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第二十八話:目覚め

 ぽっかりと、眼を開いた。

 まず目に入ったのは、ベージュ色の天井。そこから、幾重にも薄絹が下がっていて、見事な天蓋を形どっていた。それから。


 「チヒロ?」と小さな声で問いかけた、オウラン。

 「気分は?」と穏やかに尋ねた、セイラン様。

 「姫?」と言ったきり、苦しそうな顔をした、シャラ様。

 みんなの顔が目に入って、ほおっとした。


 じわじわと、実感する。「帰ってきた。」

 おかしいな、帰るのは、ずっともとの世界だって思っていたのに。いつの間にか、この世界のこのひと達は、私の帰る場所になっていた。

 「え、と・・・。ただいま?」


 そう言うと、彼らは一瞬びっくりした顔になり、それから・・・笑った。

 泣きそうな顔で笑ってくれた、オウラン。

 てれを浮かべ、眼の端に弧を描いて微笑んでくれた、シャラ様。

 丹精に整った顔に、しみじみと笑みを浮かべてくれた、セイラン様。

 「おかえり。」と、声が返って、わたしは心から笑った。


 まだ本調子じゃないから、と三人にベットに押し込まれ、何か欲しい物は?と聞かれて、答えに詰まっていると、廊下が、慌ただしくなった。

 あれ?っと思っていると、もうその存在が手に取るように判ってきた、精霊が教えてくれた。

 『ひめさま、王さま、来るよ』

 『ひめさま、王さま、来た』

 風の精霊と、水の精霊がそういった。

 「ん、王様って、アレクシス様と、リシャール様?」

 「チヒロ?」

 「精霊達が、王様が来るって教えてくれたの。多分、アレクシス様と、リシャール様だと思う。」

 「ふん。早いな。もうきたのか・・・。」

 シャラ様が呟くのと同時に、部屋の扉がノックされた。誰何の声に、予想通りの答えが返る。扉は緩やかに開かれ、そこに、風の国の王、アレクシスと、水の国の王、リシャールの姿があった。

 表面上は穏やかに話し始める。

 (うう、寝たまんまじゃいけないって思って起きようとすると、にっこり笑顔で脅迫するんです。でもこの面子の見守る中で、ベットの中って、一種拷問のような気がする。)


 「姫を攫ったのは、シャザクスの貴族と聞いたが?」

 「もう、手は打った。」

 「姫を攫って、我が物とする・・・けしからん輩が多いね。」

 そう言ってリシャール様は曰くありげな流し目をセイラン様に送った。・・・色っぽいデス。セイラン様は、実に自然に流し目を受け取って、鼻であしらいました。

 「闇の国の息がかかっていると聞きましたが、如何?」

 「傀儡術の匂いがした。人の望むとおりの未来を見せて、思い通りに操る。下法だ。」

 「ハクオウ国のセイラン殿の言。間違いはあるまい。あらゆる医術に長けたお方だ。見立ては、確か。では、このまま、ここに姫を置いておくのは得策ではないのも承知であろう?」

 「・・・だが、姫は弱っている。今、動かすのは、軽率だ。」

 「ああ、確かに。」

 そう言って、みんなの眼が私を見た。五人に見つめられると、背中がぞわっとします。慣れません。っていうか、いつか、馴れる日が来るのか?・・・こないな。

 「あの、私大丈夫だよ?動いたほうがいいなら、動くけど・・・。」

 その言葉に、食いついたのは、誰あろう、オウランだった。

 「・・・大丈夫だと?三日間昏倒していた奴に言われたい台詞じゃないな。」

 「・・・三日ぁっ!」

 なに、あの鎖拘束野郎のとこから逃げ出してから、三日も経ってるの?

 「全ての精霊と精神交感を行い、あまりに濃い精霊の気配に、体がついていかなかったんだろう。召還されたばかりの巫女姫によくある症状だ。だが、今回、チヒロは精霊の数が多すぎた。精神が引きずられ、戻れなくなる事も考えられたから、ずっと、眼が離せなかった・・・」

 しみじみとセイラン様がおっしゃったのを聞いて、眼を開けたときの三人のほっとした顔が浮かんだ。ああ、心配かけちゃったんだなあ、と気づいて、申し訳なくなった。

 うん、暫くみんなの言う事を大人しく聞いていよう。愁傷にそう思った。

 

 ・・・でも、でも、枕元にある「それ」は、もしかしなくとも、例の獣味の木の実ですね!

 それだけは、なにとぞ、拒否の方向で!



 ・・・落ち着いてから、見えない敵の話になった。

 「金の髪に金の瞳。おまけにカフェオレ?色の肌・・・ねえ。カフェオレってなんだ?」

 そこからか。

 「・・・えーと、このテーブルの色をもっと濃くした感じで・・・。」

 「ふん。根の国の者か。」

 「王子と呼ばれていたのですね?その、男は。」

 「はい。呼んでた男は、ルツって呼ばれてました。」

 「ルツ・・・根の国の・・・傀儡のルテインか。」

 「では、王子とは、根の国の第二王子。」




「何も出来ない小娘だと、侮っていたな。」

 壁に開けられた大きな穴(というより、空間)から空を見上げ、呟いた。ここより遥か高く舞い上がった鳳凰が、小さな点に見えた。鮮やかに、風を纏い、天女のように身軽く、鳳凰とともに翔上ったその姿は、鮮烈な印象を俺に与えた。逃れようとする女に取りすがり、放さないと腕を取るなど、常の俺ならば、ありえない出来事だった。

 「なるほど、お前の云う通り、手に入れたくなる女だ。・・・だが。ルツよ。お前の思い通りにはならない。俺は、俺のやりたいように生きる。女の存在がなければ王になれなかった、などど陰口たたかれるのは、まっぴらだ。俺は、俺の力で、根の国を掌握する。」

 強い力で言い放つと、ルツは頭をたれた。

 「エルレア第二王子殿下。」

 「光栄に思え。おまえの下法を存分に揮う機会を与えてやる。王位を、奪いに行く。」



 五王国の次点にたつ根の国は、軍事と策略に長けた国だ。

 その王は、いつも最悪の人材だった。

 人の悪意にはそれを逆撫でし、自滅に追い込むことで、答える。

 人の善意には丁寧に張った罠で首を絞めることで、答える。

 異議を申し立てた者を、追い詰め、追い落とし、屈辱の中で絶命を選ばせる。

 隙を見せた国を襲い衰退させ乗っ取るか、富を吸い上げる餌場にする。

 そうして彼らは、五王国に取って代わろうとしていた。


 「・・・俺の父は、俗物だ。力に溺れる哀れな老人にすぎない。戦うべきは、第一王子なのだが、これも、父に輪をかけた俗物。女をいたぶる事しか頭にない奴だ。こんな奴らを切っても、簒奪者の汚名をかぶるだけだからな。傀儡術師、ルテイン。お前の下法で奴らにふさわしい死を。散々俺をコケにした奴らだ。国民の全てから見放されてしかるべき、おぞましい罪をあたえろ。」

 「御意。」

 片眉を上げ、皮肉に笑いながら、エルレアは呟く。

 「さて。堕落した王家でも守ろうという殊勝な奴が一人ぐらいいるといいがな。」



 そして、根の国の王が、第一王子に切りかかり、逆に、第一王子の手に掛かり果て、さらに、王子は、妹姫を殺害し、己もまた、くびを斬って自害したとの知らせが各国を駆け巡った。

 それは、醜聞。

 それは、死した王の妻である、滅ぼした国の美姫に横恋慕した王子が、義母を手篭めにしようと迫り、義母が苦悩の後自害した事に端を発する。

 義母は根の国の王に奪われる以前、娘を一人産んでいた。根の国に嫁ぐ際、娘も一緒に根の国へ来ており、彼女は、根の国の王女として暮らしていたが、母である王妃の自害により、立場が危うくなっていた。しかし、この姫を気に入っていた王は、かわらず以前と同様に扱っていた。・・・この姫に、第一王子が襲い掛かったのである。

 それを見た王は、姫を救う為に刀を抜き・・・王子に返り討ちにされた。

 ・・・ここまでは、美談で通る。血のつながらない娘に襲い掛かった災いをふるい落とそうと義父が刀を振るったのだから。だが、王子は、血に濡れたその部屋で、義理の妹姫を乱暴し、姫が孕んでいる事実を知り、姫を問い詰める。そして、腹の子の父親が父である事を知ったのだ。

 王子は激情のまま姫と己を切り刻み、一時、城の中は喧騒に包まれた。


 そこに現われ、場を治めたのは、エルレア第二王子。

 

 「かわいそうに。」

 そう呟いて、姫の亡骸を抱き上げて、涙を見せた。そうして、背中を向けたまま、彼は誰にともなく呟いた。

 「小国の、寄る辺ない姫が庇護を求めた結果が、この凄惨な有様なのか。けれど、私は、父と兄を非難する。死者に手向ける言葉にしては非道かもしれないが・・・。あまりにむごい仕打ちではないか・・・。」

 そうして立ち上がると、姫の亡骸を抱え上げ、足元を忌々しげに見た。

 「これは、我が王、我が兄にあらず。我が王、我が兄は、昨日急な病に倒れ崩御されたのだ。よいな?」

 威厳に満ちたその声に、居並ぶ者はひれ伏した。

 男ふたりの遺骸はひそかに運び出され、姫の遺骸のみ死に化粧を施され、涙を誘っていた。

 ふたつの空の棺が色とりどりの花々に覆われている頃、二つの遺骸はひっそりと土に返っていった。


 「あの三人には似合いの最後であっただろう?」

 「御意。」

 「あの女は、とんだ食わせ者だった。裏で、国を牛耳ろうと画策しなければ、まだ長生きできたのにな。」

 「姫君には、本望でございましょう。この国を操り、いつか、彼の国を復興させようと本気で考えておられたようですから。王と王子、二人を虜に出来て、さぞや満足だったであろうと思います。」

 「傾国をきどり、この俺にまで色目をくれやがった。化粧臭い女は、うんざりだ。この国にいると皆、腐っていくな・・・。大きな、風穴が必要だ。風通しを良くしてもう少し住みやすい場所にしなければ、息が詰まる。」

 「大きな、穴を開けましょう。我が君。」

 「・・・では、親書を。風の国シェンランに。水の国シェルグランに。木の国ハクオウに。火の国シャザクスに。・・・そして、土の国コクロウに。

 根の国は国王崩御に伴ない、国の長を新たにする、と記せ。戴冠式の場には、ぜひ、太陽と月の巫女の光臨を賜りたいと、な。根の国国王の名の下に。」

 「御意。」

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