第四十七話:動き出す闇
消えた人たちの足取りは、根の国の王宮でぱったりと途絶えていた。
ハビシャムさんの探索隊と、根の国の隠密だったイザハヤが探して探して、ようやく掴んだ情報。
・・・消えた人たちはいずれも脛に傷持つ、後ろ暗い人たち。
奴隷商人、武器商人、麻薬商人。国に不利益な交渉をする外交官。他国に媚を売る企業家。
それから、名門と名指しされるが、無能高飛車な貴族高官たち。王家の血筋に連なる野心的な貴人。服役中の大量殺人を犯した快楽殺人者。幼児性愛異常者。連続強姦殺人犯。
「ううううう・・・・・。なんか、嫌なんだけど、嫌なんだけど・・・」
「いなくなって清々したと思う人間ばかりだな!」
「シャラ様・・・(悲しいかな正論)」
「いなくなって、誰も悲しまない、それどころか、喜ばれる相手ばかり失踪する。しかも、聞いた限りでは、とても良心の呵責に苛まされるタイプではないらしいね。うまい話で誘い込んで、そこを襲ったと見るべきか」
「我が君、もうひとつ、妙な事がございます。今回、失踪者を洗い出ししていて判ったのですが、王宮に詰め、後に失踪した人間は、これだけではありませぬ。しかも、失踪が始まったのは、ざっと見積もっても、20年は前の事かと」
「そんなに以前から、失踪劇は始まっていたと?」
ハビシャムさんの言葉にリシャール様が眉をひそめた。
「消えた人間は何かの術に組み込まれたと見てよいでしょう。その怨念がこの国を覆う呪詛であり、瘴気であると考えられます」
ハビシャムさんの言葉に、皆が息をのんだ。
・・・今の私に何が出来るだろう?
今、精霊達を従える事は、難しかった。
でも。
この国に入ってから、途切れ途切れになってしまった精霊達と、意地でも精神交感してやる!っと意気込んで、部屋にもどった。
巫女姫にあつらえられた部屋。
乙女チックだね。絶対なんか勘違いしてるよ。この世界の人たち。
紗の布に埋もれそうになりながら、右手に巻いた蔦に口づけた。セイラン様の目が尖るのがわかったけどね。精霊に妬くのはヤメテクダサイ・・・。
「みどりちゃん・・・」
囁きに少し答えて、蔦がうごめく。すこしほっとした。
次に火を思い浮かべる。
「キュウちゃん」
・・・瘴気燃やしてくれないかな?今いるところから、少しづつ燃やして、ここまでおいで。
それから、ふうちゃん。遠くに飛ばされたままのあなた。
「大きな壁があるんだね。だからみんな近寄れないのか・・・」
だいちゃんも、りゅうちゃんも、同じことを言っているのが判った。それなら。
「みんなキュウちゃんのとこなら行けるよね?キュウちゃんに力を貸して、そしてみんなで、壁なんかぶち壊して、ここまでおいで!」
そんでまた、卒倒してちゃ、だめだめよねー。なんか、この部屋空気悪いんだ。特にこのベット。
よし、干そう。お日様に、当ててやろう。
軽い気持ちでベットのお布団ばさばさして、さらに、ベットのマットをぱふん、と畳んだら。
気を失いそうになった。
周りで面白そうに、微笑ましげに見ていた人たちも然り。
マットの裏は、血染めの怪しげな文字で埋め尽くされていた。
「ううー・・・。耳なし芳一・・・」
いやあれは、自分の全身にお経を書き込んだんで、マットの裏に血文字で描いたりしない。しかも、あれは、墨!血じゃないもん!
「こら、現実に戻って来い」
オウランが呼ぶ。呼ぶなよ・・・。
「ううー。こんなのの上で、寝てたなんて、自分が嫌になる・・・」
「夢見がいいはずだな。精霊が近寄れず、弾かれるのも然り。だが、ここに来て根性入れて交信しておいて良かったな。シャラ殿も何とか自分の鳳凰と精神交感できたそうだし。俺も、本腰入れて叫んだら、何とか土の精霊に声が届いたぞ」
「ああ、私と、セイラン殿も、精霊と交信済みだ」
と、アレクシス様。
リシャール様は掌を上に向けると、私に向かって微笑み、次いで、掌から清水が溢れ出した。そのまま、グラスに注がれる水。
「水の精霊からの贈り物です。姫」
リシャール様が一人いたら、絶対、乾いて死ぬってことはないな!
呪詛が国を覆っていた。
死者の声が耳に木霊する。
呪え。呪え。
それが俺の力になる。
「・・・そこに、いらっしゃるのですか、母上?でも、もう遅いのです。あなたの息子は闇を開いてしまった。もう止められる者などいないのです。この国に連なる者たちをすべて消し去る事で、私はこの国に復讐する。そして、新しい国を一から作り直します。稀なる巫女姫をこの手に収め、彼女と共に新しい国の礎となる。・・・その国には、奴隷はいません。民はすべてその国の民で、腐った貴族もいない。試験を通った優秀な輩のみ起用して、善政を行います。略奪奴隷はその名誉を回復させ、これを軽んじる輩は、弾劾いたします。・・・あなたの、名誉回復のために、巫女姫には一役駆って・・・もらいますけれど」
エルレアは、視線を落とす。あの娘が、母がいるなどと言うから動揺してしまうのだ。
まるで、子供のいいわけだ。
だが、呟く事で気持ちが軽くなるように思えたのも、また事実。
この国の、貴族と言う貴族をすべて消滅させるのだ。王家に連なる血脈は、エルレアを残せば、最早いない。
ならば、この国の在り様を、知っていながら容認していたものたちも王族と同罪なのだ。
血脈を誇り、自己を抑制する事のなかった俗物たちもまた。
俗物たちの呪詛は、この国の滅びを待っているように聞こえる。
待っていろ。今、滅ぼしてやるから。