第四十九話:前夜祭・2
エルレアが使えていた前王は狂王とも、暴君とも呼ばれていた。
戦が始まると、攻めて攻めて、その国の民を殺しつくした。
王様に軽んじられていた第二王子は、いつも戦の最前線でその刀を振るっていたと言う。
エルレアーナさんを思う。
好きで好きで仕方が無い人は、自分を嫌っているという現実が王様を壊した。そして今、エルレアをも押しつぶそうとしている。
私にできる事なんて、微々たるものだ。だけど、エルレア、闇の中にうずくまったままでいるのは、もう、やめて。
私のいるここから、さらに遠く、遠いそこにエルレアが立っていた。
威風堂々とした佇まいで、前を見据えたまま、居並ぶ貴人の言葉に耳を傾け、時に何かを話している。ひとしきり話し込んだ後、こちらを見つけ、眼が合った。そのまま、ゆっくりと歩き出す。遅れてひるがえる深紅のマント。
並み居る貴人達の目にも少しの動揺も見せず、彼らの中央に自然に現れた道を行く。
そして、私の前までやってきて。
ひざまずいた。金の瞳が輝く。
「太陽と月の巫女。麗しの姫君のご尊顔を拝謁でき、このエルレア、無上の喜びにございます。・・・さて、姫君、今宵の宴は楽しんでいただけておりますか?」
「はい」
エルレアの自信に満ちた顔を見ながら、にこやかに答える。
うん。ある意味、自信たっぷりな孔雀美女の品評会は楽しい。
エルレアに向けて伸ばした手に口付けられ、その手を取られたまま、エルレアが立ち上がる。
周りにいる、王様を順にゆっくりと見渡していく。と、微笑んだ。
「それは良かった。けれどそれは、やはり、五王国の皆様方と共におられるからでしょうね。改めまして、根の国・オルデイアにご光臨下さいましてありがとうございます。
風の国王、アレクシス殿。
木の国王、セイラン殿。
水の国王、リシャール殿。
火の国王、シャラ殿。
土の国王、オウラン殿。
根の国は、貴殿らを、歓迎いたします」
王様達の目線が、刹那合わさり、微笑みかわす。
「・・・此度の戴冠式がかくも盛大な物になろうとしているのは、ひとえに、貴殿ら、国王様に一目でもお会いしたいと願う者が多いせいでしょうな。そう、いずれの姫君も貴殿らに選ばれたいと望んでいらっしゃる。小さな巫女姫には、お可愛そうなくらいの女の諍いですな。罪な方たちだ」
和やかな中に、冷たい何かが時折走る。王様達の纏う雰囲気が変わる。
青褪めるような、一瞬の、間。
「・・・巫女殿、踊っていただけますか?それとも、保護者の方々の許可が先でしょうか?」
ついと繋いだ手を胸に引き寄せ、目線は王様達に、言葉のみ私に向けて、そう囁かれ。
私は、頷いた。
途端に尖る王様達の目線に、軽く微笑むと、エルレアを見上げて、宣言した。
「足、踏むわよ。こっちは、一般庶民なんだから、お姫様仕様を望まれても困るわ」
「くく。御意に」
刺々しい王様達の視線を浴びながら、広間の中央に進み出ると、そこだけ、ぽっかりと空間が出来た。なんでみんな避けるのさー!
気まずい。気まずすぎる。足は踏むと言ったけど、衆目の前で踏むのは、ちいと勇気がいる・・・!
でも!何とかするって決めたんだから、なんとかするのだ!
音楽が奏でられた。
踊っている間、エルレアが王様達に近づく女達を批評し始めた。
「セイラン殿に声をかけたあの女、ハクオウの公爵家の姫だな。巫女殿が召還される前は、一番の后候補だった。・・・ああ、リシャール殿に近づいたが、声を掛けられずにいる女、風の国の侯爵家の姫だ。以前リシャール殿と噂になったな・・・。シャラ殿に近づいた女、コクロウの侯爵家の血筋の女だ。火の精霊好みの女だな。オウラン殿に酒を勧めているのは、コクロウの侯爵だ。・・・娘はまだ15だったはずだが・・・。まあ、巫女殿が17と聞けば、正妃は無理でも側妃にと考えたか・・・。おやおや、アレクシス殿の周りも大変だな・・・。カーシャ殿がいるのに」
くすくすと笑いながら、そんな事を言わなくても、王様達がもてもてなのは知ってるさ!
踏んでやる!と意気込んだのを悟ったのか、さっとかわされ、腰をぐっと引き寄せられた。
真上から、覗き込むように瞳を見つめられ、強い眼差しに息を呑む。
「・・・俺の元へ来い。お前以外の女に興味はない」
「っ!」
「五王国のいずれの王に嫁いでも、諍いはあるぞ。大国の大国ゆえの諍いが」
「・・・しないもの。結婚なんて、しない。私は、どこかで地味にしぶとく生きるの」
「ここまで巻き込まれているのに?最早お前にそれが許されるとでも?『巫女姫殿』」
「始めに偽りだって言ったのはあんたでしょう!それに、私は偽りの姫巫女でいいのよ。生きていく術を見つけるもの!それになにより、私は、私以外の何者にもなれない!」
「・・・くく。お前は、ほんとうに面白い・・・。ああ、残念だ。曲が終わる・・・もっとお前とこうしていたかったな・・・」
曲が終わり、エルレア曰く『保護者』に私を返すのだろうと、そちらへ歩こうとして、叶わなかった。
動けない。・・・髪にエルレアの吐息がかかる。
髪に口付けられたのだ、と気付くのに、数秒かかった。あわせて、撫でるように、髪を掬い取られ、名残惜しげにそっと唇が寄せられる。
何かを紡ぐ前に、肩をつかまれ、引き剥がされる。
乱暴なそれに顔を上げれば、何時になく険しい顔のリシャール様。そのリシャール様に、抱きしめられるような形になった、私の周りを王様達が囲う。
険悪な雰囲気は周りにいる者をも圧倒していた。
取り残された女達の目が痛い。
エルレアの言葉を信じるのはいけないと判っていても、やはり。
彼女達は、もう少しで、国の后となり、彼らの隣に立つはずの、王の女だったのだ。
彼女達の目が雄弁に語りかける。
『何故、そこにいるのだ。そこは、私の場所なのに』・・・と。
「・・・エルレア。王様達に、お后様候補の人がいる事くらい、判ってるわ。私ね、元の世界へ返りたいの。でも、帰れないなら、ここで生きていくために何が出来るか考えるの。・・・私に、結婚の意志はないわ。王様たちとも、エルレア、あなたともよ。王様達は、王様で、国の要で、そんな大切な人の横に立てるのは、家柄も、教養も、礼儀もすべて、他の女性の見本となるような女なのよ。私じゃ、ない」
「チヒロ!」
私の言葉に反応したのは、エルレアより、むしろ王様達だった。
エルレアは、面白そうに見ている。
王様達は、・・・なんだろう、憤っている?
王様達の反応は、驚いたけど、いい機会だ。孔雀美女の攻撃には疲れたし、ここらで、彼女らの攻撃を回避しなくちゃ、命がいくつあっても足りない。
「・・・巫女としての義務があるなら、こうして、行事にも参加します。わたしは、この世界でひとり立ちが出来るめどが付くまで、生きる術を学んでいるの。王様達は、とても素晴らしい先生よ。でも、結婚なんてしないから、エルレアの言う事は杞憂にしか過ぎないのよ。王様達は、ちゃんと国のこと、自分のことを考えて、ふさわしい人を選ぶわ」
エルレアの目を見ながら話した。これで、この話は、終わりだと思っていたら、肩に置かれた手にぐっと力がこもった。
リシャール様?
どうしたんだろう、と思って顔を上げると、リシャール様の水色の瞳が睨むように見つめていた。
「?」
「・・・させませんよ。姫。あなたをどうしてあきらめることができましょう」
「リシャールさま?」
「チヒロは、私達の誰の手も取らないと、そう言うんだね?・・・チヒロは、一人で生きる、と?」
「セイラン様?」
「チヒロ。俺を選べとは言わない。だけど、誰の手も取らない、一人で生きるなんて、そんな悲しい事を言うな。俺達は、お前の先生に過ぎないと、本気でそう思っているのか?」
「オウラン。わたし、わたしは・・・。ただの、小娘なの。でも、王様達は、どこまでも王様なの。雲の上の人を見つめて幸せに感じられれば、それでいいの。まさか、私みたいなのが、本当にあなた方のそばに居られると思う?ちょっと、毛色が違う珍獣なんか、そのうち飽きるわ」
「・・・つまり、お前は、いつか俺達に飽きられてしまうと、恐れているのか。離れていくかもしれない、と思っているのだな?」
オウランが、真剣な顔で返した。
『飽きられるのが、怖い』そうよ。いつか、こんなふうにみんなでいられなくなるなら。それなら、最初から誰かを望んだりしない。
そうよ。と答えたら、なぜか、王様みんなの機嫌が良くなった。
「・・・チヒロ、わかりますか?誰かの心が離れるのが怖いって思うのは、その人を愛しいといっているのと同じ、なんですよ。ねえ、チヒロ。貴女は、誰が離れていくのが怖いと思ったのですか?願わくば、それは私であるといいのですけど・・・」
リシャール様に、ぎゅぎゅっと抱きしめられて、頭が真っ白になってしまった。
「あ、え、ちょっ・・・まっ・・・」
「「「「チヒロ、貴女を愛している」」」」
・・・・・ちょっとまて。