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第十八話:並行する時間

 ・・・娘は椅子に小さくなって座り、寄る辺無い小鳥のようだった。史上初の、完全なる太陽と月の巫女。

 彼女を取り巻いている、濃い精霊の気配がそれを示していた。

 短いやり取りの中、「チヒロ」という名を何度も口にした。そう呼んで欲しいのか、と思い至り、呼んで欲しいのか?と確かめると、娘・・・チヒロは満面の笑みで頷いた。

 なるほど、姫と呼ばれるのは肩身が狭いらしい。余程、姫君らしい容姿なのに、名前にこだわった。

 ふと、いたずら心が湧いてくる。そうだ、名前で呼んであげよう。チヒロ、君の望むままに。

 でも、少しだけ、いたずらをしよう。

 俺を焼き付けてくれるように。他の星の輝きに霞んでしまわぬように。

 ・・・まあ、想像以上の反応があったけど、ね。この痛みだって我慢できる。

 膝枕。

 ふふ、いいね。このやわらかさ。この香り。

 怪我の功名だ。しかも、皆の苦い顔が愉快でならない。


 チヒロは、いろんな意味で新鮮だった。

 まず、いやなことはいやだとはっきり言った。

 それから、できることは何でも自分でやりたがった。

 普通の娘なら、傅かれれば、有頂天になるだろうに。尊大にならず、質素だった。

 そして、何でも知ろうとしていた。 

 普通の娘なら花に近寄る虫の類はきらいだろうに、それすらかまわない。それどころか、ある日、妙なことを言い出した。

 「はちみつです。はちみつ!食べたこと無いんですか?」

 なぜ虫ごときが集めたものを口にせねばならん、と言ったら、泣きそうな顔になり・・・それから、怒った。

 この俺に。なんなんだこの妙な生き物は。目が離せなくなるじゃないか。目を放した隙にあれとか、これとかに攫われそうなのもいけない。

 そうこうしているうちに、カーシャを巻き込んで変な格好で庭に出てきた。

 ・・・なんだ、あれ。

 今までの人生の中で一番奇妙な格好だ。どういう発想なんだ・・・?

 しかも自分で熾した煙に自分が一番まかれてやがる。けーほけーほと小さく咽ている。

 馬鹿か、なぜ風下に回る!風の精霊が見かねたのか、風向きを変えてくれていた。

 手を出すにも何が目的なのか、さっぱりわからんので、しかたなく傍観してみた。

 ・・・こいつは、一人にしてはいけない生き物だった。

 ここらで殺人蟻と呼ばれる虫の巣を、文字通り煙に巻いて奪取しやがった。まあ、おかげであの服装の意味がわかったが。確かにあの服なら殺人蟻の強靭な顎からも、足の先の猛毒の針も効かないだろう。

 ニコニコ笑顔で殺人蟻の巣を手にする、太陽と月の巫女・・・ありえない。

 しかも。ホクホクとしたすばらしい笑顔で調理場に持っていったぞ!料理人の顔が引きつっているのを、俺は見た!喰うのか!っていうか、あれ喰えるのか?

 笑うしかない。これはもう、笑うしかないだろう。願わくば、この妙な行動で、ライバルが減ってくれることなんだが・・・周りを見渡し、それは無いな、と思い知った。


 そしてその日から二日の後、日々変わる朝食会場でそれは、行われた。

 なんだか、そわそわしているな、とは思ったんだ。朝からの話の端々で悟る。

 「あれ」が食卓に上るのか・・・。さすがに殺人蟻のフライとかは見たくないな、と現実逃避しかけていると、運ばれてきた皿に、目の色変えてやがる。

 ・・・く・くそう。かわいいじゃないか・・・。

 周りの王達もそう思っているのが分かったのが、なんだか嫌だった。こいつの奇妙な行動に引く奴はいないのか。


 さて、皿の上には、丸い茶色の物体。

 ガラスの器に金色の液体が入っている。チヒロはナイフとフォークを手に、それはもう、きらっきらした笑顔で一口。

 「んんん、おいしいいいいいいいっ」

 本当に、美味そうに食べるよなあ・・・。

 そう、その笑顔にやられていた。だから、止められなかった。あいつ、チヒロの奴、よりによってセイラン兄上に。

 自分の口に入れたフォークでセイラン兄上の口の中に、ホットケーキとやらを放り込んでいた。




 

 ・・・そう、チヒロは、想像以上に美味だった。俺が、自分の理性を誇りに思ったほどに。

 だけど、軽いキスひとつでは収まるはずも無くて、大怪我覚悟で二度唇をうばった。

 ご先祖様、感謝します。自戒の念を込めて育ててくれて。


 歴代の黒い太陽の巫女が、どのような味だったのかは、伝承にかすかに残されていた。

 土の国のその時代の王は、黒い太陽の巫女に溺れ、彼女を貪り尽くし、骨まで喰らい自害して果てたそうだ。

 彼女とひとつになって王は満足しただろうが、そのあとが大変だった。

 黒い太陽の巫女を腹に収め自害したことが他国に知れたのだ。

 それから、土の国は斜陽の一途をたどる。他国から搾取され、産業は衰えた。盛り返すのに数百年もかかってしまった。先代の王からの遺言はいつも・・・。

 「汝、如何なる時も冷静であれ、国は王なり、王は国なり。民は、王の下に集う。汝、溺れる無かれ・・・か。」


 ああ、よくわかった。

 これは、もはや、麻薬。

 



 なのに、無自覚のチヒロは、自分の蜜を含ませてしまったんだ。

 

 セイラン兄上は、チヒロの蜜に我を忘れたりはしなかったが、兄上の胸に灯火を与えてしまった。

 


 

 


 

 

 

 

 

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