第四十二話:説得・3
怖い男の人の目線にちょっと(かなり)びびりつつ、私は意を決して話しはじめた。
「わたし、チヒロ・オオツキって言います。その怪しい奴だって自覚はあります!でも、こちらのご主人とお話がしたくてやってきました。あの、こちらのご主人と私がお世話になっている方との、気持ちのすれ違いを修復する為に、ここへきたんです。あ、もちろん、今日来てすぐ会って下さるなんて、思ってませんから、何時なら、お会いして頂けるのか、その、それだけ、ご主人に伺ってきては頂けないでしょうか?」
男の冷たい目が突き刺さるようだ。男はしばし、何か呟いてから、私を見た。
「チヒロ・オオツキ・・・?その名は、我が王の庇護したる巫女姫の名前だ。・・・そして、この屋敷の主人と話をしたいと?本物か?」
「はい」
「・・・おかしいではないか。何故王宮に召還しないで、お前自らここへ来た?」
「おかしいんですか?初対面のご老人に向かって、会いたいから出て来いって言う事の方がおかしいでしょ?それに、そのご主人に取って、私って、『王様に取り入った嫌な女』、なんでしょう?召還したところで会おうって思ってもらえますか?」
そう言ったら男は口の中で何かを呟き、じっと私を見つめていた。
「まあ、私がご主人の立場だったら、そんな王様の権力かさに来た奴には会いたくないな、と思ったので。だから私はここに来ました。ええと、ご主人に都合を聞いてくださいますか?」
「・・・いいだろう」
うわ、やった!とはしゃぐ私を尻目に男は後ろに控えるイザハヤを射抜くように見た。
「だが、お前一人だ。後ろの女は通せない」
「あ、はい!」
そこでようやくイザハヤが噛み付いた。
「姫!私は姫の護衛です。護衛が対象者から離れるなど、認められません!」
「うん。でも、そうしないと会ってくれないって言うし。それに、なんていうか・・・。精霊達が大丈夫だって言ってるの。この人についていっても大丈夫だって。だから、イザハヤ、待ってて」
「・・・精霊と意思疎通が可能なのか?」
はい、と頷いたら奇妙な生き物を見る目で見られた。
イザハヤに心配そうに見られながら、男の背に続いて歩く。歩く先の庭は、よく手入れがされていて、気持ちのいい空間だった。そこに背筋をぴんと伸ばした白い髪の白いおひげのナイスなおじ様が立っていた。
彼がこちらに気付き丁寧にお辞儀をしてくれた。慌てて淑女の礼を返すと、にっこり優しい微笑で返してくれる。ナイスおじさま!
「え、と・・・始めまして」と続けようとしたら、慇懃無礼な男が口を開いた。
「ウエルズ、お茶の準備を」
「かしこまりました。だんなさま」
私、自分の瞳孔が開いた気がしたわ。
大声上げなくて良かった・・・。
「・・・さて。ご老人でなくて悪かったな。巫女姫殿」
『お屋敷のご主人自ら、怪しい人間観察に精を出さなくていいじゃないか・・・』と思っていたら、にいっと笑われた。そりゃあ、怖い顔だった。
とりあえず、和みを見出そうと、持参した包みを差し出した。
何回か試して改新の出来だったパウンドケーキ。甘さ不足はハチミツで補うべく、小瓶も持ってきていた。刻んだレンの実・・・オレンジショコラ味の果物、がアクセントになっていて、年配の方に大受けだったそれ。
(うう、おじいちゃんと和もうと思って作ったのに・・・)
なんて、考えれば失敬な事を呟いていたら、男・・・ハビシャムさんが、慇懃に口を開いた。
「私と、王の意見の喰い違いを是正すると言ったな?具体的に示せ」
「あの、王様達は謀反を起こそうと謀っている者たちの情報を掴んでいます。その中に、ハビシャムさんの名前もあったんです。・・・私は、異界人で、飛ばされてきたばかりの小娘だから、各国の王様の側近の方たちに、胡散臭く感じられるのは当たり前です。それに、私も、自分が巫女姫だなんて思っていません。私は、この世界で生きていく術を見つけるまで、言葉は悪いけど、王様達を利用します。でも、生きていく術を見つけたら、私は、王様達の側から離れます。・・・私、いま、少しずつ、この先の未来が見えてきたんです。・・・これ、食べてもらえませんか?ああ、まず、私が食べますね」
お皿に乗ったケーキを一口分カットして、食べる。
ほんのり甘くて、幸せな食感。知らずに微笑んでいたらしい、私の顔を見て、ハビシャムさんが一切れ、口に放り込んだ。見間違いでなければ、彼の冷たい目元が少し見開かれたようだ。
「これが、私がこの世界で生きていく術だと考えています。だから私は、あなた方の言う通り、偽りの巫女姫でいいんです。いずれ私は、王様達の元を離れます。だから、今、早まらないでください。ほかの国の方々は、もう、王様たちに見限られています。でも、セイラン様は、貴方を信じているんです」
「・・・当たり前だ。我が王が私を見誤るはずがない」
ちょっとだけ、嬉しそうに感じられる声だった。
ああ、お菓子ってすばらしい!頑ななハビシャムさんを少し柔らかくしたよ。ほんわりして、にっこり微笑んだら、ハビシャムさんが元の冷たい感じに戻ってしまったけど。ちぇっ!
「・・・我が王はどこまで気付いておられた?」
「ええと、暗殺計画とその計画に参加している貴族の方々の正確な情報・・・それと、根の国の次期国王が寝返った事」
「ほう。よく調べてあるな。さすが我が王」
どこまでもセイラン様命なんだな!
・・・そんなセイラン様命の男は、今、私に気付きました、とでも言わんばかりな表情で、じいっと私を見ると、ああ、そうだ、と呟いた。おもむろに口を開く。
「時に娘。単身乗り込んできた度胸は褒めてやる。が、もし今度こんな真似をしたら、縛り上げて我が王の寝室に転がしておいてやる」
・・・・・・・・・・・ちょっと待てい!
「な、ななななんですと・・・?」
「御身大事に。お后殿」
なんでそうなるのさー!
「ちょっと!私、庶民!庶民だから!王様達が構ってくれるのは、物珍しいだけであって、愛情じゃないのよ!いや、いっそ、ペット?そう珍獣なの!」
ヤケになって珍獣宣言までしたのに・・・。
「そう謙遜するな。・・・それに、その行動力。敵意ある者の陣地に単身踏み込もうとする胆力。懐柔の術。特にこの、菓子がすばらしい。敵意ある者の心を蕩かすこの甘露。やはり、巫女姫なのだな。私は王の為と言いつつ、王の為にならん事をしでかそうとしていたのか・・・」
そう言った後、ハビシャムさんは教えてくれた。
刺客に狙われ、命汚く生きようと縋る私を見たら、いかな王とて眼を覚ますだろうと思っていたのだと。どうせ、先の巫女姫の詔を耳にした者の狂言に違いない。髪を染め、瞳もそれなりの色を持つ者ならばそれも可能、と思っていたと。刺客を放ったと知れれば、そのような低俗な輩、すぐに王の元から逃げ出すだろう、と。
「我が王を信じきれなんだは、私だった・・・。我が王は曇った私の眼を覚まそうと、貴女に私と対決せよなどと、そんな事を言ったのだろうな」
ちょっと反省してがっくりしているようなので、慰めようかどうしようか悩んでいたら、まじまじと目線を合わされた。
「貴女は、恩人だ。我が王を裏切るような真似をした私を救ってくれた。貴女のような方が我が王の隣に立ってくれたら・・・!」
うあ、話がまたオキサキサマに戻ろうとしている!
「お、おおおお城!お城に一緒に行きましょう!イザハヤも正門でヤキモキしてるだろうし!何より、セイラン様に会いに行かなきゃ!!」
我に返ってしゃきっとしたハビシャムさんは、黒っぽい服装も相まって、やっぱり、慇懃な執事さんに見えた。メエエ。
丁寧に縛り上げて転がされてる自分の姿が目に浮かんでしまったチヒロであった。