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第五十二話:戴冠式・2

 扉の向こうに、エルレア。

 真っ直ぐ私を見据えたまま、進んでくる。

 並み居る貴人に目もくれず、そのまま、ひざまずき、頭をたれる。

 私は、震える腕を伸ばして宝冠を手に取った。ずしりと重い、宝冠。

 それを奉げ上げ、エルレアの頭上にそっと下ろした。

 一瞬の沈黙の後、会場内にわっと歓声が起こる。


 華が舞う。

 とりどりの華が、舞い上がり、踊る。

 寿。誉れ。祝い。祝え。この喜びを高らかに!この国の新しい王の誕生を、いっせいに祝い、歌い上げた。チヒロは。微笑み、その光景を見ていた。

 そう、見ていた。


 目を離したのは、刹那の一瞬。


 宝冠の台座から、黒い綱が無数に捩れあい、膨れ上がりながら、チヒロを目指して襲い掛かった。

 

 刹那、顕現した精霊たちが、黒綱を噛み切り、引き裂き、燃やしかかる。

 イザハヤが、ハビシャムが、剣を片手に壇上に駆け上がった。近衛兵がつづく。

 一拍遅れて、セイランが、アレクシスが、リシャールが。シャラが、オウランが、応戦の構えを見せ壇上に駆け上った。

 チヒロは身を捩って、捕まらないよう逃げながら、ドレスの裾を破り剣を取り出した。

 左手に剣を掲げ、黒綱を弾き落とす。上下左右、いずれの方角からも捕らえようと黒綱が迫るのを、かわし続け、潜り抜け、時に転げまわりながら、チヒロは耐えた。

 王の手が、チヒロに伸ばされ、チヒロの瞳がそれを追った。

 その時、黒綱が一気に膨れ上がり、束となり、チヒロを押しつぶすように、彼女の元に殺到した。そして・・・黒綱に絡め取られたまま・・・消えたのだ。

 刹那かわされる眼差しは、どれも何時になく真剣で、焦りを覚えていた。

 なぜなら、そこにいるはずのもう一人。エルレアの姿がなかったのだ。


 咄嗟に走り出そうとした彼らを止めたのは、根の国の傀儡術師・ルテインだった。

 「・・・巫女姫様は、このまま根の国にとどまり、新しい国の礎に、なっていただきます。エルレア様と巫女姫の婚姻を、祝福してくださいませ、五王国の重鎮方。根の国は生まれ変わりますぞ」

 「なにを・・・言っている!」

 「根の国が変わるには、圧倒的な光がいるのです。闇に囚われたこの国を解放するには、巫女姫の持つ光が!闇を照らし、暖めてくださるやさしさが!エルレア様に、どうか!」

 最後まで聞かず、各国王は守護精霊を解き放った。彼らは躊躇せず空間を駆け抜ける。濃い精霊の気にその場にいた者が身を震わせた。

 「探せ!」

 にわかにあわただしくなった会場を出ようと王が動いたその時、ルテインの術が発動した。

 地面が唸り、磁場が輝きを放つ。

 空間が閉鎖されたのが知れると、各王の眼がルテインに突き刺さった。

 「結界を解いていただこう。ルテイン殿。それとも、力づくでがお好みか?」

 「なんとでも。光り輝く巫女姫は、エルレア様にこそふさわしいのです。あなた方は、エルレア様と巫女姫の仲を引き裂く、邪魔者でしかない」

 怜悧な眼差しがルテインを貫いた。

 気弱な者ならばそれだけで、震え上がるほどの、眼光。

 ・・・今や、恐ろしいのは、この地の揺れでも、切り離された磁場でもない。

 ルテインは知っている。

 今や、恐ろしいのは、その力を行使するに躊躇いを感じないであろう、美しい五人の王達である。


 寝台に投げ出された格好でそこに放り込まれたチヒロは、震えた。

 何もない空間。

 あるのは、ただ、大きな寝台と鏡のみ。

 鏡に映る自分の姿にさえ、おびえが走る。不安を感じて白い顔の自分が映っていた。精霊の気を探るも途絶えたままで、応答がない。左手に握りしめたままの剣を、胸に抱き寄せ辺りを見た。そっと自分に囁く。

 「・・・ここ・・・どこかな?」

 「俺の寝室だ」

 突然の声にひゃっ!っと声を上げて飛び上がった。慌てて振り返ると、薄暗い部屋の中に、いつの間にか、エルレアが現れていた。

 「・・・え、もしかして私ピンチ?て、て、テイソウノキキってやつ?」

 慌てて言ったら、エルレアが肩を震わせ・・・大笑いを始めた。

 ・・・なんかむかついた。

 「く。くく。ふてくされてるな、襲ってやろうか?お望みどおり」

 「あはははははー。結構です!」

 だって、エルレアにとって私、範囲外ですから!ほら、胸ないしー。あんた、ボインがいいんでしょー?・・・くそう、なんかへこんだ。

 「くく。自分で言って、自分で凹んで・・・ヘンな奴。ああ、そんなヘンな奴に、聞きたい事がある。お前、俺の后にならないか?」

 「や、むり!」

 だって、餓鬼だし。言ってたじゃない、餓鬼はいやだって!

 「そうか?ゆうべ、大人にしてもらったのだろう?」

 どんどん、エルレアの顔が近づいて、ざっと鳥肌が立った。

 身を捩り、エルレアに剣を向けると興味無さげにそれを見て、剣を持つ腕ごと強く捕まれた。何とか戒めを外そうともがけばもがくほどに、食い込む指。腕がしびれて、為す術も無く、剣がするりと側を滑り堕ちていった。かしゃん、と音が耳に響く。・・・逃げ場がなくなった。

 見開いた目に、迫るエルレアが映る。

 近づいてくる。

 許しも乞わぬ不届き者に、奪われる?

 嫌。

 嫌だ。

 そんなのは、嫌。

 「いやだったらっ!!!」

 どかん!と音がして、壁をぶち壊して黒いボールが飛び込んできた。くろいぼーる。あれって・・・。

 「だいちゃん!大丈夫?」

 黒蛇。土の精霊の威嚇する声がその場に響いた。それから、間を空けずに飛び込んできてくれた、灰色の影。

 「みどりちゃん!」

 精霊たちは、各々威嚇しつつ、エルレアに迫った。エルレアは、それを横目に、黒綱を操りだす。精霊たちを戒め、地に沈め、さらに付加をかける。そして、チヒロの首に黒綱を絡ませた。

 「・・・下がっていただこうか。精霊殿。姫の細い首がへし折れる様を見たいなら、それも構わないが・・・そこで黙って見ているがいい。巫女殿の胸に華が咲くのを」

 けほ、と咳き込むが戒めは、外れない。それどころか、両手、両足に黒綱が絡みつき、身動きが取れなくなった。動けば、首に絡む綱が呼吸を遮り、意識が暗く沈む。

 朦朧とした意識の中で、エルレアの言う華の意味を考えた。

 華。

 胸に咲く、華?

 頭に浮かんだのは、エルレアーナの血染めの刻印。

 咄嗟に身動いて、さらに首が絞まった。ちかちかと点滅する視界。歪んだそこに、どこか、悲しげなエルレアの顔が、あった。

 「お前に、恨みは無い。どちらかといえば、感謝しているくらいだ。俺に、母の言葉を伝えてくれた。だからこそ、俺は成さねばなるまい。たとえ、それが、間違いだとしても・・・」


 あ。

 声は、喉を裂いて響き渡った。

 

 いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。

 あつい。いたい。あつい。あつい。あつい。

 いたい。あつい。だれか。だれか。だれか。だれか・・・・・・・・・・・・・。

 タスケテ。

 

 闇はやさしい。

 どんな恐怖も、どんな痛みも、彼方へ追いやってくれる。

 優しい闇に包まれて、チヒロは意識を閉じた。

 

 

 

 ・・・じんじんと、身体の中から音がする。

 熱くて、痛くて、抉り取られるような痛み。でも、それを癒してくれる氷の冷たさ。

 泣き腫らしたまぶたが重い。叫びすぎた為か、喉が枯れて声が出ない。

 うっすらと瞳開けば、エルレアの瞳と合わさった。

 「・・・・・イタイ」

 かすれた声で呟くと、エルレアは一瞬すまなそうに顔を歪めた。だが、後悔はしているが仕方が無いと思っているのか、謝罪の言葉は口にしなかった。

 エルレアはチヒロを支えて立ち上がると、腰を支えて抱き寄せた。耳元で囁く。

 「もう、ルツも限界のようだし。・・・巫女殿。いいことを教えてやろう。俺は、この国に復讐するつもりだったんだ。貴族という貴族を殺しつくし、王宮も、人間もすべて焼き尽くそうと思っていた」

 エルレアは、ひとつ息をつく。

 「見ものだろう?・・・だが、そこにお前という素晴らしいえさが現われた。尊い巫女姫。稀なる巫女姫。完全なる太陽と月の巫女・・・。その巫女姫の胸に略奪奴隷の証があったら、彼らはどうするだろうな?同じように、蔑むか?それとも、亡き者とするのか?お前は、知りたくはないか?おまえ自身を欲したのか、おまえの持つ肩書きを欲したのか。それは、皆殺しより面白い見ものだろう?」

 エルレアは私の胸元を探りながら続けた。刻印。震えが走った。この痛みの持つ意味。

 エルレアはくすくすと笑う。

 「おびえているのか?だが、すぐにわかるさ。奴隷の刻印があろうともお前を欲する奇特な輩がいるのか、お前を拒絶するのかが」

 崩れそうな身体を抱え上げられ、エルレアが笑う。

 「・・・心配するな、いずれの王が拒絶を示そうとも、俺は、俺だけはお前を受け入れる。チヒロ・・・」

 黒い綱が足元から螺旋を描きエルレアとチヒロを包み込み、その身を隠した。

 

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