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第五十六話:国の行方

 戒厳令をしいても、人の口に戸は立てられない。

 ましてや、悪意持つ者にとって、追い落としたい者を貶めるのに、なんの戸惑いがあろうか?

 「ほ。ほ。愉快!あの小娘の胸に、華の刻印がなされたそうよ!」

 「まあ!それは本当ですの?ですが、華の刻印を持つ者がなぜ今も王のお側に?」

 「泣きついたに違いないわ!お優しい、我が君に!」

 「いけませんわね、我が君のお側に刻印奴隷が侍っているなど、他に知れたら一大事ですわ!」

 「太陽と月の巫女姫と言えども、ひとたび、華の刻印を押されてしまえば、それは奴隷!奴隷ごときが王の側に侍ること、なりますまい!」

 「みなさま、私に考えがございますわ。奴隷娘に思い知らせてやりましょう!・・・ああ、風のカーシャ様にしられてはいけませんよ?風の神殿に使えるものどもは、未だにあの娘を巫女姫として崇め奉っているのです。それから、火の国の者にも!彼の娘を国の恩人として、変わらぬ忠誠を奉げているのですから!忌々しい事に」

 「奴隷は奴隷らしく、鎖につながれていれば良いものを!まったく忌々しい!」

 深窓の姫君たちは、美しい顔を歪ませて策を練る。

 嫉妬に狂い、誰もが正常な判断を出来ずにいたのだ。

 考えればわかるものを。

 ・・・誰が望んで刻印を押されようや?

 そして何故、押されてしまった者の嘆きに思い至らない?押された者がもしも自分であったなら、と、なぜ考えもしないのか。何故、こうも、他者の痛みに無知なのか!

 そして何故、気付かない?

 なぜ、刻印を押された者がそれまでと同じように過ごしているのか。

 それを許したのは、他でもない、彼女らの言う、お優しい我が君たちであるのに。

 ・・・彼女らは、思い込みに囚われる。

 我が王のため。我が王の眼を覚ます為。・・・そこに打算は存在する。

 そう。

 あの娘さえいなければ!と言う、邪な思いが。

 「皆様、それではこのようにして・・・」

 女達の思いが駆け巡り、刻印の巫女姫を巡る謀が動き出す。

 女は踊り、破滅を呼ぶ。


 ・・・チヒロの周りは風の国、火の国で親しくなった侍女たちが、固めていた。皆、優しく慈愛に満ちた女達で、チヒロの胸の華を痛ましげに見やるが、いつも通り微笑みかけてくれる。チヒロが密かに畏れていた、差別などあるはずがなかった。

 彼女らは思い知らされていたのだ。

 刻印がもたらした脅威が自分達のすぐ側にあったことに。見ないふりで、あずかり知らぬと目を逸らしていた現実が、突きつけられたのだから。

 この世界で、最も高貴と目される姫巫女の胸に咲いた、刻印の華が、侍女達に現実を突きつけてきたのだ。

 何とした事、と彼女達は嘆きあい、チヒロの受けた痛みに思いを馳せて身をふるわせた。

 けれども話し合ううちに希望の光を見出したのだ。

 「奴隷制度を野放しにしていたわが国の罪を、目の前に引き出されたような衝撃でした。姫様でさえ、押されてしまうのです。今まで私が刻印なしで無事におられた事が奇跡のように感じられます」

 「ええ、わたくしも。・・・わたくし、口を噤んでいたことがございます・・・。わたくしの、幼馴染になります少女が昔攫われた事がございました。彼女もまた、姫様のように刻印を押されて絶望のうちに・・・死を、選んだのです。彼女のような、姫様のような、不幸な少女をこれ以上増やしてはならないのです。我が王の仰るとおり、華の刻印は奴隷の証ではなく、尊き姫の祝福ととらえては如何でしょうか?」

「・・・姫様の胸に咲く華は、虐げられていた奴隷たちへの贖罪の証なのかもしれませんね。そうでなければ、何故こんなにも悲しく美しいのか・・・。巫女姫さまに背負っていただくにはあまりに重いシルシですが」

 「・・・辛い思いをなさった姫様のために、これ以上姫様が辱めを受けぬよう、我らも心して立ち向かわねば・・・国に残る者に働きかけて、奴隷制度廃止の声を高めてもらいましょう」

 侍女達の囁きは、やがて城の中に広まっていく。

 チヒロの姿を近くで見、声を交わした者ほどその考えに同意していった。それは、厨房を任されていた、火の国の料理人、リイノも。彼はせっせとチヒロのために料理に励んでいた。チヒロが心労で倒れてしまわないか、絶望で塞ぎこみはしないか、心配でたまらなかったのだ。彼は、根の国への旅の途中に、チヒロに教えてもらった「ケーキ」を焼くべく、試作に試作を重ねていた。

 「ふわふわの・・・「スポンジ」状の土台を半分に切って・・・「生クリーム」をよーく泡立てた物を・・・こう塗る・・・。フルーツを散らして・・・こうかな?はさむ・・・。角が立つほど泡立てたクリームを・・・塗って・・・飾る・・・ふむ・・・こんな、感じか?」

 真っ白のクリームで飾られた、見事なケーキ。アクセントは青いお化けイチゴのジャム。それを満足げに見てから、リイノは感慨深げに呟いた。

 「これを見て、姫様、笑ってくれると好いな・・・」

 「大丈夫ですよ!姫様、きっと笑顔になります!だって、姫様いっつも言ってたでしょう?お菓子は人を幸せにするって!」

 ワゴンに皿とカトラリーをそろえていた侍女頭が明るく言った。その言葉に、リイノは瞠目する。

 「そう。そうだな。姫様はいつも言っていた。お菓子は人を幸せにすると。その通りだ。今度は我らが姫様を幸せにする番だな。・・・ああ、お茶は刺激のない淡白なものを。それから、木の国特産の、甘露水を添えて出してくれ」


 城から遥か離れた鉱山でも、沈痛な顔をした男達が顔をあわせていた。

 火の国シャザクスの温泉保養施設で働くものたちだ。

 「・・・聞いたか?酷い話だが、事実なのか?」

 「・・・戒厳令が発せられているが、おおむね本当らしいぞ」

 「・・・なんて事だ!巫女姫様の胸に華の刻印がなされたなんて!そんな、惨いことがなぜ行えるんだ!」

 「・・・なあ、姫様は奴隷身分に落とされるのか?」

 「!そんな、そんな事・・・。・・・いや、もしもそうなら・・・王様にお願いして、巫女姫様をシャザクスに迎えよう!王宮御用達の商人みんなで嘆願すれば・・・!」

 「・・・そうだ、巫女姫さまはシャザクスの恩人だ!恩人に恩を返すのは当たり前の事だろう?」

 シャザクスの商人たちの気運は盛り上がる。鉱山所有者達も、さらに、施設で働く女達もまた。

 ・・・特に、女達の嘆きの声は高く、まるで娘を奪われた母のような悲壮さで持って、王宮を揺るがした。中には、実際に自身の子を攫われた母もいたのだ。

 ここシャザクスにおける、奴隷制度廃止運動はここに来て一気に加速した。


 木の国では甘露をもたらした巫女姫に対する憧憬が深く、新たに起こした甘露水事業の発展や、樹液採取による、新たな甘露を見出した巫女姫に対する敬意もあった。

 ・・・彼らにまったく打算がないとは言わない。むしろ、巫女姫の持つ知識を欲した木の国要人たちが、挙って巫女姫擁護に回り、時を同じくして奴隷解放の動きが加速しだした。

 「打算だろうが何だろうが、チヒロを守るためなら容認するよ」

 ・・・とは、伝え聞いたセイラン王の言葉である。


 土の国の要人たちの嘆きもまた深かった。五百年ぶりに巫女姫を迎える事が出来るかもしれないと思っていた矢先のこの騒動に、彼らの心中は揺れに揺れた。

 「王が求めた巫女姫に、よもや華の刻印が押されようとは・・・!」

 「我が君の嘆きたるや、いかばかりか!おいたわしや」

 「・・・だが、どうするのじゃ。刻印を持つものが王の側に侍るなど、あってはならぬ話だ」

 「華の刻印は奴隷の証。・・・なれど、太陽と月の巫女姫じゃ。しかも、根の国王が我が物とせんために押したと聞く。なるほど、我らのような古い考えに囚われた国ならば、巫女姫から手を引くだろうな。根の国王もそれを狙ったのであろう?なれば、取るべき道は自ずとわかろう?」

 「・・・まさか、刻印を持つ者を王家に迎えると?」

 「・・・なんと!奴隷の証を刻んだものを王室に?それは・・・!」

 「・・・それ、そのような認識を変えて行こうではないか。華の刻印など、巫女姫の飾りでしかないわ。いかに刻印が押されようとも・・・太陽と月の巫女に代わりはないのだから」

 「・・・そう、であるな。確かに、精霊巫女姫に代われる者などいないのだから・・・」

 「・・・確かに・・・だが、ご先祖に顔向けできん」

 沈み込む要人たちを前に、中心となる男が厳かに口を開いた。有無を言わせぬ威圧感にその場にいたほかの者どもが畏縮した。

 「・・・コクロウ国、元老院はここに宣言する。華の刻印を施されし姫巫女に、落ち度はない。よってコクロウは、引き続き太陽と月の巫女を支持し、保護するものなり」

 


 そして。水の国では。

 一人の男がほくそえんでいた。

 「稀なる巫女姫が、奴隷身分におとされたと。早く早く、その娘を手に入れるんだ」



 そして。

 ・・・渦中の姫巫女は、相変わらず軟禁生活を送っていた。

 「巫女様。・・・チヒロ様・・・。あの、少し耳に挟んだのですが、・・・チヒロ様は、こ、刻印奴隷の話を聞いてみたいと、仰っていたとか・・・」

 見慣れぬ侍女がやってきて、どこかおどおどと、チヒロにそう言った。

 チヒロは深い月色の瞳に逡巡の色を乗せて、侍女を見つめると、ほう、とため息をついた。

 彼女の周りで騒ぐ精霊の声に耳を傾ける。

 「・・・・・うん。一緒に行くわ。・・・妹さんが捕まってるのね?私を連れて行かないと、妹さんに華の刻印が押されちゃうのね?」

 そう言ったチヒロに、侍女の目が驚きに見開かれた。わなわなと震える体、青褪めた顔。その瞳から涙が溢れ出した。

 「・・・も、うしわけありません、みこひめさま・・・・・!わ、わた、し・・・わたしは・・・」

 わっと泣き伏せる侍女を見たまま、チヒロは精霊に思い馳せる。応と答える声にひとつ頷き、イザハヤを呼ぶために、立ち上がった。

 

 

 「風がさわいでいるよ」

 「火が煽られているわ」

 「水が嘆いているよ」

 「土が怒っている」

 「木がいっせいに木の実を落としてしまった」


 精霊の嘆きは深い。

 人の悪意を感じ取り、彼らの姫に向けられた感情に嘆くのだ。

 彼らは姫を思うあまりに、それを知る。

 姫に押された刻印ゆえに、精霊巫女姫を人間どもが愚弄しているのだと。

 シルシひとつ。

 それが齎すものは、いったいなにか?


 「長!水が、枯れそうです」

 「あんなに肥沃な大地だったのに、なぜ?」

 「いっせいに木の葉を落としてしまうなんて!」

 「火が、制御できない!」

 「風がおさまらない!」

 

 神殿の祭祀に齎される情報は、日々悪くなっていった。

 土の神殿の祭祀長は、青い顔で祭壇に祈りをささげていた。

 いつもなら感じられる、精霊の息吹が一向に感じられない。風はなりを潜め、火は制御できず、水は枯れ、土は色あせ、木にいたっては立ち枯れる有様。

 今も、元老院のお歴々が神殿に対して精査せよと、言い募ってくる。

 「何とした事だ!精霊が怒っている」

 「やはり、巫女姫に対する仕打ちのせいか?だが、我らはいち早く擁護に立ったではないか!」

 「何と言っているのだ?神殿の祭祀長ならばそれぐらいわかるであろう!」

 土の国の元老院の要人を前に、一瞬口を噤んだ祭祀長だったが、やがて重い口を開いた。

 「・・・・・我が姫を愚弄する人間に精霊の祝福は叶うまい、と・・・」

 さらに続ける。

 「我が姫を辱めんとする輩に、何の祝福があろうか、と・・・」

 「・・・どういうことだ?姫は根の国の城深くに匿われたままだと、聞いておるぞ?我が王が側を固めていると・・・」

 元老院の要人が呟いた時、そばに詰めていた若い祭祀が声をあげた。

 「土の精霊が・・・!姫が攫われたと言っております!」

 「なんだと!」

 根の国の城より遥か遠く。

 土の国の名だたる要人が騒ぎ始めた頃、根の国の城内もまた、同じように騒ぎ始めていた。

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