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第五十九話:子ウサギと狼と、狐と狸。3

 水の国、シェルグランのリシャール王は、守護精霊が形どる天翔る竜の背で、秀麗な顔に陰りを浮かべていた。根の国からの急ぎの移動の為、急遽、顕現させた竜も下界を見つめ嘆きの声を上げた。

 「・・・守護殿。水の国の元老院は、精霊巫女姫を否定したのですね?」

 その問いに、是。と答えが返る。

 「愚かな・・・。して、水の神殿の祭祀長は如何?」

 その問いには、応。と返る。

 「ふむ。水の神殿は巫女姫擁護に立ちましたか。では、イルセラとセルリアは・・・ああ、元老院の愚か者のせいで、身動きが取れないのですね。まったく、面白がっているのでしょう、あの二人。実力を持ってかかれば、一個大隊くらい、ひとりで殲滅できるものを。守護殿、声を飛ばしてくれませぬか?あの怠け者たちに仕事をしろと、怒鳴りつけてください」

 それには呵呵大笑で応と答えが返った。

 「やはり、老害に国を任せておくと碌なことになりませんね。チヒロを迎えるためにも、今この国に蔓延る悪い芽を根こそぎ引き抜いて綺麗にしなくては・・・。それから、愚弟の様子は?」

 それには、戸惑いの声が返る。

 「見えない、と?おかしなことを」

 リシャールもまた首を捻った。愚弟は世にも稀な愚か者で、王家の血を引いておりながら一向に守護精霊の加護がない、無能者だった。なのに、人一倍、玉座に執着する者、だった。

 根の国エルレアに踊らされた義母のこともある。何とかして、巻き返しを図るはずなのに。

 精霊の力を遮る、何かの呪符でも使用しているのだろうか?

 「・・・守護殿、引き続き監視をしてくださるか?王宮から消えたチヒロが気になります。まさか、遠く離れたここまで姫がやって来るはずはないのだけれど・・・なぜか、嫌な感じがするのです」

 それには、応と答えが返る。それに、少しだけ顔色を良くして、リシャールは微笑んだ。

 「さ、元老院の老人達を隠居させて、少し頭のやわらかい国にしましょうね」



 水の国では、まことしやかに囁かれていた。

 「なあ、元老院のお歴々が、太陽と月の巫女を廃絶するって騒いでいるけど・・・いいのか?」

 「刻印押されりゃ奴隷だけど、精霊巫女姫の代わりは居ないんだぜ。いったい誰が代わりに精霊の声を聞いてくれるんだ?」

 「しかも、無理やり押されたって話じゃないか。大体、根の国の王が、巫女姫欲しさに押したんだろう?奴隷身分に貶めれば、五王国のいずれの国も受け入れないと踏んで、押しちまったって話だ。それほどに価値のある姫を、刻印が成されたとはいえ手放すってのは、なあ」

 「しかも、巫女姫擁護に立った水の神殿の祭祀長が、屋敷に監禁されたって」

 「リシャール王、早く帰って来ないかな・・・この国、精霊に見離されちまうぞ」

 「・・・そうだな・・・。みろよ、公園の噴水の水、ずっと止まったまんまなんだぜ。こんな事、俺が子供の時はなかったぜ」

 「農地の用水も、随分かさが減っているって・・・」

 「川の水もいつもの年より随分・・・。湖はもうじき干上がるって話だ」

 男達は首をすくめて、小さく身震いをした。



 リシャールが上空から水の国の動向を見、考えていた頃。

 根の国では。

 「・・・・・この部屋に、転移法陣があらかじめ描かれていたのか。ここに足を踏み入れれば転移する仕組み、か」

 小さな部屋に光を当てて、呟いた。

 「どこへ転移したか、追尾できるか?」

 「陣の組み方を調べている。大まかな方角は、ここより、東のようだが・・・まあ、あの下種を締め上げれば明らかになるだろう」

 「・・・・・こっちの部屋も見てくれ。別の陣が敷かれている。他国から娘を転移させるのに使っていたのだろう」

 「これなら、要所要所に隠れ家を築くだけで、人知れず娘達を移動させるのが可能だな・・・」

 攫われてきた娘達の国はさまざまだった。風、火、土、木、そして、水。小国の娘もいた。五王国の近衛兵たちが、探査に当たっている中で、アレクシス王とセイラン王、シャラ王の三人が指示を出す。

 「男の背後に何処の国の者がいるのか・・・地下に水鏡があったね。探れないかい?」

 「水の精霊使いで腕の良い者は?リシャール殿が別行動になったのが口惜しいな」

 「時間はかかるだろうが、探れない事はないだろう・・・しかし、守護殿、あなたが居ながら遅れを取るなど」

 セイランがちらりと灰色狼を見た。

 灰色狼はふんとそっぽを向いている。

 そこへ、オウラン王がやってきた。黒い大蛇が、数人の女性を一纏めにしている。

 「・・・・・オウラン?そちらは?」

 「ああ、兄上。愚か者ですよ」

 「ほう、」

 各王が、冷ややかな目で精霊に拘束された女達を見た。その冷えた、侮蔑の目に女達はしばし怯むが、救いを得ようと声を上げた。

 「あ、あ、お助けくださいませ!オウラン様をおとめくださいませ!わたくし、何も、何も知りません」

 「我が君!お許しくださいませ!わたくし、わたくしは!」

 「お助けくださいませ!どうか!」

 「・・・弁解は聞いてあげてもいいよ。情報によっては、扱いも変えてあげよう。この、人攫い宿と懇意にしていたのは誰?」

 アレクシスが尋ねる。その言葉に、数人の女が目を泳がせた。

 ん。と、アレクシスが促す。

 娘が王の問いに、震える口を開いた。

 「あ。アマリエさまです。我が君。アマリエ様のお父上が、この宿の主人と懇意にしておられると」

 「メイリー!違います、違います、そんな・・・」

 女達の罵り声。それに眉をひそめながら、オウランが口を挟んだ。

 「ゼルファス侯爵二の姫、アマリエ殿。そうかな?メイリー殿が正しい。ただ、今回はお父上は絡んでいない、そうだね?」

 優しく、目線をあわせて尋ねる、オウラン。それに、娘はかくかくと頷いた。

 「・・・そう。今回の巫女姫拉致に協力を示したのは、君たち。ねえ、僕は謀反を起こされても、首謀者がわからない、無能者だと思われているのかな?それとも、侮っている?」

 静かに、むしろにこやかにそう話すオウランに、娘達は震え上がった。

 女は、保身に走る。相手を口汚く罵り始めた。

 「ア、アマリエさまが!巫女姫を我が君から引き剥がすために、謀ったのです!わたくしは、それ以上のことは、知りません、こんな宿屋も、ここで何が起こっていたのかなど!」

 「そうです。アマリエ様が、その、ど、奴隷を我が君のお側に置いておくことは叶わぬ、と・・・」

 「奴隷なら奴隷らしい扱いを、と・・・。お、おとめしたのです!ですが、アマリエさまは、聞き入れてくださらなくて!」

 「あ、あなたがた!」

 仲間の言葉に、渦中のアマリエが憤りの声を上げた。

 と、くすくすと笑う声がする。女達が、は、と意識をそちらに向けると、オウランが笑っていた。

 「くく、あ、失礼。あまりに可笑しかったので、つい。そう、奴隷は奴隷らしく、ね。いいね、君達。ここまで腹が立ったのは、久しぶりだよ」

 あはは、と笑う。

 ひとしきり笑い終えて、オウランがふと真顔になった。

 「・・・ああ、伝え忘れていた事があったんだ・・・アマリエ殿。メイリー殿。リーリア殿。セルリーナ殿。マナ殿。エマリナ殿。シャリア殿。貴女方は、土の国コクロウの貴族だそうだが、貴族にはない名前なのだそうだよ。・・・貴女方の名乗る家名に基づいて照会してみたら、すべての家からの返答がね、・・・我が家名に連なる者の中にそのような名を持つ娘はおりません、と言うんだよ。おかしいね?」

 女達の顔色が一斉に白さを増した。

 各王たちは侮蔑の眼差しで見やる。

 「家名のためなら、娘をも切り捨てるのか・・・。浅ましい」

 「やれやれ、馬鹿な子ほど可愛いんだが、馬鹿も過ぎれば、持て余されるのさ」

 「まあ、ゼルファス侯爵は、娘切り捨てても、自分の首が絞まっているのに気付いてはいるだろうけど・・・。人身売買に加担していたんだから」

 言い逃れは出来ないね、と呟くオウランに、娘達の声がかかる。

 「我が君!父は、私を見捨てたのですか?」

 「うそです!父や母が、私を見捨てるなど!」

 嘆く娘に冷ややかな目線をやって、オウランが言った。

 「・・・見捨てざるを得ない行いをしたのは、貴女方だ。精霊巫女姫を奴隷呼ばわりし、更に、連れ去る手助けをした。娘と、家名を天秤にかけて・・・家が勝ったのさ。貴族とはそんなモンだろう?」

 「哀れだと思うが、それ相応の報いは受けねばなるまい」

 「・・・今のチヒロには厄介なシルシがあるからな、どこに飛ばされたか、本当に知らないのか?仕方ない、あの男締め上げるか」

 「オウラン殿、この女達は?どうするんだ?」

 シャラが何の気もなしに尋ねた。

 「ああ・・・そうだな・・・。攫われた娘達の足取りを掴む為にも、おとりが必要だからね。ちょうどいい。刻印押して、どこに移送されるか、例の部屋に放り込もう」

 シャラ以上に気のないそぶりでオウランが答え、その言葉に女達が顔を青くした。

 そして宿屋の男が引きずられるようにやってきた。

 威圧的な眼差しの王にそれぞれ睨まれて、男は縮み上がった。

 「姫を、どこへ?」

 「・・・・・・お、畏れ、ながら、王様!俺、いや、私目は、悪いことはしておりません!その、その、う、売っぱらった娘達は、こ、こ、刻印奴隷でして!そ、その、法律に照らしても、なんの罪にもならないはずで!」

 がくがく震えながらも、自己の保身のためにそう言った男の目の前で、各王の纏う気が膨れ上がった。

 「ひ、ひいいっ!」

 あまりの威風に男が震え上がり、後ずさり、腰が抜けたのか、へたり込んだ。

 「この期に及んで、保身を図るか。一度、死んでみるかい?」

 「・・・・・いや、こいつにも、あの女たちと同じく、刻印を押してやろう。死ぬより辛い目に合わせてやる。今まで、攫われて、ここに連れてこられた娘達の分も」

 「それはいい。・・・で、今一度問う。姫は、どこだ?」

 「・・・・・あ、み、水の国の王弟殿下が、御所望で・・・・・」

 「・・・・・売ったのか」

 との問いには、答える勇気がない男が気を失った。

 衛士が気絶した男を、騒ぐ女達をひきたてていく。向かう先に、熱く焼けた金属があった。

 まず、男の胸と背中に刻印が押された。そして。

 「・・・・・いや!いや!奴隷になどなりたくない!」

 「ア、アマリエ様のせいよ!貴女があんな事に誘わなければ!」

 「はなして!私は、奴隷になどなりたくない!はなして!」

 「いやあ!ゆるしてください、我が君!」

 「アマリエ様!恨むわ!貴女の策に乗ったばっかりに!」

 「我が君!我が君!お慈悲を!」

 髪を振り乱し、暴れる女を押さえつけ、次々に王国の衛士が女の胸に焼きごてを押し付けていく。その様を、アマリエが震えながら見ていた。その隣にオウランが立ち、囁いた。

 「・・・報いは、受けねばならない。一番の屈辱を貴女に奉げよう。衛士よ。彼女の刻印は、額に」

 「・・・っっ!!」

 目を見開き、わなわなと震える。自分が招いた罪の大きさに、罰の大きさにアマリエは声も出ない。先に刻印を押された女達の呪詛を一身に浴びながら、額に熱い熱の塊が押し当てられるのを、ただじっと待っていた。


 「チヒロは、水の国の王弟のもとに居るらしいね」

 「リシャール殿の胸騒ぎも正しかったわけだ」

 「間に合ってくれるといいが・・・守護殿、伝言を頼めますか?」

 セイランの声に、灰色狼が、るる、と頷いた。

 「では、急ぐとしよう。転移法陣の準備は?」

 アレクシスの言葉に衛士達が慌しく動き始めた。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 




 

 

 

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