第十四話:巫女の雫
お腹のおくがきゅんと鳴く。
喘ぐように息をして、声を出そうと口を開くと、長くて無骨な指が差し込まれ、それでも優しく舌を撫でる。
「んんっ」
腕を突っ張って引き剥がそうとしても、がっちり鍛えこまれた男の身体は微動だにしない。それどころか、何か細い物に手首を取られて褥に沈む。
焦って痛いくらい鼓動を鳴らす心臓。噛み付いてやる、と思うとそれを悟ったように離れていく、からだ。風が肌の上を通り抜け、ようやくその男と顔をあわせた。
「・・・な・んで・・・?」
引き締まった、浅く焼けた肌もあらわに、私の上に佇む男。
「っセイランさま!」
両の腕で、わき腹をゆっくり撫で上げられて。
「なぜ、と問う?
姫が、甘露を私に与えたから、かな・・・?」
心底わからないと言いたげな顔で、セイラン様が言った。
「甘露なんかあげてない!」
ハチミツかかったホットケーキって、甘露じゃないよね?
「解るように話して。って言うか、すぐにやめてー!」
腰を掌が撫でて行く。その、他人の熱に慄きが走る。私の腕を捕らえているのは、緑の蔦。風の精霊や火の精霊の存在は感じられるのに、加護が働かない事実も、私を突き落とす。
「や。やだ・やだあ・・・」
抵抗むなしく、硬く閉じていた足をゆっくり開かれた。すかさず膝に、足首に蔦が絡む。
ほう、と感嘆の声が上る。見られている事実が打ちのめす。
「この華の蜜はどんな味だろうね。」
「や」
セイランさまの頭が足の間に、入ろうとした時。
どっかーん!と音がして、扉がぶち壊され、そこに立っていたのは、大魔王もはだしで逃げ出す真っ黒いオーラを漂わせたオウランだった。
室内を埋め尽くす緑に、ふんと鼻を鳴らすと、緑を踏みつけながらベットに近づいた。
目線は、セイラン様と、ビシバシだ。
「兄上。眠り薬入りのお茶をどうも。」
「もう少し、静かに入室はできないのか?」
「はは。性犯罪者と後ろ指指されるのを阻止してあげたのに?」
とりあえず、渡りに船と助けを求めてみる。
素っ裸なのはこの際、気にしない方向で!
「オ・オウラン、セイラン様変なの。」
涙目で訴えると、オウランが、あのオウランが!赤くなった・・・。
「・・・チヒロもチヒロだ!何で、いいように組み敷かれてるんだ!しかも、そんな格好・・・で・・・。」
じいーっと、音が聞こえるくらいの真剣さで見るな、馬鹿!慌てて蔦を解こうと身じろぐとようやく我に返ったオウランに止められました。
「動くな馬鹿!余計見ていたくなるだろ!妙に、興奮させるな馬鹿!」
・・・そうか、縛られてる女人見て興奮する変態君なんだな、おまえ。
しかも、しかも、
「馬鹿って二度も言った!」
「だって馬鹿だろ!何簡単に捕まってんだ!」
「そ・・・それは私の所為じゃないじゃないか〜!!!浚うほうが悪い!しかも何!あんたなんか、薬盛られてるじゃないか!」
我に返る。
そう。
悪いのは・・・。
「「セイラン(さま)(兄上)!!」」
「くくくくく。」
・・・当の本人は、肩を震わせ、笑っていた。くそう、様になってる。王様め。
「どうする?オウラン、混ざるか?それでも、私は構わないぞ。・・・姫の処女は俺が頂くが。」
「チヒロのハジメテは俺のもんだ!」
・・・従兄弟どうしで揉めないでください。
しかも人の処女奪うこと前提で話すなあ!
さらに、何気に再開を提案しないでください。
ここは、やめましょうよ、潔く。なのに、なのに・・・。
蔦がうごめく。
背中が浮いて、セイラン様の膝の上にぽすんと落とされた。
「・・・どうする?」
背中に逞しい筋肉があたる。抗えなかった。
顔が熱いくらいに恥ずかしくて、泣きそうになった。
違う。
・・・泣いていた。
ふうと、大きく息を吐いて、オウランが言った。
「泣いてる女を相手にするほど、落ちちゃいませんよ。」
「浚うのには率先して手を貸したのに?」
「当たり前でしょ、あのままだったら、カーシャの口車にうまく乗せられて、アレクシス殿を選ぶのは明白だったから。大体、あの女も優しげな顔で随分強かだからね。・・・に、しても。兄上、加護が増しましたね?」
「お前が執着する姫の雫は、成る程すごい力だね。唾液と、わずかな汗で、・・・これだ。」
そういって、蔦に手を伸ばすと、蔦が一瞬その身を震わせてから、伸びた。・・・成長したのだ。茶の瞳を見開き、オウランは頷く。
「精霊巫女姫の力か・・・。まあ、僕のほうも、壁を形作るのが、土の気を持つものだったから、吹き飛ばせた。扉は、ついでに吹き飛ばせたけど、まだまだ・・・。」
「だから、一緒にどうだといっているのに・・・。」
「これ以上心証悪くしたくないんですよ。あと一年あるんですから、ゆっくり丁寧に落としていきたかったのに・・・。それに、チヒロは、今までの巫女とは違う。史実にも稀な初めての太陽と月の巫女、です。今までの巫女と同じ扱いはしないほうが懸命だと思いませんか?兄上。」
「・・・確かに、史実に残るどんな巫女とも、姫はあわないな。界渡りを果たしたその日、すでに風を身に纏っていたという・・・。また然したる時間も経たず火の精霊をしたがえ、その身の雫の力は与えし者の力を増幅する。・・・まこと、得難き姫」
「精霊の加護は、穢れなき姫君に向けられるものではありませんか?」
「・・・・・ふ。そうまでして、この姫を守るか、オウラン」
「僕は僕の欲しいものに対して貪欲なだけですよ。時がきたら、純潔を奪いにいきます。」
「・・・いいだろう。姫、ここは、オウランの顔を立てることとする。・・・許せ」
蔦がさわさわと動いて、離れていく。慌てて敷布にくるまった。
許せるか!
「風!」
特大の風の固まりをぶつけてやろうと風の精霊に意識を集中する。
・・・・何も、おこらなかった。
くすくす、とセイラン様が笑う。
「かわいらしい、姫君。風の精霊と火の精霊の力は、あらかじめ封じる呪がこの部屋に施してある。さて、姫の身支度を整えるか?誰ぞ・・・。」
セイランさまが身を起こし、ようやくこの茶番は幕引きとなった。
がくがくする身体を抱きしめて、力を込めて二人を睨み付けた。
・・・・わたしはわたしのものだ。