の貴族の半数以上が、否と唱えたのである。声は聞き取られはしなかったが。

 彼らは直ちに拘束され、蟄居命令を受けた。貴族もいた、役人もいた、神官もいた。

 その中で。異彩を放つものがいた。

 「なんというか、あー・・・考えなしもここに窮まったかなー、と。殿下ー。太陽と月の巫女は、我ら人間が裁定すべき立場の者ではないのですよ?いかに刻印が成されようとも、それは、人の掟。彼の巫女姫は精霊の加護溢れる、精霊巫女姫に他ならない存在です。我らが巫女姫を奴隷と侮って軽んじれば、たちまち精霊の怒りを買うは必定。水の国は、早々に、太陽と月の巫女姫擁護との立場を表明するが宜しいかと・・・」

 やる気のなさそうな声は、居並ぶ屈強な兵士を見てもなんら変わる事はなかった。

 朱金の髪に水色の瞳の、一風変わった容貌の美人が二人。いかにもだるそうに答えを返していた。

 「ええ、うるさいわ!義兄が居ない今、俺が裁定する!太陽と月の巫女と言えども、刻印奴隷は忌むべき存在!そのような女に傅く事叶わんわ!いいか、水の国は巫女姫を廃絶する!」

 「殿下ー、俺の話し、理解できてるー?もっと噛み砕かないと、人間の言葉がわかんなくなったー?」

 「やかましい!弁明なら聞いてやってもいいぞ。ん?イルセラ、セルリア、俺の威風に恐怖を覚えたのだろう?何度こちらの陣営に来いと言っても、音沙汰なかったが・・・もう、いい加減、義兄を見限って俺に付け。地位も、名誉も、思いのままだ、どうだ?」

 その台詞に、美貌の将軍はお互いを見つめ、にっこりと笑い・・・・・こぶしを振り上げた。

 まずイルセラの右腕が、王弟の顔にめり込み、次いで、セルリアの左腕が綺麗に顎を打ち砕いた。

 そうして、騒然となった場の中央で、イルセラが一歩前に出て周りを睥睨する。・・・静まった。


 「馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、ここまで真性の馬鹿だったとは!!まったくもって、付き合ってられん!この国を少しでも憂える者は、馬鹿に併合することなく王の帰還を待て。また、太陽と月の巫女姫においては、人間の裁定の範囲外である。華の刻印など、取るに足りんものと知れ!あほらしい、俺は部屋に帰るぞ!馬鹿に付き合ってる暇はない!」

 セルリアが叫ぶと、イルセラが笑って言った。

「・・・・・まあ、俺達は仮にも王弟殿下を殴ったからな。ここは、大人しく、部屋で謹慎してるわー。お前達も自分の胸に手を当ててよーく考えるんだな。こーんな馬鹿に国を任せて、うまくいくと思うか?馬鹿を躍らせて美味い汁を吸いたいのかもしれないが、その前に国自体がなくなるぜ。ああ、祭祀長。あんたも、謹慎だろうから、さっさと行こうぜ。屋敷まで送ってやるよ。ついでに、俺の子飼の兵士貸してやる。身の回りがきな臭くなるだろうから、身辺警護は怠らない方がいいぜー」

 そう言って、神殿の祭祀長を伴なって退場しようとした。・・・と、足を止めて振り返る。

 「あ、そだ。・・・ここまで言っても馬鹿に付く奴の顔は覚えておくからね。覚悟しなー」

 「そだな。王に歯向かうって事だもんなあ・・・」

 その笑みに、居並ぶ貴族、兵士たちは恐怖した。

 麗しいこの二人の若者が、ただ見目の良さだけで王の傍らにいるわけではないと思い出したのだ。

 彼らは、双璧。敵においては、死神と称される事もある存在。


 「「あ、それから。俺達の仕事は全部王弟殿下にやらせろよ。誰も手伝うんじゃねーぞ!」」


 そう言って、二人仲良く、謹慎謹慎、楽しいなー、と歌いながら下がったのがいつだったか。

 そんな騒動があったのに、気がついたら戒厳令だ。イルセラとセルリアの怒りは凄まじかった。

 「「あンの馬鹿、どこにいきやがった!!!」」

 付き従う兵士・・・王弟殿下曰く二人を拘束するために使わした兵士らしい・・・を殴り倒し、締め上げて、行き先を聞き出した二人は眉をひそめた。

 「んだよ。場末の吹き溜まりに何の用があるんだ?」

 「・・・あー・・・。あの馬鹿ごようたしの馬鹿のとこかー・・・・・。んー・・・イルセラー。ちょっと癒されに遊んでこよーぜー」

 「・・・おー・・・。そだな。セルリアー、場末の娼館に足向けるのもたまにはいいかもー。ああ、お前ら、ついてくんなよ。護衛なんかいらねえよ」

 いや、護衛じゃなくて監視なんです!とは、ぼこぼこにのされた彼ら(兵士)の内なる声。


 そして、彼らは出会う。


 娼館で、やる気のない汗をかいた後、夜風に吹かれて件の「馬鹿ごようたしの馬鹿」が経営する場末の吹き溜まりに向かおう、とそちらへ足を向けたとき。切羽詰った声が頭の中に鳴り響いた。

 『助けて!』『はやく!』『つかまっちゃう!』

 「「つううっ!なんだこれっ!」」

 二人同時に頭を抱えてうずくまった。

 『はやく、早く、早く、』

 声はどんどん大きくなる。それに伴ない危機感も、焦燥感も大きくなる。胸が、どきどきした。

 「セルリアも聞いたか?なんか、精霊が焦ってるぜ」

 「なんだ?こんな事ハジメテだよ。んー、こっち・・・か?」

 道から大きく外れた草薮の中。そこに焦燥感の源があるのなら、行って見極めねばならない。

 二人は、危機感の導くまま、声に従い前へ進んだ。

 

 ・・・・・その男達はしきりに草を掻き分けて、何かを追いかけているようだった。

 「・・・・・なんだ?あいつら、例の馬鹿じゃねー?」

 「ああ、そうだな。あの馬鹿の腰巾着どもだ・・・。なんだ?何を追っている?」

 草むらを駆け抜け、男達の目を掻い潜り、逃げている・・・モノ。

 娘のようだ。

 前後左右を塞がれ、それでも、身をかわしながら、逃げ続ける。その身のこなしはまるで野生の子ウサギのようで。けれども、長く逃げていた為か、呼吸の乱れに足元が掬われた。

 あ!っと思ったときには、長い髪を鷲掴まれ、地面に強かに引き倒された。娘は、力を使い果たしたせいか、声も出ない。ただ、呻くような、歯を食いしばるような、音を出した。

 娘の髪を鷲掴んだ男が、娘の顔を上げさせようと乱暴に髪を引き上げる。その仕草にかっとなった。

 「おい、乱暴はよせ!王弟殿下御所望の娘だぞ!」

 慌てたように男の仲間が男を宥めなければ、もうとっくに前に出て殴り倒していたはずだ。

 だが。その男の仲間が言った言葉に暫く頭が白くなった。

 なんだって?何と言った、あの男・・・。


 「・・・へえ。あの馬鹿が御執心の娘だってさ」


 声は。

 イルセラが、怒りを押し殺している声、だった。

 久しぶりに聞いた、声。だが、返す声も負けず劣らず怒りを乗せていた。

 助けたいと、自然に思った。精霊の声も後押しをする。

 『お願い、助けてあげて!』

 言われなくとも!

 理不尽に奪われるのは真っ平だと、目の前の娘も言っているではないか。でなければ、どうしてあの距離を走り抜けることが出来る?夜の闇が手を貸したなら、今度は我らが手を貸す番だ。

 水の国の男衆がこんな野獣ばかりだと思われるのも叶わない。

 だから、獰猛な眼差しで男達を射抜いた。男達は、狩られる者の恐怖を思い出したようだ。

 たった一歩。

 俺達二人が前へ出ただけで、男達は逃げていった。・・・・・情けない。

 頼むから、水の国の男衆がこんな情けない野郎ばかりだなんて思わないでくれよ!

 うずくまったままの娘に、イルセラが手を貸し立ち上がらせる。

 「ほら、立て。そんで家に帰れ」

 ・・・とイルセラが言ったら、娘が泣いたのだろう。

 帰れない。と呟いた娘が、夜目にも可憐だった。攫われてきたのか、と思い至って、取り成すように声を掛けようとした。イルセラが、歯切れ悪く尋ねている。

 「・・・・・あー、・・・お前、これ、地毛か・・・?」

 地毛?セルリアが不思議に思った事は、当の娘にも不思議だったようだ。娘も地毛?と呟くと、頷いた。と、イルセラが固まっていた。なんだ?何がイルセラをこうまで驚かせた?

 近寄っていくと、泥にまみれた娘の有様が明らかになった。頭から、つま先まで、切り傷、擦り傷、打ち身でいっぱいだ。良くぞ逃げてきた、と褒めてやろうとして、髪の色に気がついた。そして、何故、イルセラが固まっているのかも。

 セルリア自身も固まってしまった。

 しかし、重い口を開いて呟く。間違いであって欲しかった。

 「・・・・・あー、・・・お前太陽と月の巫女か・・・?」

 その問いに、娘は、

 「はあ、なんか、そう言われてますね」

 と、言ったのだ。再度俺達が固まったのは言うまでもない。

 しかも、だ。門外不出の巫女姫がここにいるってことは・・・・・・・・・・・・・・・・・。


 「「あんの馬鹿、よりによって太陽と月の巫女拉致りやがったああああああああっ!!!」」



 殴る。

 締める。

 よりによって、我が君がいない時を見計らって、巫女姫拉致るか、普通!あ、普通じゃなかった。大馬鹿だった・・・。

 いらいらすると言葉もきつくなる。

 「どーするよ。イルセラ!あの馬鹿がしゃしゃり出てくる前に巫女姫隠さねーと!」

 俺達二人、考えは一緒だった。

 

 

 精霊の恵み溢れる水の都と謳われた、シェルグランの首都りオーネでは、精霊の祝福が失われていった。水も火も土も木も風も。

 人を・・・厳密に言えば、太陽と月の巫女を廃絶する事に賛成を唱えた貴族を拒絶していった。

 貴族の荘園がまず衰えていった。

 農産物が枯れ行き、各地の貴族の既存の産業に陰りが見え始めた。

 焦り始めた荘園持ちの貴族たちは、元老院の要人に詰め寄った。

 「精霊の息吹がまったく感じられなくなったんです。元老院の皆様は、太陽と月の巫女は廃絶だと仰っておられたが、関係があるのではありませんか?我らが巫女姫を奴隷と罵った事、精霊たちに伝わっているのでは?」

 「神殿の祭祀長の謹慎を解いてください。祭祀長に精霊たちの声を聞いてもらわねば!」

 「神殿の周りの農地はいまだ精霊の祝福溢れる、恵みに満ちた潤いの地。転じてみれば我らの大地は土が衰え、木も立ち枯れる始末!貴殿らの言葉に従った我らが愚かだった!」

 「他国を省みれば、あの差別の激しい、土の国の要人でさえ巫女姫擁護に立ったというのに!貴殿らは、わが水の国を枯らすおつもりか!」

 「私は、先ほど火の国より帰ったばかりですが、彼の国は早々に国を挙げて巫女姫擁護に走ったためか、精霊の息吹に溢れた実り多き国に変わっておりましたぞ!あの、鉱山と傭兵の国がですぞ!私のような、精霊の加護の薄いものでも、精霊の息吹が感じ取れるほど濃厚な気でございました!」

 貴族、商人、農民がよってたかって攻めてきた頃、水の国の元老院の要人達は、同じように王弟殿下に迫っていた。

 「殿下。どういうことですか!巫女姫は刻印が成されたため、奴隷は奴隷と見なすと!そう宣言してから今までの国の衰えは目に余るものがございます!宣言を撤回してください!」

 「できぬ!今、巫女はやはり巫女だった等と言えば、俺の立場はどうなる!刻印奴隷は刻印奴隷だ!撤回などせん!それに、それに・・・もうすぐ奴隷娘が我が手に入るのだ!いまさら、奴隷じゃないなどと言ったら・・・」

 並み居る要人を前に頑なに前言撤回を渋る男。イルセラとセルリアに頬と顎を砕かれた情けない顔で、それでも威厳を出そうと顰め面でさけんでいた。

 「そう、やはり、巫女姫を攫ったのは貴方だったんですね・・・?」

 ざわり、と場が騒然となる。

 場に踏み込んだ異分子は余りにも美しい、美貌の持ち主だった。

 「あ、・・・・・義兄、上・・・」


 精霊は正直だ。

 巫女姫擁護に回ったもの達には変わらぬ庇護を、巫女姫を辱めた輩には、それ相応の罰を。

 人間は、思い知るべきだ。自然を、精霊の息吹を。いかにはぐくまれ、守られていたのかを。

 はっと気付けば、あの馬鹿の名前が出せてない!あれー?

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