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番外編 れ 親思う。子も思う。

11月22日っていい夫婦の日なんだって。

 肌寒く感じる季節が近づくと、オウランは口数が少なくなる。

 始め不思議に思ったことも、今は理解している・・・と、思う。

 何も出来ないからじっとそばに居たあの日。

 何年も時は過ぎ、けれども帰ることのない魂に思いはせる人たちの心は波立つ。

 とても親しくて大好きな人を失うことは、心で理解していても、感情がそれを拒絶する。


 朝覚めやらぬこの時に厳かに鐘がなる。


 鎮魂の鐘。癒しの響き。


 死者の魂をいたわる鐘の音は、生者の心を癒やす鐘の音でもある。


 「とうさま、お顔が悲しいね」

 「おじいさまとおばあさまにお会いしたいのさ」

 「りんも会いたかったなあ・・・」

 「僕達誰もおじいさまとおばあさまに会ってないからねえ」

 「かあさまがとうさまに会った時には、既にお二人とも黄泉路へ向かわれた後だったというから・・・」

 「しかたないね」

 子供達の言葉を背に聞きつつ、オウランは静かだった。

 そんなオウランのそばで、チヒロは祭典の祈りを捧げるため、毅然と前を見据えていた。

 中央神殿の祭祀長の肩書きは重い。

 春夏の豊穣の祈り。

 秋の収穫感謝祭。

 冬の鎮魂と新たな命の芽吹きの祈り。

 中でも慰霊のために行われる、鎮魂祭は大掛かりだった。

 

 雪のように白い祈りのための衣装。魂を鎮めるために行われる、それ。


 五色の布を肩から下ろし、流れるように奉納される、巫女姫の舞は、幽玄だった。


 篝火がチヒロの伏せられたまつげの影を色濃くする。足さばきも、つま先の仄かな赤さも目を引いた。


 「よーくごらん、りん」

 コウランが傍らの妹姫に囁いた。

 「来春から、りんも混ざって行われるからな。よく見ておけよ」

 スイランが眼を輝かせてそういった。

 ・・・りん、スズランは必死で母の舞を見上げていた。来春は共に母と舞うのだ。

 くるりとターンする母の、伏せられた瞳、翻る黒髪。後から追いかけるように、五色の布、たなびく。

 腕を掲げるたび、しゃん、と鈴の音。

 ととん、と踏み鳴らす床の音。まろい踝、仄かに赤い。

 炎に照らされて、輝く頬、赤い唇。流れるように巡らせる、月色の瞳。

 中央に陣取った父を見つめて、瞳がひたり、と重なった。


 ああ、いいなあ、とりんは思う。


 かあさまはいいなあ。とうさまに見つけてもらえて。

 とうさまの厳しい眼差しは、かあさまに重なると和らぐのだ。

 とうさまのような人がりんを必要だと言ってくれないかな。

 そうすれば私もかあさまのように迷いなく、世界だって背負って行けるのに。


 とうさまを見ていたかあさまの瞳が順々ににいさま達を見て、私を見た。


 ふわりと微笑んだかあさまを見て。りんは、ぽっと頬を染めた。


 祭典が終わって、オウランとチヒロ、子供達はそろって王廟へ行く。

 荘厳な雰囲気の棺が並ぶそこで、祈りを捧げ、静かなそこを後にする。

 それで王族の通常の式典は終わりだ。

 ・・・だが、その後チヒロは、慰問のために各種施設を訪れる事を続けていた。

 孤児院、病院、女性をかくまうためにチヒロが神殿に作り上げた駆け込み施設。

 そして、貴人が住まう医療施設もそのひとつだった。

 毎年欠かさず訪れるそこ。

 オウランが必ず眉をしかめて引き止める場所。

 必ずしもそこはチヒロにとって居心地のいい場所だとは、オウランには思えないから引き止めるのだが、チヒロは聞かなかった。

 「・・・自意識と気位ばかり高い女達に傅いたところで誰も感謝などしまい」

 「うーん。まあ、確かにプライドは高い人たちが多いよ?でも貴族の女性はこうあるべきって考えを聞かせてもらうのも、私には刺激になって良いかなあ、って・・・」

 「それで畏まった例がないのに、なにが勉強だ」

 やりたい放題じゃないか。どこが貴族的な女性の振る舞いなんだ?・・・いや、それがいけないというわけではないぞ!

 「・・・ん、でも、縁あってこうして王妃やらせてもらっているからね。貴族の皆さんの考えってのを勉強するにはちょうど好いの」

 それにね。

 「・・・会いたい人がいるんだ」

 そう笑って話す妻の顔を、オウランは眩しいものを見るように見ていた。

 やがて、眼を逸らすと小さく呟いた。

 「・・・りんごのたるとを沢山焼いていたな? 重いだろうから、コウとスイに持たせていけ。それから、りんも、来年のことがあるからな、連れて行ってやるといい」

 その言葉に瞠目したチヒロがうなずいた。

 


 孤児院ではもみくちゃにされ、病院では手を取って涙ぐまれ、果てには拝まれ、眼を白黒しているスズランを横目に、コウとスイは菩薩のような微笑を浮かべ対応していた。

 ・・・だが、瞳は抜かりなく危険がないかを詮索している。巫女姫の騎士は伊達ではないのだ。

 その彼らが、最後に訪れた場所が、貴族社会から孤立した女性達が入る医療施設。

 物々しい警備にコウランが眉をひそめた。

 「・・・外からの進入を警戒すると言うより、中から出さないように閉じ込めているようだ、ね」

 「・・・にいさん。まるで・・・」

 「ああ。隔離施設だ」


 「「「ははうえ・・・ここは?」」」

 子供達はいっそう眉をひそめた。

 「いい?ここで待っててね」

 りんを守るように兄二人に言明したチヒロは、黒髪を軽く一本に纏めると警備の人に合図した。

 そして、いぶかしむ三人を残して、ひとりで施設に踏み込んでいったのだ。


 ********



 ところどころで野次がかかる。

 「どろぼう猫!」


 「あたしのあの人、かえして!」

 

 「お前なんかいらない!あの人はどこ?」

 

 それを淡々と交わしながら、チヒロは進んだ。


 ・・・ここは、歴代の王の囲う女たちの行き着く場所だった。

 王の寵愛を競い、他者を蹴落とすことに神経をすり減らした女達が入る場所。

 若い女と見るや手を伸ばしては傷つけようとするので、とてもじゃないがリンは連れて来れない。

 それが分かっていながらオウランが初めて子供達の同行を認めたのだ。

 ・・・ならばなんとしても連れ出さねばならない。


 分かる。だって親だもん。

 子供には会いたいんだ。私がお父さんお母さんに会いたいのと同じ理由で。

 オウランが出来ないなら、私が変わりに。そう思って始めた事だから。

 何度すげにされても通い続けた。


 一番の日当たりの部屋。大きなその部屋は気持ちの良い調度が整えられていた。

 大きなベットに伏した主人は、若かったころはさぞ美しかったのだろう。

 白いものが混ざり始めた金に近い茶色の髪。開かれた瞳は茶色。

 青ざめた頬に薄い唇。羽布団の上に出された腕は、筋張って細かった。


 「こんにちは、マダム」

 チヒロが微笑むと、その婦人はさも嫌そうに眉をひそめた。そっぽを向いて返事すらしない。

 「今日は良い天気ですよ。お外に出てお茶にしませんか? 今日はお手伝いの子も連れてきたんです」


 ・・・始めて会った十年前は、顔をあわせれば、物が飛んできた。


 泥棒猫! 売女! と喚かれたこともあった。

 施設の人は多分私の黒髪を見たことで、黒い太陽の巫女姫と混同しているのだろうと言っていた。

 髪を隠すことも考えたがそれでは何も変わらないと思えて、髪を晒したまま会い続けた。


 ・・・六年目でようやく先の黒い太陽の巫女姫とは違うのだと認識してもらった。

 七年目に家族の絵画をプレゼントすることが出来た。オウランと私とコウ、スイ、生まれたばかりのリンの絵。彼女は愛しそうにオウランの顔を指でなぞっていた。

 八年目にはコウランが現像した写真を贈った。じっくりと見つめて、涙をこぼすのを見て大丈夫だと思った。

 九年目、オウランに拒まれて、子供達は連れてくることが出来なかったからまた一人で出かけた。

 

 それから言葉を尽くしてオウランを説得した。本当はオウランに一番会いたいはずなんだ。


 無言を貫く婦人を車輪のついた椅子に乗せた。

 後ろからいすを押しながらチヒロは子供達の話をした。

 「・・・上の子のコウランはものすごく頭がいいんです。立派な執政者になるでしょう」

 「当たり前です。あの子の子なのですから」

 「下のスイランは騎士として立派に働いてくれています。兄を助けて良い手助けになってくれるでしょう」

 「兄と弟が仲が良いのはいいことです」

 「末っ子のスズランは、おっとりしていて、でも、可愛いのです。・・・そ、の、」

 「あの子の娘なら素直でかわいらしいのは当たり前でしょう。シャシンとやらで見ましたが、かわいらしい。・・・黒髪が気に入らないけれど、子に罪はないのです。良いご縁があるといいのだけれど」

 「まだ六歳です。マダム」

 クス、と笑った。

 「おなごは良いご縁がありましたら、結んでおくものです。わたくしが婚約しましたのは齢五つの折でした」

 大きくて偉大なあのお方の隣に立てるなんて、恐れ多いと思いながらも、必死で努力をしましたよ。

 娘の自覚は早い方が良いのです。わたくし、風の国のジュノス殿下が聡明そうでよいと思いますよ?

 「わあ、気が早いですねえ・・・。あ、でもりんに聞いて見なきゃ決められません。それにもう一人、火の国のシェラ殿下が・・・」

 

 話しながら中庭へ抜けていくと、一足早くテーブルをセットした子供達と施設の職員がいた。


 緑豊かな中庭には色とりどりの花が咲き誇っている。その異常な景色に、スイランが眼を白黒させていた。今の季節には咲かないはずの花すら咲いているのだ。

 「ははうえ・・・!これって・・・」

 「ン。いつでもお花が絶えないように、みどりちゃんとだいちゃんに定期的に管理してもらっているの。・・・さて、みんな、ご挨拶は?」


 その言葉に我に返った三人は居住まいを直した。

 優雅に優美に、指先まで神経を通わせて。

 丁寧に最上級の礼をとった。


 「コウラン・クムヤ・コクロウです。初めてお目にかかります。マダム」

 「スイラン・クムヤ・コクロウです。お会いできて光栄です。マダム」

 「スズラン・クムヤ・コクロウです。お体はいかがですか?マダム」


 目の前に佇む一人の老婦人は、威厳をもって顔を上げていた。

 痩せてはいても凛と筋の通った、一人の女性。


 素性を知りたかった。だが、聞いて良い事なのか子供心に計り知れなかった。

 この女性は、いったい何なのだ。

 だが、彼ら三人は母のいつにない淡い微笑みに、言葉を飲み込んでしまう。

 

 「りん。タルトをカットして。コウ、お皿を配ってね。スイ、お茶を配って・・・」


 そうして甲斐甲斐しく働く母の姿に、言葉もなく従う三人だった。


 結局最後まで、ちゃんと打ち解けることのない頑なな老婦人を前に、訪問の時間が終了した。


 帰る用意をし始める彼らを横目で見やり、車椅子を引くチヒロに、ぽつりと老婦人が呟いた。


 「・・・あの子は、元気?」

 

 「はい。マダム」


 チヒロが婦人の耳元ではっきりとそう囁いた。

 


 *********



 最後の施設の滞在時間が、ほかの施設に比べて長かったことにコウランとスイランは気づいていた。

 だが、口に出せない恐れが走る。

 自己に連なる血縁は、この国の何処にもいない筈なのに。

 どうしてあの老婦人は、自分達を眼を細めて見つめるのだろう。

 まるで失った何かを垣間見ているようなあの眼差しに、コウランは戸惑ったのだ。


 そしてもうひとつ。


 帰り着いた自分達を珍しく待ち構えていた父王が、一言二事尋ねることはすべて。


 あの施設の老婦人の様子だった。


 「健やかだったか」

 「はい父上」

 「穏やかだったか」

 「はい父上」

 「リンを見ても変わらなかったか?」

 「ええ父上」

 「・・・そうか・・・」


 

 そんな彼らを尻目に、リンは盛り上がっていた。


 「マダムが私にまたおいでって言ったの」

 「すごいね! 気に入ってもらえたんだよ。リンは素直だからね」

 チヒロがニコニコしながら喜んだ。

 「リンだけじゃなく僕にもそう言ってましたよ」

 「わあ、仲良しさんだ!」

 チヒロが嬉しそうに笑うのを子供達は聞いていた。

 「あ、俺だって! またおいでって言われたよ。今度は有名な騎士の話しをしてくれるんだってさ!」

 「おお、円卓の騎士みたいな話かな?」

 

 「えんたくのきし? それってどんな話ですか、母上!」


 「えー。また今度ね!子供は寝る時間ですよー。良い夢見なきゃ!」


 そう言って明かりを落として部屋を出て行く、母に、子供達は従った。


 (・・・うん、なんか感づいてるけど、あえて聞いてこないあたり、大人だな・・・)

 チヒロはそう独り言ち、夫婦の寝室へと戻った。



 *****



 部屋ではオウランがゆったりした部屋着のまま、チヒロを待っていた。


 「・・・疲れたか?」

 「んんん」

 「いやな目に会っているだろうに、なぜこうも律儀に通い続けたんだ・・・」

 あの人は既に過去の人なのだ。秘された前王妃。・・・オウランの実の母。

 「いやな目になんか会ってないよ?」

 チヒロは眼を丸くしてそう言うと、微笑んだ。


 それが嘘だって知っている。初めのころは傷を作って帰ってきた。髪を切られたり、引っかき傷をこしらえたり、けれどもそれを必死に隠していた。・・・分かるのに。


 「強情だな」

 「やあね、楽しいよ? おまけに嬉しい。今日は本当に嬉しかった」

 「・・・そうか」


 お前は何処まで、なにを知っているのかな。

 それとも何も知らずとも、あの人のそばにいてくれたのか?

 虐げられても手を伸ばし続けたお前に、あの人は、きっと戸惑ったのだろう。


 ・・・黒い太陽の巫女姫に狂った前王、オウランの実の父は、巫女姫崩御の際後を追おうとした。


 そんな父王を、王妃は・・・実の母は、メッタ刺しにしたのだ。


 狂ったようにナイフを突き立てる実の母を押しとめたのは、当時十八になったばかりのオウランだった。


 血まみれの母を押し止めながら、ログワを呼んだのはいつだったか。

 表向きは王と王妃そろってはやり病で、崩御したことにして、オウランが王位に付いてまずしたことは・・・実の母の幽閉だった。


 貴人のための隔離施設を母のために作り変え、そこでひっそりと暮らせるように取り計らった。

 面会も、はじめはひっそりと行った。

 だが、いつのころからか、オウランに父王の姿を重ねるようになった母に、嫌悪しか抱けずオウランは足を遠ざけたのだ。

 いつ、チヒロが気づいたのかは知らない。

 いつの間にか、訪問施設に組み込まれ、前王の寵姫たちにののしられながらも、毎月欠かさず通い続ける姿に、いてもたってもいられず、行くなと何度、言明したことか。


 子が出来ても、生まれても欠かさずチヒロは面会を続け、そして今日がやってきた。


 知っている。誰より喜んでいるのは俺だって事を。


 チヒロは知っているのだろう。だから俺を見て満ち足りたように笑うのだろう。


 ・・・本当は会わせてやりたかった。


 チヒロの両親と会って嬉しそうにその話をするコウランとスイランに。

 俺の母だと紹介することは出来ないが・・・会わせてやりたかった。

 ただリンが心配だった。

 黒髪の乙女を毛嫌いする母に、危害を加えられるかもしれないと思っては、躊躇した。

 でも、チヒロが笑って言ってくれたのだ。


 「あのね、オウラン。黒髪でも素直でかわいいって。やっぱりあの子の子なのだから可愛いのは当たり前なんだって。それから、リンの頭を優しく撫でてくれたのよ?」


 ・・・ああ、チヒロ。

 

 「嫌なことなんかないよ。だってオウランのお母様だもん。感謝しなきゃ」


 俺がどれほど嬉しかったか、お前は知るまい。

 俺がどれほど救われたか、お前は知るまい。


 ただ今は。


 「うわっと、お、オウラン?」


 言葉もなくお前を抱きしめるだけ。



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