第四十四話:根の国へ
エルレアはひとり歩いていた。
己の纏う、血の匂いが鼻について、顔をしかめた。
俺の往く手は血塗れなのだな。
母は、悲しむだろうか。それとも良くやったと褒めてくれるだろうか。
遠い目で行く先を見つめる。まるでそこに母がいるかのように。
母の血に塗れた腕の中で震えていた俺はもう、とうにいないのだ。
「エルレア様、血が」
ルテインが側に走りより気遣ってくれたが、煩わしく手をふった。
「大事無い。愚か者どもに選択を迫っただけだ。国に帰るか、私の助けになるか。・・・みな、快く根の国の礎になってくれたぞ」
「それはようございましたな。この地の持つ闇の力が大きくなればなるほど、彼の巫女姫の力を容易く抑えることができます。さすれば、エルレア様の花嫁としてこの地にとどまって頂くためにも、もっともっと、血がいりますな」
「・・・もう、時間がない。それにもう十分だ。これだけの闇があれば、巫女姫の力を殺ぐことも可能だろう。慌てる事はない。三日後には皆が揃う。その時に」
エルレアの言葉に、ルテインは頷き、眩しげに目を細めエルレアを見た。
・・・もうすぐだ。もうすぐ、私の大事な御子様が偉大な冠をその額に戴くのだ。
そしてその冠を戴かせる者は、史実にも稀な唯一の巫女姫。ルテインがエルレアの奥にと願う娘。
もうすぐだ。もうすぐわたしの、そして『貴女』の望みが叶います。
「うっわー・・・。澱んでるう・・・」
根の国・オルデイアの首都に到着した一行を待っていたのは、息苦しくなるほど濃い瘴気だった。
一言でそう称したチヒロだったが、如何せん目が回るほどの気持ち悪さに顔を青くしていた。
王様達は平気なのかなー・・・。そう一人呟いて軽く目を閉じ、息を静かに吐き出した。風の精霊が気を利かせてくれて、風を送り込んでくれるが、清浄な空気もすぐに瘴気に飲まれてしまった。
「チヒロ?顔色が悪いぞ」
最近、なぜかちょっと優しくなったオウランが心配そうに顔を覗き込んできた。
「姫。冷たい水です。どうぞ。・・・お加減が良くないようですね、わたしの方に寄り掛かりなさい。さ・・・」
リシャール様は最近、気がつくと、美女顔がすんごく近いところにあって、私の心臓が暴れて困るし。何より、ててて手とか!頬とか!腰とか!果てはその、ななな何気に抱きしめられられ・・・落ち着けわたし!
こほん。
セイラン様はセイラン様で、きっとセイラン様じゃなかったら、パワハラって言われるような接近戦を仕掛けてきて困る。
ハビシャムさんはむしろ敵!簀巻きにされかかったことが何回か。そんでもって半裸で拉致られ縛られセイラン様の夜営テントに放り込まれた事が一回。・・・素っ裸でなくて良かった・・・!!!・・・さすがのリシャール様がぶち切れして、ハビシャムさんと冷戦、繰り広げていた。
憩いは、アレクシス様とカーシャさん。それと、シャラ様。
シャラ様は、オウラン、リシャール様、セイラン様の動向をびくびくしながら見ていた私を見て、大きくため息をついた後、『まあだ、お子ちゃまなんだから、もう少し待ってやろうぜ』って言って、リシャール様にうんと怒られていた。なぞだ。
ああ、みんなの側にいると少しだけ瘴気が薄くなる。なんなんだろう、この身に纏わり付いてくるような、引きずられていくような感覚は。
リシャール様から頂いたお水を一口口に含む。清廉な水は身体を巡り、少しだけ力が湧いてきた。
さあ、根の国の王宮はもうすぐそこ。
しゃんとしなきゃ!
「・・・・・うう。これは・・・きついかも・・・」
決意が崩れるのは結構早かった。
王宮に入った途端めまいが襲った。崩れそうな身体をアレクシス様が支えてくれて何とかその場を凌ぐ。しゃんとするのだ、わたし。
口を開いたら吐きそうだ。気力を振り絞って淑女の礼を取る。
そのまま深くお辞儀したままの私の手を取り、エルレアが手の甲に口づけて、瞳を射抜かれた。
・・・わたしのいとしい・・・
声がした。
・・・わたしのいとしい・・・
女性の声。
・・・わたしのいとしい・・・
胸を焼くような焦燥感。
離されてしまう喪失感。
自分の声が届かないもどかしさ。
嗚呼、私の愛しい・・・、愛しい子・・・。
これは、何。
ハビシャムはやる。やる気満々です。
シャラは自分がやった事を棚に上げてます。
それゆえのリシャール。