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第五十三話:刻印の巫女姫

 チヒロとエルレアの姿が消えた後の広間は、地獄となっていた。

 各王の怒りは凄まじく、それをたった一人で受けていたルテインにも限界が近づいていた。もともとそんなに強いわけではないのだ。傀儡術で、自分自身を操り力の底上げをしていたルテインにとって、この時間は拷問以外の何者でもなかった。

 身体は傷つき、血に濡れていない箇所などなかった。

 だが、それでも。ルテインは挑み続けた。無駄な時間稼ぎだと承知の上で、それでも、エルレアのために何かを成してあげたかったのだ。

 一方、各王達は、焦りのために本来の力を出し切れていなかった。閉ざされた空間から、チヒロの気配を追いつつ、ルテインと対するのはいかな王でも難しい。しかしそれでも彼らは諦めず探索の手を伸ばしていた。

 エルレアの気配と共に、チヒロの気配を感じた時。

 こみ上げる安堵感と共に、ふつふつと怒りがこみ上げた。その思いのまま、ルテインに向けた一撃は、忽然と現れたエルレアによって、霧散した。

 ちいっ!と舌を打つも、第二波を投げつけようとして、寸前で無効化した。

 なぜなら、そこに、ぐったりと身を預けたチヒロを見たからだ。

 「チヒロ!無事か!」

 セイランが叫ぶ。声に後押しされるように、顔を上げたチヒロの、目元が赤い。

 泣いたのだ。泣かせたのだ。と知らされて、怒りに目の前が赤く染まった。

 「エルレア!貴様、許さんぞ!」

 「エルレア!姫を放しなさい!」

 撃高する彼らを目の当たりにしたエルレアは、彼らを見やり、・・・笑った。

 「お言葉どおり巫女殿はお返しする。・・・ああ、ルツがお世話になったようですね。ルツ、生きているかい?」

 「・・・・・・」

 声はなく、けれども、荒い息だけの返事に、くく、と笑う。

 その声が、その表情が、王達を苛立たせる。訳もなく不安を募らせる。

 時間は、短かった。なにが出来る?何を成せる?

 だが、不安が叫ぶのだ。何かをされたはずだ。あのチヒロが、怪我ごときで泣くはずはない。

 「さ、巫女殿をお返ししよう。・・・受け取っていただけるといいね、チヒロ?」

 エルレアの言葉に、びくりと肩を揺らした、頼りない風情。哀れを呼ぶその風情に、王は憤った。

 肩を抱き、詰問したい。何が、あった。何を、された?

 交わされた瞳は、不安に揺れ、目の端に涙が浮かぶ。頼りなげな顔。かき抱き、守りたくなる。夕べ、確かに紡いだきずな。簡単に揺らぐはずなどないと思っていたそれ。

 「ああ、巫女殿。ちゃんと見ていただかないとね?」

 エルレアの言葉に頭を振り、後ずさるチヒロに不安が募る。胸を隠すように布を握りしめたその手を、エルレアが乱雑に握りしめた。

 小さな諍いが起こる。

 けれど、それも、時間の彼方。

 「・・・やっ、いやあっ!」

 胸元を曝け出すようにして両の手を取られたチヒロの胸元に、赤く赤い、華の戒め。


 時が、止まった。


 「・・・ば・かな・・・。華の刻印だと・・・?」

 うめく声は、いったい誰の。舌打ちしたくなった。しかしチヒロが誤解するのはいけない。

 すくむように身を小さくしたチヒロを守るために、一歩踏み出す。

 同時に踏み出したものは、五人。

 瞳交わして、口の端で笑いあった。恋敵どもめ!

 「王・・・!」

 「王!」

 「王よ!」

 「王!」

 そこここで、声が上る。

 諌める声。止める声。咎める声。

 馬鹿な、そんな声を彼女に聞かせるな!

 「チヒロは、私が求めた初めての女だ!そんな刻印ひとつで、彼女の価値が下がるとでも?」

 「貴様ら、チヒロを貶めるような声を発するな!」

 「彼女は、まこと、私が欲するただ一人の女性です。そんな、刻印ひとつで諦めるとでも?」

 「何も心配は要らないよ、顔を上げなさい」

 「チヒロの胸に咲く華だ。美しいじゃないか!」


 「ふ・・・。成る程天晴れだ!だが、国の者は眉をひそめるぞ?略奪奴隷の刻印が施された者に、権利はない。いかに高貴な姫君でもだ!この巫女姫に、押された刻印はずっと付きまとうぞ、それでも、この娘を求めるのか?」

 エルレアはさらに言い募った。エルレアに抱かれたままのチヒロが震えるのが判った。

 いまいましい!

 その口、縫い付けてしまいたい!

 憤りを隠しきれずに、セイランがエルレアを睨んだ。

 「チヒロがチヒロである限り、私はチヒロを欲し続けるさ。その刻印とて、エルレアお前がチヒロを手に入れるために押したのだろう。そんなものに惑わされるほど、私は馬鹿ではないよ。エルレア、お前を哀れに思うだけだ」

 「チヒロを飾る華だ。美しいと思いこそすれ、誰が奴隷の刻印だと思うのだ」

 オウランが続ける。

 「姫を飾る華がひとつ増えただけの事」

 「誰に何を恥じねばならん?恥じ入るべきは、貴様だろう!」

 「痛かっただろう?可愛そうに」

 リシャールが、アレクシスが、シャラが、思い思いに声を掛けていく。その姿に、兵士達の顔色も変わり始めた。

 「・・・そう。そうだ。わざと押された刻印に、何を恥じることがあろうか!我が王の言葉通り、巫女姫殿を飾る可憐な華ではないか!」

 近衛兵が、衛士たちが、口々にチヒロの華を称えはじめた。


 その言葉に、何よりほっとした顔を見せたのは、誰あろう、エルレアだった。

 チヒロの耳元で囁く。

 「・・・すまなかったな、巫女姫殿。厄介なものを背負わせて。だが、お前のような女なら、その刻印に押しつぶされる事もないだろう。守ってくれる奴も、こんなに沢山いるようだし。俺は、やはり、いらないようだ」

 「エル、レア?」

 片頬だけで微笑むと、チヒロを拘束していた綱を解き、王たちに向けて突き飛ばした。

 「チヒロ!」

 咄嗟に駆け寄り、腕の中に匿う。大切な大切な者をまもるために。

 五人の腕の中に吸い込まれるように収まって、チヒロは、安堵のため息をついた。

 破れた胸元を隠すようにリシャールがマントを羽織らせた。

 対峙する男達の眼差しを揺るがしたのも、やはりエルレアだった。


 「貴殿らに問う。その華は、何物にも変えがたい、ただひとつのものか?」

 応、と声が返る。

 「貴殿らに問う。華の刻印は、人を縛るものであるか?」

 否、と声が返る。

 「貴殿らに問う。では、何故人は人を縛る為に華の刻印を押すのであろうな?」


 エルレアの問いに王は、思い思いに答えを述べた。

 「・・・古い時代の遺物にすぎぬ。最早、過去に縛られる事はないだろう」

 「忌まわしい記憶に過ぎぬ。今にそぐわぬ記憶だな」

 「忌むべきは、その刻印に縛られ、拒絶を示した人間の所業。国のせいでもある」

 「忌むべき記憶に縛られた者どもの哀歌にすぎん。正さねばなるまいな」

 「過去の間違いは正さねばなるまい。・・・今がその時なのかも知れん」


 「重畳!」

 エルレアが満足げに微笑んだ。

 居並ぶ五人はそんなエルレアを睨み上げた。忌々しげに声に出す。

 「エルレア、貴殿が思うことはなんなのだ。チヒロに華の刻印を押してまで、彼女が欲しかったのか・・・?」

 その言葉に、エルレアは答える。

 「刻印を見て怯まぬ者はおるまい?現に貴殿らに些かのためらいもなかったとは言わせない。それほどにこの刻印には忌まわしい記憶があるのだから・・・。私は、貴殿らを試す為に刻印を押したのだ。彼女には、すまないと思っている。厄介なものを背負わせる事になるのだからね」

 「・・・何故、チヒロなのだ。チヒロを貶める事に何の意味がある?」

 「彼女が、太陽と月の巫女姫だからだ。稀なる巫女姫だからだ。だから、彼女に背負わせた・・・。彼女の代わりに立てる者はいない。その事実と、過去の忌まわしい記憶。どちらが勝つのか、と考えた。その上で、彼女を亡き者とするならば、その時は彼女をこの手にし、この世界を敵に回すつもりだった」

 溜息のように、囁くようにエルレアが続ける。

 「・・・私は、貴族制度も奴隷制度も壊してしまいたかった・・・。稀なる巫女姫の胸元に咲く華は、美しいだろう?貴殿らの言葉どおり、誰が略奪奴隷の刻印と思うだろうか。・・・私は、奴隷たちの名誉を回復したかったんだ・・・」



 

 

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