第十七話:平行する時間
そいつは、唐突に、突然に、現われて。
俺達の微妙な均衡を崩していった。
誰が、想像するのだろう。
こんな、小さな、幼いとすらいえる娘が、この世界の要になる存在だと。
黒くて長い髪は、きっとどこまでも艶やかで、しなやかそうに背中を覆っている。真珠の光沢の肌は柔らかく、指先まで神が丹精を込めて製作したと伺える。朱色した唇は、完璧な造作で、触れる者を至高へ誘ってくれるだろう。そして、その瞳。紛れもなく、月色のきらきらした輝きが、隠しもせず、そこにあった。
「・・・まさか、ほんとうに・・・?」
だれかが、呟いたその言葉が、皆の心情を物語っていた
小さな娘は、軽いパニックに陥っていた。さもあらん。
衆人の下、かくも凝視されれば、幼い娘には耐えられるものでは在るまい。
風の神殿の長が進み出たのは、この時、この場所であれば仕方のないことだった。
何より、風の長であるカーシャの容姿は最適だろう。娘とさほど年齢も違わず、たおやかな風情は、好感を寄せられ、そして、この面子の中で唯一の・・・女性という事実。
カーシャのキスは精霊との橋渡しとなり、程なく娘は言葉を解することができた。
だが、解る・・・カーシャの干渉がなくともそう経たずして娘は言葉を解することができたことが。
娘の纏う精霊の気は濃厚で、あらゆる気を持つ精霊が娘の周りに侍っていた。
これでは、まるで、精霊の王だ・・・。そう思ったのは、きっと俺だけでは無かった。
娘は、オオツキ・チヒロと名乗った。そして、カーシャの胸の中で泣き、眠りについた。
宵闇の髪が青白い頬にかかって危うい色香を醸していた。
当然のように抱き上げ、部屋へと運んでいく、風の王・アレクシスを他の四人が睨み付ける。咄嗟に前へ出れなかった自分を、それぞれが呪詛していた。
なぜ、また、風の国なのか。
そんな声が、風に乗って消える。
あまりに、幼げな風情だったから、もしやすると闇夜に怯え、泣いて室外へ出てしまうかもしれない。そんな、考えに捕らわれれば、娘の様子を見に行かずにいられなくなった。
宵風に吹かれるままに娘の休む寝所まで行くと・・・雁首そろえて王がいた。
「これはこれは、まさかオウラン殿までもいらっしゃるとはね。」
「・・・小さな姫のこと、泣いているならお慰めせねば、と思ったまで。」
「白々しい・・・、あわよくばと思ったのではないのか?貴殿が一番年が近いからな。」
「貴殿に言われたくは無い。大事に抱き上げ、勝ち誇ったような顔で我等を見たであろうに。」
「・・・・・」
揃いも揃った美丈夫たちを見渡して、ここへ来たことは間違いではなかったと思い知る。
「ま、朝起きたら、もぬけの殻ってのは防げたな。」
それぞれの顔を見渡して、ひとりが呟いた。物騒な物言いだったが、それは偽りのない、我らの本音だった。
娘の目覚めを皆で待つ。
奇妙な高揚感はむしろ心地よかった。
室内で、ことり、と音がする。しばし待とうと思っていたのに、待ちきれなかったばか者が扉をノックした。
「おはようございます。・・・・・・・・・失礼しましたー。」
一瞬開いた扉が速攻閉じられる。
耳に心地よい、かわいらしい声だった。
明るい声、ふわりと微笑んだ目元。
身を覆うは、薄い夜着ひとつ。柔らかそうな身体の線が良く判った。判ってしまった。
娘は、幼子ではない。婚姻可能な、娘だ。